親不孝者と曲者

「離れに住んで貰う事になったから案内してやって」

「離れ?何で?客室じゃダメなの?」

「客室か離れか聞いたら離れが良いって
なるべく客目につかない方が良いだろうって雑渡さんがな」


客目につかない方が良い
どうにも胸のあたりがちくりとする話だ


「雑渡さんには畑を任せる事にしたから
明日になったら畑に関して教えてやれ
使ってない畑も全部使うから」

「はーい
雑渡さん、じゃあ案内します」


とんだ茶番だな
そうは思いながらも上手く事が運んだ事に安堵しながら
雑渡さんと再び離れに向かう


「上手くいきましたね」

「うん、君のお父さん良い人だね
見ず知らずのこんな火傷まみれの人を雇うなんて」

「そういう人ですから
明日は私が色々教えますね」


土いじりなんて何年ぶりだろうか
じいちゃんとばあちゃんが生きていた頃はよく一緒にやったいたのだから忘れてはいないだろうか
まぁ規模の大きな家庭菜園レベルのものだし
どうにかなるだろう


「しかし、戦がなくなる時代が来るなんてねぇ」

「正しくはなくなってませんけどね
やり方が大きく変わっただけです
けれど雑渡さんの居た時代と比べたら平和だと思いますよ」


完全に平和になれば良いのに
手段を変え目的を変え
事実上戦というものはこの現代でも行われているわけで


「うーん、体がなまってしまいそうだ」

「近くに山もありますし
たまには足を運ぶのも良いかもしれませんね」

「それが良いかな
時になまえちゃん、君一体いくつなんだい?」


あまり
聞かれたくない質問が飛んできた


「…24です」

「もう少し若いと思っていたが結構な年じゃないか
普段は何を?」


もっと聞かれたくない質問が追い打ちをかけた


「…特に何も」

「何も?」

「この時代には家から出ず、働かない人もいるんですよ
た、多少は働いてますけど…お小遣い分位…あとたまに店を手伝ったり…」


早い話私はほぼ無職だ
完全無収入は精神的に辛いのでパソコンを使い多少の小遣い稼ぎをしている
それと実家の手伝いだが仕事をしてると言い張れる稼ぎでもない

家からは本当に最低限しか出ないし
私は無職引きこもり彼氏募集中という穀潰し三大要素を兼ね備えている


「嫁にも行かず働きもしないなんて私の時代では考えられないよ
その年だと相当な行き遅れになるし」

「こ、この時代ではそんなに珍しい事じゃないんです!
私だってこの間まで働いてました!今はちょっとお休みしてるんです!」


去年までは確かに働いていた
しかし高校を卒業して5年間勤め上げた所で休みたくなり今に至る
こんなのんびりした生活は若いうちにしか出来ないと判断したからだ
私はやろうと思えば出来る人間だ


「それが許されるなんて、本当に平和な時代になったんだねぇ」

「…そういう雑渡さんは何歳なんです?」


皮肉ばかり言われて私も質問をしてみる
私よりは年上だろうが何せ顔の露出が少ない為年齢の判断が全くつかない
意外に同い年位かもしれないしもしかしたら父と同じ位かもしれない


「私?私は36歳だよ」

「36歳って私と干支一回り違うじゃないですか!
いくら組頭でも独身なら人のこと言えないですよ!」

先ほど私は室町時代では相当な行き遅れになると言われたが
24の私で行き遅れなら36の雑渡さんなんてなんだと言うのだ


「んー、婚約者はいたんだけどねぇ
私がこんな体になったら逃げちゃった」

「え…」

「だって気持ち悪いでしょ?」


ちょっと言い返す程度の質問がまさかのとんでもない地雷だった

包帯が巻かれている為問題の火傷が見えないから視覚的にはそこまでと思うのだが
以前の普通の人と変わらぬ雑渡さんを知っていれば
この現実は受け入れがたいのかもしれない

しかし婚約までしたのならそういう時こそ支えるべきではないか
雑渡さんの時代の結婚は家柄の為というのも普通だと聞いたが愛情は所詮そのようなものだったのか
どちらにしろ、こんなに軽く話しているが雑渡さんは当時笑えなかっただろうに


「え、何何?」


意図しない形で雑渡さんの深い所に触れてしまった気がして
なんだか不公平な気がした私はおもむろにズボンの裾をまくり上げた


「これ、昔事故にあった痕なんです
顔じゃなかっただけ良かったかもしれませんが
やっぱり…えぐいし…これが原因でいじめられたり…異性にフられた事もあるので…」


私の足にそこそこの大きさの手術痕がある
化粧で隠せる範囲でもなく
冷静に見ると結構えぐい
この痕で良いことなんて何もなかったし
進んで見せるものでもないと理解している
こうやって自ら見せたのも初めてな気がした


「この程度で雑渡さんと同じとは言わないけど…気持ち、分かりますから…
最初は確かにちょっと驚いたけど、もう何とも思わないです」


正直、毎日見ている身としてはこの痕は何も思わない
周りが思う程本人は気にしていないのだ
けれどそれでも隠したがるのは
自分ではなく相手の為

それが出来るこの人はきっと悪い人ではないし
受け入れる事

多分それが彼にとって一番嬉しい事だと思った


「…君みたいな子だったら、私も違ったかな」


唯一露出されている目が柔らかく弓形に形を変えた


「でも組頭ってえらいんでしょ?
何時の時代も女は権力に弱いでしょうに
選び放題じゃないんです?」

「せっかく良い話だったのにぶちこわしだね」


しんみりとした空気は少し苦手で
私はあえて黙っていた感想を述べて
柔らかくなった空気に安心感を覚えた