05 


硝子が割れる音とともに、僕達の居る場所に影が差した。

「……二人とも!その人受け止めて!」

上から院長の声がする。見上げると、発火した人の体が見えた。しかし気付くのが遅かった。もうだいぶ近づいている。あれを受け止めるなんて無理だ。ここにクッションになるものは何もない。

「む、無理だよ時間ないって!」
「火で速度を下げて!」
「これ以上燃やすの!?」
「その人バーニッシュだから!早く!」

僕たちは言われるまま対象に火を放つけれど、勢いは止まらない。影はどんどん大きくなる。
これでは二人とも押し潰されてしまう。せめてなまえに被害が無いよう、落下地点から退避させなければ。

「……離れていろ」
「うわっ、ちょ、ちょっとこんな時に肩押さないでよ!」
「君は退避しろ」
「しない!リオだけ放っておけない!」
「……仕方ないな」

言って聞く奴じゃないとは思っていたけれど、ここまでとは。もっと強く突き飛ばすべきだった。仕方がないので、僕はなまえの身体を引っ張り込んで胸の中に収め、庇うようにその場に伏せた。そして衝突の際に双方の身体が痛まないよう、背中に火を集中させる。

「……!」

一瞬で全身に衝撃が走った。重い。押し潰される。地面に触れている手足が痛い。地面にのめり込んだのではないだろうか。なまえの身体は大丈夫だろうか。僕は必死に火力を上げることだけに集中して、その場で耐えた。

「…………」

随分と長い時間、押し潰される感覚に耐えていた気がする。気がつくとその感覚はなくなっていた。目を開くと、先程までの僕と同じように目を瞑ったなまえがいた。震えていたので、そっと声をかけた。

「なまえ」
「……リオ?」
「平気か?」
「…だ、大丈夫…」

なまえの無事が確認できたところで、周囲に目を向ける。自分の横に人が倒れていることに気がついた。見た限り外傷はないし、腕や足が変な方向に曲がってもいない。内部まではわからないが、本当に自分の火だけで受け切ったのだろうか。信じ難いが、目の前の事実をそれ以外にどう説明できるだろうか。

「……これは、」

立ち上がろうとして気がついた。
僕の背に、黒い宝石のような盾があることを。





「…ほら、これでいいか?」

夜のベランダは僕達が一日分の火を予め燃やしておく時間だ。
僕は火を摘んで作った花をなまえに渡すと、目をきらきらさせてその花を空に掲げた。

「ねえねえ、次はもっと大きいの作って」
「いい加減自分で作ったらどうだ」
「だってリオの方が上手いし。私はすぐ解けちゃうし」

なまえが同じように火で形を作ろうとする。しかしそれは手のひらで花火のように弾けて消えてしまった。気が抜けたように僕の肩に寄りかかって項垂れた。

「少しは火を出しておかないと明日に響くぞ」
「まあまあ、私はそんなに火力ないから」
「明日魘されても知らないぞ」
「そんなこと言って、リオは助けてくれるでしょ」
「…全く…」

僕はなまえの手を取って、握った手から火をつけた。なまえも火を出すように促して、漸く二人の火が合わさった。

昼間の患者は無事だった。良くて骨が折れるかひび割れるくらいは予想されていたところ、全くの無傷で奇跡的なレベルだと言っていた。あの階の飛び降りの速度でここまで大変だったというのに、なまえは僕の落下をどうやって受け止めたのだろう。人工呼吸までしていたから、受け止めきれなかったのだろうか。
患者が窓硝子を突き破って飛び降りた理由は教えてもらえなかった。各患者の病状については基本的に教えてもらえない。
ただ、僕達は住宅街のど真ん中で火を出してしまったため、暫く外に出てはいけないことになった。見ていた誰かに顔を覚えられていたら、通報されるかもしれないからだ。

「こんなに固形化できるなら、アーマー着たりできるかもしれないね」
「アーマー?」
「テレビとかで見たことない?マッドバーニッシュ。あの人たち全身黒いの着てたりするでしょ」
「…あれは全部火だったのか?」
「知らなかったの?」
「…特注品か何かだとばかり」
「バーニッシュなんだから、そんな資金調達するなんて無理でしょ」

マッドバーニッシュ。僕は未だ本物を見たことがない。ただテレビのニュースやワイドショーなどで、建物に放火し暴れている様子ばかりが映されている集団、としかわからない。
しかし彼らが着込んでいた特殊なスーツが火で作ったアーマーというのは、確かに納得がいった。僕が無意識で作っていた盾でさえかなりの強度があったのだから、普段から火の扱いに慣れているなら、あのアーマーもかなり強度を持っているのだろう。彼らの対処のためにフリーズフォースなどという組織が必要になるわけだ。

「じゃあ、あのバイクも火で作っているのか?」
「正解。普通のバイクと違って部品を揃える必要がないから、自分が使いやすいように調節しやすいって話だよ」

やはり乗り物まで火で作っていたようだ。ということは、僕も火の扱いとバイクの構造さえ分かれば、作れるかもしれない、ということになるのではないだろうか。

「も、もしかして、ここにもマッドバーニッシュの患者が来ていたりするのか!?」
「え、そりゃあ多分来てるけど…」
「本当か!?誰なんだ!?」
「ちょ、ちょっとそれは、個人情報だから口外できないよ」
「そ、そうか…」

残念だが、患者の個人情報を私的利用するのは良くない。病院の評判にも関わるだろう。別の方法で遭遇するしか方法はないようだが、彼らが放火する場所の見当なんてつかないし、普段一般人に紛れ込んでいるのなら邪魔をするのもよくないだろう。完全に手詰まりだ。

「そんなにマッドバーニッシュの人に会いたい?」
「あ、いや、その…火を固めて使う方法を覚えたら、役に立つと思ったんだ」
「なるほど。じゃあ会いに行ってみる?」

今なんて言った。

「い、今患者の個人情報は出せないって」
「患者さんじゃなくて、今はもう辞めちゃってるんだけど、元マッドバーニッシュだった人がやってるお店がここの近くにあるんだよね」

知らなかった。買い物のために近所の店へ行くことは何度かあったので、近く、ということはその店を通りかかっていたかもしれない。
いや、しかし今は時期が良くない。

「…僕達は暫く留守番じゃなかったか」
「帽子被ったりして顔があんまり見えないようにすれば、ちょっと見に行くくらいできると思うけど、興味ない?」

確かに今外に出るのは危険ではあるけれど、ここまで詳細に予定を立てられて、どうやって断れるだろうか。

「……興味は、ある」
 
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