16

「氷室君、今日大学は?」

「俺は今日昼からだよ」

「…先に言ってよ
弁当無駄になるじゃん」

「無駄にしないよ、食べてから行くから」

「そう」


昼下がり、未だに家にいる氷室君に理由を訪ねれば返ってきたのがこれ

わざわざ家で弁当を食べるのはどうなのだろうか

ソファーでくつろぐ氷室君を横目に私は化粧を終えた

もう二人には散々すっぴんも見られているから目の前で化粧をする事に躊躇いは無い

いつもより濃いめに、言い方を変えれば年相応の化粧をし
ブラウスの第一ボタンをしめた


「スーツ久しぶりだね、面接?」

「そっ、久々に面接までこぎ着けたよ
紫原君が邪魔するんだよ…黙ってても三食出てくる生活に味をしめたみたい」

「アツシは我が儘だからね」

「君のせいもあると思うよ」


エントリーシートを書こうとすればちょっかいを出し
求人情報を調べていてもちょっかいを出す

あの大きな子供、紫原敦の相手は大変だ

彼が大学に行ってる間にせっせと就活に勤しみ
久々に面接まできたのだ

条件もあまり悪くないこの会社
出来ればここに決めてしまいたい


「ねぇ、なまえさんってガード堅いよね」


未だに閉じていなかった鏡に
整った顔が写り込んだ


「普通だよ
これがお互いの為だ」


一つ屋根の下で三食世話をしているのだ
気を使いすぎ位が丁度良い

期待をさせてはいけない
変な気を持たせてはいけない

あくまで同居人のスタンスを私は貫いていた

どれだけくつろいでも薄着になる事はなく
スキンシップの類も一切せず
触られても避けてきた

これが、お互いの為
割り切る事が大事だ


「それさ、逆効果なんだよね」


次は鏡越しではなく
私の目に直接氷室君が写り込む

涼しい顔とは裏腹に
私をつかむ手は痛い程に力強い

強制的に向き合う形となったが
やはりこの子は綺麗な顔をしている


「君、大学で俺に寄ってくる女と違って賢いんだもん
ガード堅いのも俺たちの事を考えでしょ?」

「君らには恩を感じてるからね」


私は二人に感謝している
あのままではどうなっていたか分からない

もしかしたら警察の世話になったかもしれない

だから本当に感謝しているのだ


「気遣いは嬉しいよ、だから余計
手を出したくなる」

「…ちょっ!氷室君!!」

もう一度
氷室君に引き寄せられたかと思うと首もとにチクリと痛みが走った

サラサラとした綺麗な黒髪から
同じシャンプーの筈なのに違う匂いを感じるのは香水のせいだろうか


「ずっとうちにいなよ
そんな首じゃ面接も行けないでしょ?」


一瞬だった
再び氷室君は私の顔をのぞき込み

紫原君に何かを言い聞かす時と同じ顔で

何時もと少し違う
低い声で私に諭すように問いかけた


「…後先を考えないのは子供だね」

「そう?口にしないだけで俺なりに考えてるよ」


離れてもなお
私の首もとに熱が残っているように感じた