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「貴方達は兄妹だから、結婚できないの」

最初にその事実を突きつけられた時、僕はひたすらに泣いた。泣いてどうこう出来ることではないのはわかっているのに、受け入れられなくて、あまりに悲しくて、涙が止まらなかった。
ずっと一緒にいたいと思うことは、兄妹でも、それ以外でも変わらないはずだ。それが何故、兄妹であるというだけで結婚できないのだろう。何故、兄妹は子供を作ってはいけないのだろう。何故、僕達は兄妹として生まれてしまったのだろう。

「リオは泣き虫だね」
「…君だって泣いてただろ」
「リオが泣いてたから、つられちゃっただけだよ」

君は既に知っていたのだろうか、或いはそれほどショックではなかったのだろうか。僕が泣いている最中、黙って隣にいてくれた。

「…君は、嫌じゃないのか」
「何?結婚のこと?」
「だって、おかしいじゃないか。家族以外じゃなきゃ、結婚できないなんて」
「新しい家族を作るためのシステムだから、家族がする必要がないんだよ」
「でも、それじゃあ一緒にいられない」
「一緒にいることはできるよ。結婚はできないけど、最初から家族だからね」
「…最初から家族だったら、他の誰かと結婚したら別々になるじゃないか」
「じゃあ、リオに好きな人ができるまでは一緒にいるよ。それならいいでしょ?」

それは僕に好きな人ができなければ、君がずっと一緒にいてくれるということ。でもそれは君が他の誰とも結婚できなくなるということでもある。僕は君と一緒にいたいけれど、果たして僕と一緒にいることは、君にとって幸せなのだろうか。





地球からプロメアが去ってから、数ヶ月が経過した。プロメテックポッドに積まれていた元バーニッシュ達は解放され、復興は進み、その後の僕はというと、バーニングレスキューの訓練校に通っていた。そして、もう一つ。

「…もう、朝か…」

ここは、病室。彼女は現在、この部屋で延命治療を受けている。僕は普段、この病室と訓練校を行き来して過ごしている。
目を覚まさない元バーニッシュが、事件直後は約百名ほど、現在でも数十名ほど、ポッドに組み込まれていたかいないかに関わらず存在する。辛うじて生きてはいるものの意識は戻らず、管を繋げてどうにか生かしているような状態だ。プロメアが身体から出て行った影響、特にプロメアによって延命していた元バーニッシュに起きるもの、と見られている。実際、目を覚まさないまま衰弱して亡くなった例もある。
彼女は未だに目を覚まさない数十名のうちの一人だ。無理もない。バーニッシュだった頃は、僕が火を与えないと生きられないほど不安定な状態だったのだから。

「おはよう、なまえ」

カーテンを開いて、眠ったままの彼女に挨拶をする。今日は、最後の日だった。
バーニッシュだった頃は火を与えることで事足りていた延命治療は、人間に戻ってしまえば、そんな簡単な方法では延命できなくなった。医療措置が必要な上、それを受けるためには相応の費用がかかる。今までは辛うじてバーニングレスキュー本部から医療費を出してもらって、後々僕が入隊した後の給料から天引きという形になっていたけれど、それにも限度というものがある。正式な入隊もしていない、且つ元犯罪者の肩書のある僕に、そこまで長期に渡る投資はできなかったのだ。彼女は今日、延命措置を外されることになっている。

