仰げばうつくし

 女子寮を出ると、辺りには同じように学園へと向かう生徒で溢れ返っていた。

 正十字学園の校舎へ辿り着くと、その大きな建物を見上げて思わず感嘆の声をもらした。パンフレットの写真だけではわからない立派な西洋建築の校舎と、それを取り巻く賑やかな雰囲気。同じような声はかのこの周りからも聞こえた。
 人の流れに乗り校舎へと入ると、随分と高い天井が出迎える。中に入ってもその建物の華美さは変わらない。どうやらすごいところに来てしまったらしい。
 来る前に確認した資料によると入学式は大講堂で行われるようだ。「入学生はこちらです!」と声を上げる先生や上級生と思われる生徒たちは、大講堂まで導いてくれるのだろう。かのこは自然と足をそちらへと向けた。

 案内されるまま大講堂へと入ると、すでに沢山の新入生が座っていた。皆一様に緊張や興奮といった表情を浮かべ、そわそわと辺りを見たり隣の新入生と話している。
 自由に席に座るようにという指示に従い、彼女は適当に空いている席につめて座る。そのままぼーっとして始まるのを待っていると、誰かがかのこの肩を叩いた。「すみません!」と声を掛けながら覗き込んできたのは、髪をポニーテールに結んだ明るい雰囲気の女子だった。

「隣、誰か待ってる?」
「そういうわけではないよ。よかったら座る?」
「いいの? 席が減ってきてて困ってたんだー!」
「いいよ、どうぞどうぞ」

 どうやら式は開始間近で、空いている席が少なかったらしい。確かに、空いているのはどこも一席だけだったり最前列だったりと、少し座りづらい席ばかりだった。二、三人で固まっている女子グループが、どこに座ろうかなんて話し合っている。
 声を掛けてきた女子はかのこの隣の席に座ると、足元に鞄を降ろし一息ついた。

「ありがとう! 緊張してたら寝坊しちゃって……こんな時間ギリギリになっちゃったんだよね…へへ」
「そうなんだ。私は逆に少し早く起きちゃった…寮といい学校といい、どこもかしこも豪華で何となく緊張するよね」
「だよねだよね!? あっ私間宮楓って言うの! B組!」
「私は藤原かのこ、クラスは特進のA。クラスは違うけどよろしく、間宮さん」
「堅苦しいの苦手だから楓って呼んで! 私もかのこって呼ぶからさ!」
「あー私もあんまりお硬いのは苦手だからそっちの方がいいな。よろしく、楓」
「あ〜話せる相手が出来てよかった! 進学先が同じ友達がいなかったから、心細くて仕方なかったんだ〜!」
「私も同じ!」

 友達が出来るか悩んでいたかのこは、間宮と話せた事で緊張がほぐれた気がした。この調子なら、クラスや塾でもうまく馴染めるかもしれない。
 連絡先を交換しようという間宮の提案にうなずく。スマホを取り出し連絡先を交換し終わる頃には、式の開始を知らせる司会のアナウンスが大講堂に響いた。二人は慌ててスマホをポケットに仕舞うと、顔を見合わせ笑みをこぼす。

 かのこが開式の挨拶や式辞を欠伸を噛み殺しながら見ていると、新入生代表挨拶という司会のアナウンスと共に壇上へと一人の新入生が上がった。
 眼鏡を掛け制服をきちっと着こなす姿は一見すると真面目な男の子といった感じだが、背が高く浮かべる笑みは爽やかなものである。
 今まで面倒臭そうに壇上を見ていた新入生の目が変わったのを感じる。それは主に女子からのもので。

「…ねぇねぇ、あの男子かっこよくない?」
「そうだね。…新入生代表ってことは、きっと入試の成績トップだよ」
「かっこよくて頭も良いってことじゃん、すごい!」

 こそこそと身を寄せ声をかけてきた間宮にかのこが言葉を返すと、間宮は色めき立つ。前方を見ると同じようにひそひそと話す生徒は多数いた。
 確かに、ここに大勢いる新入生のトップとして挨拶する彼は、少し緊張した面持ちではあるが堂々と立っており、かっこよく見える。もしも自分だったなら確実にあたふたするし噛むな、などと考えながらもかのこは彼の言葉に耳を傾けた。
 彼の挨拶も終わり、後に偉い人やら学園の先輩やらの挨拶が続く。かのこは大きな欠伸をすると、間宮に「終わったら起こして…」と声をかける。いつもより早めに起きた弊害だ。
 困ったように笑いながらも頷いて返した間宮に感謝し、かのこはその重い瞼を下ろした。


▽  ▽


 式やオリエンテーションを終えた新入生は、早々に寮への帰路へとついていた。
 授業開始は明後日からだが、祓魔塾はそうはいかないらしい。人手不足からか、カリキュラムのハードさからか、早々に講義を始めるようだ。
 今日の放課後から塾の講義が始まるにも関わらず、かのこは周りの生徒に流されるように寮へと向かっていた。理由は極単純。

(まさか一番大切な"鍵"を忘れて来るなんて……ツイてない)

 祓魔塾に向かうには、支給された専用の"鍵"が必要不可欠だ。その"鍵"をどこかの適当な鍵穴に差し込んで回すことで、その扉の行き先が祓魔塾へと変わるのだ。聞いただけではよくわからない仕組みをしているが、その"鍵"が重要だというのはわかる。
 それほど重要なものを寮に忘れて来てしまったせいで、一旦帰るなどという手間を強いられているのだ。オリエンテーション中に手落ちに気付いたかのこは気もそぞろになり、クラスメイトの自己紹介や教師から告げられる明日以降のことを何も覚えていなかった。

(サイアク。ちゃんと忘れ物がないよう確認したはずなのに)
 
 さほど遠くない寮までの道のりが、行きよりも長く感じる。やっとの思い出たどり着いた無駄に豪華な装いの女子寮へと駆け込み、自室へと乱暴に入った。
 デスクに乱雑に置かれた茶封筒の中から目的の鍵を取り出す。失くしたんじゃないか、実家に置いてきたんじゃないかとまで考えていたけれど、さすがにそこまでバカではなかったらしい。
 ゆっくりと息を吐き出すが、我に返りはっとする。

「っていや…落ち着いてる場合じゃない」

 寮の部屋の扉には、お誂え向きに鍵穴があった。鍵穴へとその鍵を差し込み、手首を捻る。急いで扉に飛び込み、勢いよく扉を閉めた。

 そこは寮や学園とは違う様式ながらも、格式の高さを感じさせる建物だった。異様に高い天井や心許ない明かりのおかげか、随分と不気味な印象を受ける。
 廊下に等間隔に取り付けられている扉は奇妙な作りをしており、5メートルほどの高さの大きな扉に、通常のサイズの扉がついていた。

 資料の通りならば、初回の授業は1106号教室で行われるはずだ。鍵を取りに一度寮へ向かったかのこは遅刻寸前だろう。
 廊下を早足で歩き1106号教室を見つけると、一度深呼吸をして、その扉を押した。
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Hocus Pocus