02

私の初体験は援助交際だった。

処女売ります。の一文に釣られたおじさんで、五万円で買って貰ったのは覚えている。
けれど相手の事はもう覚えていない。もしかしたらおじさんじゃなかったかもしれない、正解は分からないけれど。

当時は既におじいちゃん達も居なくて、尾形さんの母親も入院していた。
生活費に関するあれやこれやは尾形さんがしてくれていたから私は実情を詳しく知っていたわけじゃない。
けれど私は尾形でこそあるがこの家の人間ではない。
そんな私に使われるお金にはずっと後ろめたさがあり、バイトだけでは飽き足らず体も売るようになった。
お小遣いも、お昼ご飯代も断るようになった。
尾形さんは強情で、私の机の上に勝手にお金を置いて行ったりもするからそれは全部貯めておいて何かの折に返す気でいた。
けれどやはり異変に気付いたのか夕食後、一緒にテレビを見ている時に世間話のように聞かれたのだ。

「お前、体でも売ってんのか?」

そう言われた時、自分でも驚く程冷静にそうですと短く返事をした。
もしかしたら怒られるかな?とも思ったけれど尾形さんは違った。

「じゃあもっと稼げるように上手くならなきゃな」

そう言って尾形さんは私の後頭部を抱え、唇を重ねた。
その日、私と尾形さんは初めてセックスをした。

直前に流れていたテレビの内容は覚えていない。
けれど尾形さんとのセックスは覚えている。

彼の事は子供の時から知っているのに、初めて見た顔や初めて聞く声ばかりだったからだ。


よく知らない人とセックスをする事も、おじさんとする事にも抵抗は無かった。
だから私はあの時の部長の言葉にも大して抵抗を覚える事無く承諾してしまったのだ。

「昇給したい?」

部長からのその言葉の意味を全て理解した訳では無かったけれどその日は仕事終わりにホテルに行き、私達はつまらないセックスをした。

その翌月、確かに昇給していた。
金額は五千円。私の処女の十分の一の値段だった。

(年間で六万円だから…私の処女よりは高いのかな?)

なんて馬鹿げた事を考えた。
それからその五千円の対価と言わんばかりに、給料日の夜はホテルに連れて行かれてセックスをした。

体を売るのは高校生で辞めていた。
高校を卒業してからはバイトである程度稼げるようになったからだ。
元々愛想が良い訳でも無く、反応も良い訳ではない私にはリピーターは少なく。
毎回約束を取り付けるのが面倒だったのもある。
尾形さんの教育の賜物か、文句を付けられるような事だけは無かったのが幸いかもしれない。

けれど就職して毎日働いて、残業をして、月に一度給料日の日はセックスもして得られるお金がこれだけか。
半年を過ぎる頃には少しだけ疲れを感じて、今思えばあの時吐いた言葉は弱音だったのかもしれない。

「ねえ尾形さん、聞きたい事があるのですが」
「なんだ?」

私と尾形さんは今でもたまにセックスをする。
若い時は結構頻度も多かったけど今は月に何回か程度だ。
その日も何となくセックスをして、何時ものようにベッドでお互いのスマホをいじっていた。

「私とのセックスって、一回五千円くらいの価値です?」
「はぁ?」

情事の後の気だるさもあって判断力が鈍っていたのか、思わず私の価値を確認したくなってしまったのだ。
幾らくらいかまで聞きたかったけど、それをするを部長との関係がバレそうだからこれ以上を話すのはやめた。

けれども疲れで頭の回らない私は忘れてしまっていたのだ。
尾形百之助は勘の良い男だと。

“五千円”

それだけで彼は気付いたらしい。

翌月、何時ものようにホテルに入ろうとする私を止めたのは随分とイカつい服装とした尾形さんと刺青が多く入った男性だった。
ただでさえ尾形さんは昔事故で顔に手術痕があるのにそんな格好はまるでその筋の者にしか見えないし、そんな尾形さんと一緒にいる人に至っては刺青の量がカタギじゃないと語っているようなものだった。
尾形さん、友達が少ないとは思ってたけどこんな方と友達だったんだ。

「おたくの会社はセックス手当が月五千円って本当ですか?」

面を食らっている私達に追い討ちを掛けるように尾形さんが部長に尋ねた。
ああ、バレてしまったのか。この時、この半年間で初めて少しだけ胸がチクリと傷んだ。

「とんだセクハラですよねー!あ、勿論この時間も残業代ついてますよね?
まさかそれすらもつけないほどおたくの会社はブラックなんですかあ?」

刺青の男は見た目の厳つさとは裏腹に意外にも物腰柔らかい話し方をしていた。
内容自体は優しくはないが。
そしてそうか、私は初対面のこの人にすら部長と寝た事がバレているのか。ちょっと嫌だな。

「なまえくん、彼らは君の知り合いかね?私達の仲を何か勘違いしてるようだが…」
「えーっと…でも、私は部長とセックスしてるから昇給したんですよね?」
「何を言うんだね!それとこれとは別だろう?!」
「じゃあしなくてもお給料変わらないんですね。でしたら帰らせてください。私は部長としたくないです」
「だとよ、部長さん。ほらなまえ、帰るぞ」

こんな状況でも私はどこか冷静だったが部長は違ったようだ。
しかし私と部長の関係なんて上司と部下でしか無いのに何を言ってるのだろう。
ここまでバレてしまって、今更取り繕う必要も無いのだからハッキリと拒絶の意思を示すと部長はまた面を食らっていた。

流石に私だけでなく明らかにその筋の若い男2人を相手にするのは分が悪いのか、歯切れの悪い部長を置いて尾形さんの元に駆け寄る。
これで私は解放されるのだろうか。

「…悲しいなあ、なまえくん。私とはあんなに仲良く“動画”まで撮った仲だというのに」

部長、ここに来てまだ諦めてないのかまだ私を揺さぶろうとしてくるが残念ながらそれは無意味だ。

「ああ、そんな物も撮りましたね。実は私もありますよ。見ますか?」

尾形さんは本当に色々な事を私に教えてくれた。
セックスのテクは勿論だがもしもハメ撮りを撮られていたら自分も同じように撮れ、とか。

『なまえっくん!良いよ…っ!君も、感じてるんだろう?!こんな!締め付けて!!はぁっ!あっ!!』

私のスマホから再生される動画、ホテルでこっそりと撮影していたものだ。
部長が撮った動画は自分の体は映さず、私だけを撮っていたのを知っている。
それを弱みにされたら嫌だなあと尾形さんの教え通り私も撮っていたのだ。
マグロのように動かない私に対して1人で騒いで必死に腰を振る部長という何とも滑稽な動画ではあるが彼は妻子のいる身だ。
これは十分弱みになるだろう。

「あははーよく撮れてんねーてか喘ぎ声でっか!それに下手すぎでしょ!これで感じてるって思うとかヤバ過ぎぃ!」

初対面の人にまで私のセックスを見せるのは少しばかり抵抗があるが、まあいっか。

「お前の会社クソすぎるだろ…よくもまあ3年も勤めたな。
お疲れさん、今日を持って退社だ」

そう言って尾形さんは私を連れてホテル街を抜けるように歩き出した。
部長に捨て台詞のように詳しい話しは後日させて貰うぜ、と言っていたが何をする気なのだろう。

そして一緒にいる刺青の男はもう終わった?じゃあ飲みに行こうよー!打ち上げ打ち上げ!とご機嫌そうだ。

今日は給料日、居酒屋はどこも混んでいるが私はその喧騒も気にならないくらいどこか気分がスッとしていた。