「今日は天気がいい。後で一緒に外を見に行こう」

まだ生きられる命を諦めるようで心苦しいけれど、もしこのまま目を覚まさないのであれば、とても人として生きているとは言い難いこの状態から解放する方が、本人にとって一番良いように思う。
プロメアを帰したことを後悔はしていない。思いきり燃えることが彼らの希望だったし、そうしなければ地球がなくなっていたのかもしれないのだから。
でも、僕が彼女にしてきたことは後悔ばかりだ。会うべきじゃないとか、合わせる顔がないなんて思わずに、もっと会いに行けばよかった。沢山話したかった。こんなことになるなら尚更に。せめて、無意識に触れてしまう現象が出るまででいいから、一緒にいるべきだった。今はもうその現象が起きなくなっているのは、当時僕の中で潜在意識を引き出していた火がいなくなったからだろうか。或いはもう、彼女は助からないと薄々気づいているからだろうか。
これはきっと罰なのだろう。いつも優しさにつけ込んで、さらには傷つけて、何より、妹である君に邪な想いを抱いてしまったことへの。僕のせいで君の人生は酷いことしかなかっただろう。きっと僕のことなんて嫌いだっただろうに、無理して合わせてくれていたことくらいわかっている。終いには僕のせいで死なせてしまう。

「…僕、思ったんだ」

彼女の手を握る。ひんやりとしているけれど、辛うじて熱を持った手だ。ここに運ばれてから毎日手を握っているけれど、一度も握り返してくれたことはない。
握った手を額に当てて、懺悔するように彼女へ話す。
僕と君は何でも同じだと思っていたこと。でもそれは違っていたこと。離れてしまって寂しかったこと。会いに行って、話してくれて嬉しかったこと。少しでも長く一緒にいたくて、嘘をついたこと。君に触れたことで、異性として好きだと、知ってしまったこと。

「僕がバーニッシュになって、もう二度と君に触れられないと思った時は、すごく怖かった。僕が君の近くにいたら傷つけてしまうから、家を出たんだ。そのせいで君は大変な目に遭ったのに、本当にすまなかった。でも、次に会った時、君は僕のことを覚えていなかった。君が、自分が発火原因だって言った時、僕は何て思ったと思う?これなら一緒にいられる、なんて思ったんだ。最悪だろう?君のことをあんなにしておきながら、記憶もない、身寄りもない状況の君を好都合だなんて、そんな風に思ったんだ」

君が触れてほしいと提案してきたこと。毎日のように口付けて、恋人のように過ごせて嬉しかったこと。急に来なくなって寂しかったこと。灰になりかけた君に、行き過ぎたことをしてしまったこと。嫌がっている君に口付けたこと。長い任務の後、眠っている君に口付けるのが楽しみだったこと。そして、君に大切な人だと、言ってもらえたこと。

「僕は幸せだった。君が隣にいたことも、支えてくれたことも、君と、ひとつになったことも。君が無理をして僕に合わせてくれたのはわかってる。それでも、僕は嬉しかった。ずっと忘れたりしない。もう会えなくても、君を思い出して、頑張るから、だから…」

言いたいことを伝えた後で、ふと気がついた。彼女の手が少し動いたような気がする。顔を上げて握った手を見てみれば、最初に手を握った時とあまり変わりはない様子だ。気のせいだろうか。

「……わたし、は」

掠れた声がした。気のせいではないのかもしれない。確証が持てなくて、眠っていたはずの彼女の顔を見る。

「…リオと、一緒が、いいなあ」

目が合った。彼女の目は開いていて、此方を見ていた。そして、今度ははっきりと届いたその声を耳にした途端、涙で前が見えなくなってしまった。

「…どうして、そんなことを言うんだ」

上着の袖で涙を拭って、そう言った。どんな気持ちになればいいのかわからなかった。その口調で記憶が戻っていることに気がついて、それでも僕と一緒がいいと言ったことが嬉しくて、でもあまりに信じられなくて、つい悪態を吐くように返してしまった。

「リオがいない時、ずっと寂しかったから」

君はそう言った。僕だってそうだった。家を出る以前から、近くに君がいない時は君を思い出してばかりだった。家を出た後も、君との日々を思い出さない日なんてなかった。毎夜あの日に触れた君のことを思い出した。再会した時だって、僕のことは覚えていなくても、君が存在していることがどんなに嬉しかったことか。そして再び君に触れたことが、どんなに幸せだったことか。

「あ、でも…」
「…でも?」
「リオに好きな人がいるなら、私はもう必要ないかもしれないね」

君が苦笑しながらそう言う。もしかすると、君も子供の頃の約束を覚えているということだろうか。それとも僕と同じように、血の繋がった相手を、僕を、異性として好き、ということだろうか。

