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その日の朝、珍しく起こしにきた母さんに怒られた。僕も君も、母さんがどうして怒っているのかわからなかった。
そして母さんは、物置にしていた隣の部屋を片付けはじめた。聞けば、この部屋を僕の部屋にして、僕と君を別々の部屋にするのだという。

「どうして?わたし今まで通りリオと一緒の部屋でいいよ?」
「駄目よ。今朝みたいなことされたら嫌でしょう?」
「大丈夫だよ?洗濯すればいいし」
「…なまえ、あなた何されたかわかってないのね」
「何もされてないよ?一緒に寝てただけ」
「だから、それが良くないって言ってるの」

その日はただ、僕が夢精をしていただけの、普通の朝だったのに。





作戦は成功した。収容所にいたバーニッシュ達を引き連れ、長い留守から帰還した。待っていてくれた住人達に迎えられて、村は大いに賑わった。
今回の作戦については、ほとんどの住人には周知していたが、彼女には直接伝えていない。あの状態では説明することもできなかったのだから無理もない。他の住人から聞く可能性もあるが、聞いたとして、僕と関わりたくないことには変わりないだろう。その証拠に、出迎えてくれた住人達の中に、彼女の姿は見当たらない。
彼女がここにいない理由はもう一つある。ここを離れてから、彼女が以前僕から距離を置いて灰化を起こすまでの期間を大幅に超過している。もしかすると、燃え尽きて灰になっている可能性もある。彼女の身が心配だ。

「その…彼女は、どうしているだろうか?僕によく似た…」

意を決して聞いてみる。すると住人達の表情が曇った。

「少し前までは、元気に働いていたんですが…」
「ええ、身体が動かないって、部屋に篭ってしまって…」
「…無事なのか?」
「わかりません。目を覚まさないらしくて…灰にはなっていないとは思いますけどねえ…」

予想通り、彼女の火は消えかけていた。少し前、がどの程度を指すのかわからないが、聞いた限りでは命を落とすまでには至っていないという予想だ。言葉を濁しているあたり、毎日までは確認できていないということだろうか。

「見てくる」
「い、いいんですか?帰ってきたばかりで、お疲れでは…」
「皆はここにいてくれていい。すぐ戻る」

何となく、早足になる。早く行かなければ、もう手遅れで灰になっているような気がして怖かった。
作戦では最善を尽くした。全員を確実にここへ連れて来るために、かなり念入りに調べて時間をかけた。それにより予定を大幅に超過した。向こうにいる間、時間が経つにつれて何度も彼女のことを思い出した。けれど、自分の火を信じて作戦に集中した。もしかするとこれは一人を救うか大勢を救うかの二択で、僕は知らない間に大勢を取ったのかもしれない。だけど、できるのなら彼女も失いたくない。いや、彼女でなくとも、この村で犠牲は出したくない。

深呼吸をして、僕は彼女の部屋に入る。目を覚まさないとは言っていたが、変に刺激して目を覚ましてしまう方が毒になるだろう。僕という、彼女にとっての最大の毒物が目に入るのだから。音を立てないように、彼女のベッドへと近づく。暗くてよく見えないため、自分の人差し指の先に少しだけ火を灯すと、その明かりに照らされて、眠っている彼女の顔が見えた。幸い、見える範囲はどの部分も灰になっていない。どうにか間に合ったみたいだ。

「……良かった」

僕は彼女の頰に触れる。表面はひんやりとしているけれど、まだ少しだけ体温は残っている。僕は大きく息を吸って、彼女に口づけて火を吹き込んだ。舌を入れると起こしてしまうかもしれないから、唇が触れるだけの状態で、ゆっくりと、少しずつ僕の火が伝わるように。

「…ただいま」

返事はない。これは僕が伝えたかっただけの言葉だ。





次の日の朝、彼女が目を覚ましたと聞いた。僕はいても立ってもいられなくて、彼女がいる場所へ向かって走り出した。
広場で元気に働いている彼女が見えた。他の住人達と楽しそうに話しながら、荷物を運んでいた。遠くからでも顔色がいいのがよく分かる。ちゃんと火が巡っているようだ。良かった。間に合ってよかった。僕の火で彼女を助けることができたんだ。

「……!」

目が合った、ような気がした。咄嗟に僕は物陰に隠れた。この距離で、こんなに人の多い場所で気づくなんて、あるはずがないのに。自意識過剰にも程がある。
僕は踵を返し、自室に向かって歩きだした。元々、彼女の無事が確認できたならそれで良かった。もし本当に目が合っていたなら、嫌なことを思い出させたかもしれない。申し訳ないことをしたと思う。そして何より、僕は彼女と目を合わせることさえ、本当にできなくなってしまったことを実感した。それがとても苦しい。これからまた彼女に会えない日々が続くのだろう。いや、この先ずっとだ。
何度も言い聞かせる。この結果は自業自得。彼女に触れたいと思い、行動に移してしまった僕への罰なのだ。僕は彼女の目に映ってはいけない。彼女の声を聞いてはいけない。僕は彼女から、忘れられなければいけない。

でも、僕がいなければ彼女の火は消えてしまう。なら、いつ彼女に火を与えればいいのか。いつ彼女に火をつければいいのか。僕以外の相手からは火を受け取ることもできないのだから、他の誰かに頼むことはできない。ここを離れる前のように、彼女の部屋へ押し入って、嫌がる彼女に無理矢理口付けるしかないのだろうか。もしまたあの時のようにするしかないのなら、彼女はまた、拒絶の言葉を僕に向けるだろう。

「…………」

彼女には既に嫌われているのに、また嫌だと言われるのが怖い。もっと嫌われるのが怖い。拒絶されるのが怖い。僕は彼女に生きてほしいだけなのに、火を与える報酬が僕に対しての恐怖だなんて、あんまりじゃないか。どうして僕じゃなきゃいけないんだろう。どうして僕以外の火は受け取れないのだろう。僕だけが彼女に触れられると喜んだこの境遇を、今は恨めしく思った。彼女に触れるだけで幸せなはずなのに、今更嫌われたくないなんて、好かれたいだなんて、心まで欲しているなんて、僕はなんて強欲なんだ。
いっそ別の誰かが代わってくれればいいのに。…いや、それは嫌だ。僕以外の誰かが彼女に触れるなんて、有り得ない。許せない。絶対に、他の奴になんて渡すものか。これが僕に残された、彼女との最後の繋がりなんだ。

そして、僕は漸く気がついた。
昨日のように意識のない状態であれば、気付かれずに火を与えられるということを。
 
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