天佑

 千早は沖田の射るような眼差しに息を呑んだ。あの軽薄そうな笑みとは随分とかけ離れた表情を浮かべている。
 恐らくこの刃のような鋭さこそ彼の本質なのだろう。

「やめてください!」
「総司、落ち着け」

 千鶴の甲高い声が響く。土方は沖田を諌めるように声を上げたが、彼もまた千早を警戒していることには変わりなかった。
 千早は倒されたまま可能な限り視線を巡らせた。刀を抜きこちらに構えてる者が他にも数名。千鶴はというと駆け寄ろうとしたところを取り押さえられたようで、斎藤に腕を掴まれていた。

 昨晩見たものを思い出す。浅葱の隊服を纏った白髪の男。血に酔ったような赤い瞳。

(もしかして……あの獣と同じだと、思われている?)

 血に狂うという言葉の真意はわかりかねるが、暗に昨晩のあの隊士たちと同じなのかと問われているのはわかった。
 この髪は千早が生まれた時からのものだ。昨晩の男たちのように黒に戻ることもなければ、血を求めるように無闇に人を襲うなど以ての外。

「……君、その目」

 沖田ははたと何かに気付くと、探るように彼女の顔を覗き込んだ。沖田の様子が変わったことに気付いた千鶴はその場をおさめようと声を上げる。

「千早さんは昨晩の隊士の方達とは違います!」
「……何故そう言い切れる」
「私は十年前からずっと千早さんと一緒に居ます。千早さんがあの人たちみたいに我を失うところなんて見たことがありません!」

 土方は何かを考えるように黙り込む。緊張した空気の中、静かに様子を伺っていた山南がおもむろに口を開いた。

「あなた方の荷物を改めさせてもらいました。江戸から京を訪ねてきたことはわかっています。……僅かな荷物の中にある手紙も拝見しました。恐らく幕府御典医である松本良順を訪ねてきたのでしょう」
「……お前らの目的は何だ? 雪村千鶴、初霜千早」

 彼女たちの名が発せられた瞬間、部屋に動揺が走る。
 土方は発言を促すように静かに二人を見た。千早の首に宛てがわれた刀が、一層きつく首に触れる。あと少しでも力を入れようものなら、彼女の首からは血が滴ることになるだろう。

 千鶴は助けを求めるように千早へと視線を向けるが、彼女の首に突きつけられる刃に瞳が揺れる。まるで吐かねば首を切るとでも言わんばかりの威圧感に、意を決した千鶴は口を開いた。

「話します。なので千早さんを離してはいただけませんか」
「……総司。彼女を離してやってくれ」
「…はい」

 近藤の言葉に渋々頷いた沖田は、千早を押さえていた腕を解き刀を離す。しかし依然警戒されているのか切っ先は向けられたままだ。沖田は千早を引っ張り起こすとその背に立つ。下手に動いたりしようものなら後袈裟に斬られるだろう。
 千鶴は千早が解放されたのを見ると、話を切り出した。

「私は、雪村千鶴と言います」
「初霜千早と申します」
「先程山南さんがおっしゃられたように、私たちは江戸から京へと来ました」
「そうか、出身も江戸だったのだな! そちらの……初霜くんとはどういった関係なのかね?」

 うんうんと頷いた近藤は、千鶴から千早へと視線を向ける。下手に関係を隠すこともないだろう。千早は素直に言葉を返した。

「私は雪村家の居候です」
「千早さんとは血の繋がりこそありませんが、幼い頃から一緒でした。私の姉のような方です」
「そうかそうか!」
「あの……私たちは、突然手紙が途絶えた私の父様を捜すために京にやってきたのです」
「父上を捜して遠路遥々京に来たのか! ……して、お父上は何という方かね?」
「はい。父は雪村綱道と言いまして、江戸にて診療所を営む蘭方医です」

「……繋がったな」土方は落ち着いた声でそう言った。山南はその言葉に頷きを返す。
 千鶴の口から漏れる戸惑いに、山南が口を開いた。

「あなた方の持っていた手紙の筆跡、これはまさに綱道さんのものでしたが……まさか本当に綱道さんに繋がるとはね」
「綱道さんをご存知なのですか?」
「……お前らこそ、何処まで知っている?」

