07 


昨日のことがずっと脳内を占拠している。凍結弾の銃声。人が揉めている声。恐怖で動けない自分。そして、なまえが知らない誰かに人工呼吸している光景。

「…………」

一睡もできないまま朝になってしまった。時間になったのでいつも通り、なまえの部屋に向かった。なまえは普段と変わらず、ぐっすり眠っていた。今までの僕なら、なまえの神経が図太いからあんなことがあっても寝られるのだと思っただろう。でも今は違う。あんなことを何度も経験しているから、慣れているのだと理解できる。

「…………」

眠っているなまえの顔を見る。僕を生かした唇。あの時の柔らかさと熱を今でも覚えている。もっと触れていたかったのを覚えている。そしてそれは昨日、僕だけを生かすものではないと知った。思い知った。当たり前のことなのに、僕は馬鹿みたいにショックを受けていた。

「……はぁ」

僕はなまえを起こさず、部屋を出た。





店の修復を手伝った後、僕達は院長に連れられて家へ戻った。救護を手伝った手前、勝手に外出したことについての直接のお咎めはなかったが、留守番期間を倍に増やされた。即ち、暫くは嫌でもなまえと一緒に過ごさなければいけない。

「リオ、晩御飯何がいいー?」
「…………」
「りーおー、聞いてるのー?」
「……何でもいい」

顔を合わせたくない時に限って妙に話しかけてくる、わけではない。普段の自分達がどれだけ会話しているか、改めて思い知った。会話を必要最低限に留めようとしても、やれ洗濯だやれ掃除だ食事だと、一緒に生活していれば声をかけなければならない事柄がいくつも出てくる。

「…ねえ、なんで機嫌悪いの?」

僕の素っ気ない態度に痺れをきらしたのだろう。案の定、この態度についてを聞いてきた。

「…悪くない」
「絶対悪いって」

目の前に座られ、肩を掴まれて正面を陣取られた。僕は必死に顔を合わせまいと横を向く。

「…私何かしたかな?」

普段のなまえからは考えられない、寂しそうな声でそう言った。

「……違う」
「違わない。今朝だって起こしてくれなかったし、朝ご飯用意してくれなかった」
「それは……昨日のことがあったから、疲れてると思って起こさなかっただけだ」

不自然にならない理由をでっち上げて伝えるけれど、本当かな、と信じていない様子だった。これで信じないなんて、一体どう言えば信じるんだ。

「…ねえ、何かしたならちゃんと直すし謝るから、言ってよ」
「言ってどうにかなる問題じゃない」
「言わないでずっと不機嫌でいられるより、無茶振りでも言ってくれた方がいい」

そう言われても、こんなしょうもない理由を伝えられる訳がないだろう。他の人を救護することに嫉妬した、なんて。しかも、僕達はそれらしい関係でもない、ただ同じ家に住んでるだけの同居人なのに。

「…………」

言わなければ退かない、という顔だ。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……誰でも、するのか」

沈黙に耐えきれず、僕はひとつ吐き出す。

「え?」
「人命救助だということはわかってる、必要だということもわかってる。それでも嫌なんだ。僕だけが良かったと思ってしまう」

一度口に出してしまうと、どうしようもない感情が、言葉が次々と溢れてくる。

「……もしかして、人工呼吸したこと?」

ここまで言ってしまえば、気がつかないはずがなかった。

「一応、聞くけど、リオには、その……私が人工呼吸したのが、特別だったとか?」
「……当たり前だ。僕を生かしたんだ、特別に思って悪いか」

八つ当たりみたいに強く言ってしまって後悔する。恐る恐るなまえの顔を見ると、悲しそうな、複雑そうな表情をしている。僕が困らせていることは明白だった。こんな顔をさせたくないから言いたくなかったのに。

「…ごめん、まずうちの病院の方針として言うけど、生きようとしている人は誰でも助けます。これはわかるよね?」
「……ああ」
「私が人工呼吸で火を吹き込むのは、命が消えかけているバーニッシュを助ける最終手段。目の前に瀕死のバーニッシュがいたら、誰でも助けるよ。迷ってる間に消えちゃうかもしれないから」
「…………」
「だから、リオが嫌だとしても私は人を助ける。リオが見たくないところを見せること、今後もあると思う。そこは、本当にごめんね」

なまえは何も悪くないのに、寧ろ人助けのためなのだから全面的に良いことをしているはずなのに、僕に謝った。僕のどうでもいい感情に対して、謝らせてしまった。

「…わかってる。君が謝ることじゃない」
「直せることならよかったんだけど、これは本当に、ごめんね」

何度も謝ってくることに耐えられなくて、やめるように言った。けれどなまえは謝るのをやめる様子はなかった。僕の一個人の、どうでもいいような、どうしようもない感情のことなのに、どうしてこんなに謝るのかわからなかった。

「……あと、これは、聞き流していいんだけど」

なまえの謝罪が落ち着いた頃、謝罪ではないそれ以外の言葉が突然、耳に入ってきた。

「…私、誰かに特別って言ってもらえたのは初めてだから、ちょっと嬉しかった、かな」

それは、どういう意味だろうか。
 
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