「好きな人は、できた」
「…そっか。だから、お別れ…」
「そうじゃない、君だ」
「…………」
「ずっと前から、君が好きなんだ」

君の全部が欲しいと伝えたことはあった。けれどあの時は自我を抑え切れなくて漏れ出してしまったようなもので、「好き」という単語だけは出さなかった。自分の意思で「好き」という言葉で伝えるのは、僕にとってこれが初めてだった。今までずっと伝えてはいけないと律してきたのだから。

「…知ってるよ」
「……ああ。あんなことをしたんだ。当たり前、だろうな」
「それも、あるけど…聞いたことがあるから。リオが寝てる時に」
「寝てる時…?」
「村でのことだよ。私が起こしに行った時。引っ張り込まれて大変だったんだから」
「…覚えて…!」
「…なんで忘れてたんだろうね。でも、忘れてたせいかな、それからリオのこと、少し気になるようになって」

あの日のことは、僕が寝言で君の名前を呼んだことしか聞かされていなかった。それがまさか、僕が無意識にベッドに引っ張り込んで、さらに絶対に伝えまいとしていた「好き」という言葉まで口に出していたなんて。

「でも、やっぱりそうなのかも」
「…やっぱり?」
「…リオに、“好き”って言われると、嬉しいんだ」

そう言った彼女の顔を見てみれば、涙が溢れていて、とても嬉しいという言葉には合っていなかった。

「…どうして、君まで泣いているんだ」
「だって…駄目なのに」

君は気付いてしまった。今まで僕が苦しんできた感情と同じものを、君も知ったのだ。いや、僕が導いてしまったのだろう。記憶をなくした状態であえて兄妹だと告げず、恋人だったのかもしれない、と思い込んだのを訂正しなかった。何より、僕を異性と認識してくれるように期待して、そして認識してくれて嬉しくて、わざと本当のことを言わなかったのだから。

「だから、お別れなの?」
「…………」
「…お別れ、やだなあ」
「僕だって嫌だ」

握っていた手を強く握ると、彼女は初めて握り返してくれた。少し、震えていた。怖いのだろう。知ってしまった僕たちは離れなければいけない。これは、同じであることが幸せだった僕達の、唯一の、同じあってはいけないこと。他の誰からも理解されないし、誰からも肯定されない、存在してはいけない感情。だというのに、それを自分の中だけでは留められず、ついに君を道連れにしてしまった。

「一緒にいたら、駄目なのかな」
「一緒にいたい」
「私だって、一緒にいたい。やっと、リオと同じ気持ちになれたのに」

この感情が家族に持つものではないと気づいた時、僕は君から離れた。君に危害を加えないためでもあるけれど、すぐにでもこの間違った感情を忘れるために、離れなければいけなかった。辛かった。苦しかった。心が押し潰されそうだった。これから君は、あの時のような苦しい思いを初めてすることになる。君は今まで辛い思いばかりをしてきたのだ、あまりの負荷に耐えられないかもしれない。

「一緒にいよう」
「…でも」
「家族は、一緒にいるんだろう?」
「…家族は、一緒…」
「君が前に教えてくれたじゃないか」
「…でも、それは好きな人ができるまでだから」
「できなければ、一緒にいてもいいはずだ」
「…できたんじゃ、なかったの?」
「できたよ。でも、誰にも言わなければいい」
「誰にも…」
「僕達だけの、秘密にするんだ」

離れるのが一番いいのはわかっている。でも、寂しかったと言っていた君を、また一人にさせることなんてしたくなかった。これから君が傷ついていくのを見捨てたくなかった。折角目を覚ましたのに、君はこのまま生きられるとわかったのに、離れなければいけないなんて嫌だった。僕達はただ一緒にいたいだけだ。一緒にいるだけなら誰にも迷惑なんてかからない。家族が一緒にいるだけなのだから、一緒にいてもいいはずだ。このまま誰にも知られなければ、一緒にいるだけなら、僕達は、ずっと。
 
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