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「就活順調?」


そう言ってこの男は当たり前のように私の隣に腰をおろす


「あからさまに避けないでよ」


そして私もまた当たり前のようにこの男と一人分の距離をあけた

少し困ったような口振りだがおそらくこいつは困っていない
むしろ楽しんでいる

困っているのは私の方だ


「避ける理由を作ったのは君だろ」

「まぁね」


未だに消えない首筋のキスマーク
薄くはなったが目ざとい人間なら気付くだろう


「ついでに就活を邪魔したのも君だ」

「否定しないよ」


こんなものを首につけたまま面接に行く勇気はないし
この状態の人間を採用する会社にも就職したくない

私のしかめっ面を見てか氷室君は私との距離を詰めようとはしなかった
代わりにリビングテーブルに広げていた書類に手を伸ばす


「俺も来年は就活だからさ」


就活の資料に目を通す彼を見て
なんだか不思議に思った


「君は就職なんだね」

「院っていう選択肢もあるけど別にやりたい事もないからね」


実家は金持ちみたいだし
彼は大学卒業してすぐ就職、という感じはあまりしないのだ

こう院に行ったり、それこそ留学したりする姿の方が安易に想像出来る

就職…は外資系とか向いてそうだ

つまりエリートである姿しか想像がつかない


「ふーん
紫原君も就職かなー」

「アツシあぁ見えて頭良いから院の可能性もあるかもね
でもアツシはバスケ選手になると思うよ」


あの子頭良いのか
そもそも二人の通う大学じたい確か偏差値結構高いし
もしかしてこの二人ってすごく高スペックなのではないだろうか


「あの子やっぱりそんなにすごいの?」

「208センチの高校一年生って聞いた事ある?」

「まるでおとぎ話の域だね」

「それがアツシさ
それくらい、彼は現実離れした恵まれた体格の持ち主で
バスケの才能もあるんだよ」


私が高校生の時は2メートル越えの高校生なんて存在はおろか話すら聞いた事なかった

バスケは高身長程有利なのだからそれだけで彼は恵まれている

更には私は以前見ただけでは判断出来なかったが
バスケの才能も彼はあるらしい


「私にしてみれば君も凄いんだけどな」

「みょうじさんは俺の身長が高いって言うけど
バスケの世界じゃ小さいよ
アメリカでも見下ろされてばかりだったし」

「世界は広いもんだねぇ」

「そうだね」


バスケに関しては私なんかより氷室君の方が視野が広い

きっと、彼の言う事は正しいのだろう


「だから俺は、あと二年しかバスケ出来ないんだ」


声の雰囲気が
少しだけ変わった


「たまに、アツシが羨ましく思うよ」

「良いねぇ、夢があるって
若い若い」


出来なくなる事が惜しいか
私にはよく分からない感情だ


「別にバスケなんかいくらでも続けられるじゃん
そりゃ仕事に出来れば一番かもしれないけど
仕事で選手としてのバスケはずっと出来ないけど趣味ならずーっと続けられるよ」


社会人のバスケチームだっていくらでもあるんだ
バスケを続けるだけならそんなに難しい話ではないだろう


「君要領良さそうだし、社会人になってもバスケ続けられそう
だから悲観しなくて良いと思うよ
あーでも良いねーそういう青春って
私とくに夢中になったもの無かったからなーそういう点では氷室君が羨ましいよ」


青春してるのが少しだけ羨ましい
私ももっと青春したかったものだ

若さ故の悩みに頭を抱える氷室君を軽い言葉で慰めてみたが果たして効果はいかほどか


「ねぇなまえさん」

「ん?」

「せっかくなら俺に夢中になってみない?」

「随分おもしろい冗談だね」


やっぱり慰めない方が良かったかもしれない