09
「……ねえ、リオ」
「何だ」
「食べづらいんだけど」
朝食を頬張るなまえを目の前の席で眺めていたら、なかなか辛辣な意見が飛んできた。
「先に食べ終わってるし、わざわざ待ってなくていいんだよ?」
「…別にいいだろう、今日はそんな気分だったんだ」
「でもさ、あんまり見られてると、緊張して味がしないよ…」
一緒に食べれば美味しいと思うはずだと実践していたのだが、まさかこれが逆効果だったとは。いや、僕だから楽しいと思わない、のだろうか。確かに、話はそこまで得意ではないので、話しかけられる以外は基本黙っていたし、そうかもしれない、と少し悲しくなった。
「別のことしてていいよ?ほら、今朝来たっていう荷物そこにあるから、確認してみたら?」
言われて仕方なく、僕は席を外してソファーの横に置いてあった箱を開けた。数日前に僕が注文した雑誌だ。中身を取り出し、今度こそ話題を、となまえの席の前に広げた。
「うわ、何これ」
「選んでくれ」
「はい?」
「全部遊園地の特集が入った旅行雑誌だ」
恐らく、なまえは僕が遊園地に誘った動機が“僕が行きたいから”ではないことを察しているだろうし、僕が何度否定していたとしても、自分に気を遣って誘ってきた、と理解しているだろう。
だから最後まで、僕が行きたいと言ったことを本気であるように振舞わなければならない。
「…リオが行きたいんじゃなかったの?」
「君も行くんだから一緒に考えるんだ」
「いや、でも私、どこでも大丈夫だし…」
「良くない」
妙に消極的ななまえに、僕は運んできた雑誌の一冊と、テーブルの上にあった付箋の束を押し付けた。
「ほら、気になったところに付箋をつけてくれ」
「デートだったらリオが全部考えていいと思うんだけどなー」
「…だから、付き添いって言っただろう」
どこでも大丈夫、なんて言いながら、僕が押し付けた雑誌を開いたなまえは、すごく楽しそうな顔をしていた。何だかんだ言って、やっぱり気になっていたんじゃないか。声をかけて良かったと心の底から思った。
「でも意外だなぁ。リオが遊園地行きたいって言うなんて。何か思い出とかあるの?」
「…いや、何となくだ」
「そうかなー、何かあるから行きたいものとばかり……あ、もしかしてこれ?」
なまえはある雑誌の見開きページを僕に見せてきた。僕が好きそうなアトラクションでも入っていたのだろうか。そこに写っているのはアトラクションではなく、
「新作バイクのお披露目イベントするんだって。試乗会もあるみたい」
何だこれは。知らなかった。すごく行きたい。
…いやいや、今回はマナのために出かけるのだから、僕の趣味は一旦置いておかなければ。でも、試乗会…
「リオってすぐ顔に出るよね」
「う、うるさい」
「じゃあここにしよっか」
「え……い、いや、もっとじっくり考えて」
「リオが遊園地に行きたいって言ったんだし、リオが行きたいところ優先でしょ」
「う……」
僕が言い出した嘘を、今度は逆手に取られて使われてしまった。これを否定したら怪しまれるし、さらに言えば折角の試乗会のチャンスを諦めることになってしまう。これでは本当に僕が行きたいから遊園地に誘ったみたいじゃないか。
「……本当にいいんだな?遊ぶ時間、減るぞ?」
「いいよ。リオが楽しい方が私も楽しいと思うし」
ここは話を合わせた方が自然だと判断して、イベントに行きたい体で話を進めた。最初は嘘で言ったつもりが、まさか本当に僕が楽しみたい内容になってしまうとは。そして、ここでも彼女に気を遣わせてしまったと気がついて、行きたいイベントに合わせてくれたことは感謝しつつ、次はもっと上手いかわし方をしなければ、と決意した。
◇
「…リオ、寝てないでしょ」
「そういう君も寝てないだろ」
僕が当日が楽しみで眠れなかったように、なまえも同じだったらしい。目元に少し隈ができている気がする。恐らく、僕にも。
「試乗の整理券のために早く来たけど、大丈夫?並んでる途中でしんどくならない?」
「いや、このまま行く。君は休んでてもいい」
「私は平気だから。疲れたら片方休む感じにしようか」
階段を上ると、目的地の遊園地の大きな門が見えてくる。その入口の前には既に人集りができていた。催し物にはあまり足を運んだことがないので、この状況に少し緊張した。
「ほら」
人集りに突入する手前で、僕は手を差し出した。
「…何?」
「はぐれたら困るだろう」
突然のことに驚いたのだろうか。差し出した手を見たままで手を掴む様子がなかったので、その手を強引に掴んで指を絡ませた。久しぶりになまえに触れた。その事を思い出すと少し恥ずかしかったので、そのまま早足で入場列へ向かった。
← back →