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「怒られないかな」
「見つかったら怒られると思うけど、流石に部屋までは見にこないんじゃないかな」

君に会えないのが苦しくて仕方なくて、ついに行動に移した日。断りもなしにベッドに入ってきた僕を、君は追い返したりしなかった。一緒に寝ていた頃のように少しだけスペースを譲って、二人で一つのベッドに横になった。前よりも幾分か成長したせいだろう、同じベッドのはずなのに、少し狭く感じた。

「…あのさ、」
「なに?」
「近く、ないかな」
「なんで?前はここだったでしょ?」

君は当たり前のように、僕の首元に枕を置いて横になっていた。確かにその場所は定位置だ。でも、こんなに近くに君がいるのは久しぶりで、恥ずかしくて落ち着かない。

「で、でも…もう、僕たちもいい年齢だから」
「リオは気にするの?兄妹なのに?」
「そ、そうだけど…」
「じゃあ仕方ないな」
「え」

そう言うと、君は枕ごと後退した。僕と君の間に、人一人分くらいの隙間ができる。こんなに距離があると、前と全然違う。君と一緒に寝る時は、こんなに離れていなかった。

「…や、やっぱり前と一緒がいい」
「もう、やっぱり一緒じゃないと寂しいんだ」

同じ場所に戻ってきた君を、以前のように抱き締めた。何ヶ月ぶりに触れた君の身体は小さくて、柔らかい。

「…前と違うね」
「そう、だね」
「リオ、大きくなった」
「君は小さい」
「リオが大きくなりすぎなの。身体もかたいし」
「そうだね」
「置いてかないでよ」
「置いていってないよ。今一緒にいるじゃないか」
「違うよ、リオはいつも、どこかに行っちゃうから」

そうだ。僕にとって君に会えない日々は、別の場所に行っているから。そしてそれは君にとっては待ち続ける日々ということだ。僕が君に会いたかったように、君もいつ会えるか、いつ帰ってくるかわからない僕を、待っていたんだ。

「…また、ここで一緒に寝ても、いいかな?」
「いいよ。聞かなくてもわかるでしょ」
「そうだね。こんなこと聞くのは変だった」





意識のある状態の君に口付けるのは、とても久しぶりのことだった。それも嫌がらず、抵抗しない君にするのは。
頬に触れた。君がまっすぐに僕を見つめているのが夢のようだった。今だけ、僕の心の中だけ、これは火を与えるだけの行為ではなくて、特別な相手にするもののように思って、ゆっくりと口付けた。唇が触れるだけの、眠っている時と同じ口付けのはずなのに、とても嬉しかった。そして、少しだけ開いた口へ火を吹き込む。溢れないように、ゆっくりと、君の身体に全て注ぐように。

「……あの」
「ん…?」
「…今日は、舌を入れないんですね」

その発言に、顔が一気に熱くなった。あれは元々、不慣れな彼女がスムーズに火を受け取れるようにしていただけだ。しかしそれだけなら最初の頃だけでいいのは明白。ずっと続けていたのは、僕が故意に舌を入れて口付けていたことを意味していた。

「…き、君はもう、慣れているから」
「…そう、ですか…」

残念です、とでも言いたげに俯くものだから、もう一度した方がいいのか、なんて、少しだけ思ってしまった。いや、彼女が俯いた理由は、そうではない。

「……!」

知らないうちに彼女の柔らかい太股に触れていた自分の手に気がついて引っ込めた。
ずっと君の声が聴けない、君に見てもらえないと思っていた。その制限がなくなれば、こうなってしまうのは必然だった。我慢していた僕の身体は、どうしようもなく飢えているのだ。声を聴きたい。もっと見ていたい。もっと触れたい。抑え込んでいるその欲求は自分の身体を動かしてしまう。何度も駄目だと自分に言い聞かせているのに、無意識に手が出てしまう。

「私は平気ですから、ちゃんと対価を、貰ってください」

彼女の指が、先ほど引っ込めた僕の手に触れる。僕の手よりも少し体温の低い、心地良い肌触りが僕の皮膚に伝わる。彼女が自ら僕に触れていることが、先程の無意識の行動を起こしていた時のような、微熱のような浮遊感を再び呼び起こす。

「…だ、駄目だ」
「…どうしてですか?」
「止まらなくなったら、どうするんだ」

彼女に触れられていた手を、僕はさらに引っ込めた。今の僕は特に危険だ。今まで長いこと我慢してきて、どこで意識が途切れるかわからないほど、身体の熱がおさまらないのだから。

「…駄目なんですか?」
「駄目だ」

即答する。その返答に彼女は俯いた。納得がいかないのだろう。もういっそ、この症状についてを話すべきなのかもしれない。けれど、不安にさせて火を与えること自体を嫌がるようになるのは困る。そう思うと、口に出せなかった。