 土方の問いに首を傾げる。何処まで、とはどういうことなのだろうか。そもそも何について問われているのか、漠然としすぎた問いの答えは千早には見つけられなかった。
 辺りには戸惑うような沈黙が広がり、皆一様に複雑な表情を浮かべている。

「何処までというのは、どういうことでしょうか」
「何しに京まで来やがった。綱道さんが何をしてるか知っててここに来たのか!?」
「私たちは父様を捜しに来ただけです!」
「こちらは綱道さんが下命を拝し、お医者様として京を訪れたことしか知りません。綱道さんとは夏に消息が途絶えたきりです」
「……土方君、どうやら本当に何も知らないのかもしれませんよ」

 山南が土方を宥めると、土方は釈然としないながらも問い詰めるのをやめる。
 事実、彼女らは綱道が京を訪れた契機を知らない。夏まで送られてきていた手紙にも勤めに関することはあまり記されてはいなかった。

「あの……父の事をご存知なのですか? 父はどこにいるんですか? 教えてください!」
「……綱道さんの行方は、現在新選組でも捜している」
「新選組が綱道さんを? ……それは」
「あ、勘違いしないでね。綱道さんを狙ってるわけじゃないから」
「そう、ですか」

 千鶴が胸を撫で下ろす。どうやら綱道はお尋ね者として追われているわけではないらしい。
 沖田は刀を鞘に収めると、話を続ける。

「同じ幕府側の協力者なんだけど……実は彼、夏から行方知れずなんだよね」
「……そうでしたか。こちらでも夏から」
「幕府をよく思わない者たちが、綱道さんに目をつけた可能性が高い」

 千鶴が息を呑む。千早は自分を落ち着けるように深く息を吐いた。
 予想していなかったわけではない。倒幕の機運が高まる中、幕府の命で一人京へと発ったのだ。それだけ危険が伴うのは綱道も承知の上だろう。

「……生きている公算も高い。蘭方医は利用価値のある存在だ」

 斎藤の言葉に千鶴はぎこちなく頷く。千鶴だってある程度覚悟はしていただろうが、実際にこのような話を聞くと不安で仕方がないだろう。
 
「近藤さん、どうでしょうか。同じ人物を捜す者同士、彼女たちに手を貸してあげてはいかがかと」
「手を貸すとは、どういうことかね?」
「綱道さんが見つかるまで、互いに協力し合うと言うことです。彼女たちに協力してもらうことで、綱道さんが見つかる可能性は格段に上昇するでしょう。私たちがいくら捜しても、姿形を変えられてしまっては見抜くことは難しい」
「……確かに。私や千鶴であれば、多少身形が変わっていようとも看破することは難しくありません」

 千早が答えると山南はゆるりと笑みを浮かべて近藤へ視線を向けた。近藤は同意するように頷くと「どうだ、トシ」と土方へと是非を問う。

「……こいつらが本当に何も知らねえっていうんなら」
「本当です! 父が京に向かって、何をしていたかまでは知りません」
「……まあ、あの蘭方医の関係者となりゃあ、殺しちまうわけにもいかねえか」

 土方は面倒そうな口調でそう言うと、ため息をひとつついて彼女らを見据えた。

「昨夜の件を忘れるって言うんなら、父親が見つかるまでお前らを保護してやる」
「うむ。綱道さん……お父上を見つけるためならば、我ら新選組は協力は惜しまんとも!」
「あ……、ありがとうございます!」
「ありがたく存じます」

 千早たちは礼を述べると頭を下げる。思ったよりも緊張していたのか、胸の中には安堵が広がった。助かったということはもちろんだが、何より綱道に繋がる糸口が見つかったことが嬉しかった。隣を見てみると同じように安心したのか、表情を緩めた千鶴が目に入る。そんな彼女に千早は笑みを返した。

「殺されずに済んで良かったね。……とりあえずは、だけど」

 沖田は面白がるように笑顔を浮かべ、皮肉な言葉を投げかけた。彼の言葉に思うところはあれど、この延命が一時的なことは事実だろう。

「恐れ入ります」

 今は素直に喜ぼう。そのまま笑みを浮かべて沖田に感謝を述べると、彼は一層笑みを深めた。

Hocus Pocus