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ここは天国だろうか。ずっと前に同じようなことを思ったような気がするが、決して同じ意味ではない。
本当に天国だ。よりどりみどりのバイクを拝めるどころか、このシートの感触、乗り心地、ハンドルの角度、最高。
以前行ったバイクショップでは試乗する暇はなかったので、本物のバイクに乗るのは今日が初めてだった。これは是非自分の炎で生成する時に応用しなければ。しかしシートに関しては、ある程度柔らかい素材を炎で作ることができるか不安だ。最悪負担のかからない形状までで妥協しなければならない。僕は各展示のバイクの形状を出来るだけ細かくメモしていく。
「メモ帳埋まっちゃいそう」
「予備も持ってきた。問題ない」
「カメラは?」
「替えのメモリー5枚はある」
「いや、そこまで使う?」
「もう2枚は使ったから危ない」
「危ないんだ…」
なまえに話しかけられて気がついた。さっきから僕が一人で楽しんでばかりで、なまえは近くで見ているだけだ。すごくつまらない思いをさせているのではないだろうか。途端に心配になってくる。
「なまえ、あっちの二人乗り用に乗ってみるか?」
「二人乗り?」
なまえの手を引いて、展示場の奥側にある大型のバイクへ向かった。他の客が試乗中だったので、そのまま近くで様子を見る。
「…ああやって乗るの?」
なまえが引きつった顔でそう言う。試乗中の客はカップルのようで、後ろに乗った女性が前に乗っている男性に抱きついて、二人で楽しんでいる様子だった。
「あれは密着しすぎだ。体重をかけられると重くて操作しづらい」
「だ、だよねー…」
こちらに気がついたのか、試乗していたカップルが降りてきた。譲ってくれるようだ。横を通り過ぎる際、そのカップルの男性が何故か僕の肩を叩いてきて「頑張れ」と言ってきた。何についての応援だろうか。よくわからないまま、僕は目の前のバイクに跨った。
「えー…と?」
「こっち側から、ここに足をかけるんだ。届くか?」
「や、やってみる…」
以前バイクショップを手伝ったことがある様子だったから、てっきり乗ったことがあるものだと思っていたのだが、そうではないらしい。
僕はなまえの手を取って自分の肩に乗せ、ステップの場所を指し、足の位置を教えた。こういう場合に備えて調べて覚えた程度の知識だったのだが、なまえはどうにか後ろのシートに座れたみたいだ。
「…君は高いところが苦手なのか」
「に、苦手じゃないし」
「そんなにしがみつかれたら困る。さっき言っただろう」
かなり大型のバイクなので、思ったよりも高かったのだろう。僕の腰を掴むなまえの手が妙に震えているうえ、背中にぴったりと身体を密着させていた。ふざけているわけではなさそうなのであまり強くは言えないし、実際に走ることはできないとはいえ、そんなにくっつかれると僕も少し落ち着かない。
「これじゃ実際に二人乗りする時に困るぞ」
「ご、ごめん…サイドカーじゃだめなの?」
「サイドカーよりこっちの方がいい」
「なんで?」
「かっこよさが違う」
「ですよねー…」
なまえに言われてサイドカーも検討した方が良いのだろうか、と思ったけれど、やはり見た目に拘るならサイドカーは無しにしたい。もしなまえを乗せるとしたら、シートを低めにできれば乗りやすくなるかもしれない。その事をメモ帳の端に少しだけ書いておいた。
◇
試乗会を終えて、いざ遊園地の方に来てみれば、やはりなまえは僕に気を遣って、自分からどれに乗りたい、どれに入りたい、とは言い出さなかった。試乗会ではしゃぎすぎた僕が疲れているだろうから、なんて言う始末だ。確かにそうなのだけれど、後で遊ぶためにそこそこの体力は残している…つもりだ。
だから仕方なく、僕の好みで一つ、ゴーカートを選んで連れて行ったのだが、
「私絶対リオの運転する車乗らないからね」
すごく機嫌を損ねられた。夢中で運転して気付けなかった僕が悪いのだけれど、後ろに乗っていたなまえはとんでもなく怖い思いをしたらしい。速度はゲームの時よりは出していなかった方だし、コースアウトしたり壁にぶつかったりは特になかったはずだが、そんなに僕の運転が下手だったのだろうか。だとするとかなりショックだ。これからちゃんと免許が取れるのか、不安になってきた。
「ねえリオ」
「何だ」
「アイスってこんなに美味しかったっけ?」
お詫びにアイスを買い与えたところ、なまえが急にそう言いだした。
「…家にストックしているのとだいたい同じだろう」
「そう、なのかな?でもなんか味が違う気がするの。場所が違うと味が変わるのかな?土地の高さとか?」
味がいつもより美味しい、というのは、疲れているからだろうか。或いはもしかして、ああ言いながらも楽しんでいたのだろうか。普段からくるくると表情を変える方ではあるけれど、こんなに心から楽しそうにしているのは、初めて見るような気がする。正直失敗したと思っていたし、僕が相手で良かったのかわからないけれど、連れてきた甲斐は確実にあったのではないだろうか。
「リオのもちょうだい」
「は?腹を壊すぞ」
「そうじゃなくて、あー、じゃあ、こうしよう」
何か思いついたらしいなまえの様子をそのまま見ていると、彼女は自分のアイスを一口分すくって、そのスプーンをこちらに差し出してきた。
「はい、あーん」
状況が飲み込めなかった。あのなまえが、こんなことをするだろうか?
「…もう、さっさと食べてよ」
驚いてそのまま動けずにいたら、少しだけ開いていた口に入れられた。さっきまでの食べていたものとは違う甘みが口の中に広がる。
「……な、なんだ今のは」
「一度してみたかったの。もう、リオのせいで台無しだけど」
てっきり僕の頭がおかしくなって幻覚でも見たのかと思ったのだが、そうではないらしい。確かに、こんなこともしたことがないのだと頭では理解できるのだけれど、まして僕相手にやるとは思っていなかったのだ。でも、確かにこんなことをできる相手も、彼女にしてみれば僕しかいないことに気がついた。
「も、もう一回してくれ」
「なんでよ、乗り気じゃなかったんじゃないの?」
「さっきは急だったから、驚いた、だけだ」
側から見れば変だろうけど、やり直しだ。せめて願いは叶えてやりたい。
「はい、あ、」
差し出されたスプーンを、すかさず口に入れた。叶えてやろうとは思ったが、僕まで「あーん」なんて言うのは、恥ずかしかったからだ。
「はや!」
「…食べたぞ。なまえも食べろ。ほら」
僕も同じように、一口分をなまえに差し出した。しかし、僕には食べるように要求しておきながら、なまえは差し出されたスプーンを一向に口に入れようとしない。
「あーんって言ってよ」
「それは嫌だ」
「むー」
「…………」
「…………」
「……あーん」
アイスが溶けてきたので仕方なく言ってやると、なまえは途端に嬉しそうな顔をして、僕が差し出したスプーンを口に入れた。
「…んー!こっちも美味しい」
「…ふふっ」
「どうかした?」
「いや、餌付けみたいだなと」
「え、餌付け…」
私はペットじゃありません、などと言いながらなまえは不満を露わにするけれど、こう表現するしかなかったのだ。僕と彼女はまだ、そういう関係ではないのだから。
「ちょっと飲み物買ってこようかな。リオは何かいる?」
「僕は…同じのでいい」
「はーい。じゃあちょっと待ってて」
その幸せな余韻に浸りながら、なまえが走っていくのを見送った。
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