「…記憶がなくても、あなたにずっと大事にされていたのは、わかります。だから何をされても平気です」
「僕は君に負担をかけることはしたくない」
「本当に、いいんです。だって、私はリオさんがいないと生きられないのに、少し触れるだけでいいなんて、申し訳ないです」
「申し訳ないなんて思わないでくれ。君の身体は、君の大事な人のために、」
「リオさんが大事な人です」

彼女はそう言った。これは現実なのだろうか。本当は僕が貰っていい権利なんかない彼女が、少し前まで、顔を合わせることすらできなかった彼女が、僕が大事な人だなんて。ここまで言ってくれることに、未だに夢を見ているのではないかと思ってしまう。

「…だって、そういう関係だったんですよね?」

彼女の予想は、僕が否定しないことにより強固になっていた。そして僕の予想通り、彼女は僕を異性として、確実に意識しはじめた。

「…君が忘れていることに合わせる必要はない」
「合わせてる、なんて、そうじゃなくて」
「言っただろう、僕は君に口付けるだけでいいし、こうやって話せることだって、幸せなんだ」

事実だった。しかしそれは既に半分くらい嘘になっていた。幸せなことに変わりはないけれど、もうそれだけでは足りないと、それ以上を求めてしまっているのだから。

「…今の、私じゃ、駄目ですか…?」

先程まで、はっきりと意見を述べていた彼女の声が震えていた。泣いているのだろうか。

「前のことは、まだ思い出せないですけど…」

先程引っ込めた僕の手を、今度は彼女の両手が包んだ。

「今の私も、あなたのことが…」

それは願ってもずっと叶わなかったこと。彼女が本当のことを知っていれば、辿り着くことのなかった感情。
断らなければ。君が僕を異性として好きになってしまったら、君は不幸になる。結婚もできない。子供も作ってはいけない。加えて僕の無意識の衝動でいつ危害を加えるかわからない。僕と一緒にいることで、彼女には何一つメリットはない。
でも、できるだろうか。長年、無意識の状態から好きで好きで仕方がなかった相手の、初めて自分に向けられた好意を、断ることなんて。

「前の私と話し方とか仕草とか、違うなら覚えます。出来るだけ早く思い出せるように頑張りますから、だから」

「今の私の全部、貰ってください」

ずっと欲しかったものを、貰ってほしい、なんて言われて、断れるだろうか。

「…本当に、いいのか」

胸が痛い。息が苦しい。身体が熱い。必死に抑えていた君が欲しいという感情の枷が、外れかけている。熱で意識が朦朧としている。

「…リオさんは、本当はどうしたいんですか…?」

ぼんやりとした意識の中で、彼女の声だけが鮮明に聴こえてくる。

「……ほしい」

その問いに答えれば、抑えていたものが濁流のように押し寄せる。

「欲しい。君が欲しい。離れているのは嫌だ。話せないのも嫌だ。側にいたい。もっと触れたい。もう口付けだけじゃ足りないんだ。もっと君が欲しい。全部欲しい。全部、僕の…!」

身体の熱が止まらない。まるで身体から火が出ている時のようだった。否、火が出ていた。抑え込んだ熱を放出するように、勢いよく火が上がっていた。最初に自分の身体から火が出たあの時のように、火の制御ができなくなっていた。それどころか自分の手が、身体が黒くなっていた。シャツも服も、髪も、全部黒く染まっていた。自らの意思でアーマーを纏っている時とは違う。自分の内に抑え込んでいた熱が、自分の身体を内側から蝕んでいるような、そんな感覚だった。今まで抑えていた自分の邪な感情が解き放たれ、表面化したように思えた。

「み、見ないで…見ないでくれ、こんな、僕…」

こんな姿では君に嫌われてしまう。いやだ、嫌われたくない。嫌われたくないのに、熱がおさまらない。火が止まらないのに涙が出てくる。視界が歪んで、目の前にいるはずの彼女がぼやけて見えなくなる。

「大丈夫ですよ」

歪んでいた視界が急に暗くなり、その直後、鮮明に彼女を映した。彼女が自らの指で、僕の瞼に溜まった涙を拭ってくれたらしい。すぐ近くにある彼女の手から、何かが蒸発したような白い蒸気が上がっていた。

「いっぱい我慢してたんですね」

そして彼女が僕に触れる。細い腕が僕の背中に回されて、彼女の身体が僕に密着する。彼女の服が、身体が、僕の熱で燃え上がり、黒く染まっていく。

「だ、駄目だ、僕に、触れたら、」
「平気です。リオさんの方が、いっぱい我慢してたんですから」
「で、でも、君の、身体が」

早く引き離さなければ、僕の熱が彼女の身体まで蝕んでしまう。今の僕の過剰な熱では彼女を灰にしてしまうかもしれない。
でも、彼女にこんな風に抱き締めてもらえることが嬉しくて、彼女に頭を撫でられる感覚が心地良くて、跳ね除けられない。

「我慢してたこと、全部、してください」

そこから先は、よく覚えていない。
 
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