after 


君と一緒に暮らすようになって、一ヶ月が過ぎた。
周りからすれば、兄妹が同居しているだけに見えるのだろう。しかし、当の僕達には数年ぶりの同居、実家ではない場所での二人きりの生活だ。僕にとってはまるで恋人同士の同棲のような、夫婦になって新婚生活をしているような、そんな気分になっていた。だから本当に、今がすごく幸せ…ではあるのだが、

「……はぁ」

ここで同居を始めてから、一度もそれらしいことをしていない。とても健全な、実家にいた頃とほとんど変わらない生活をしている。
確かに僕は「一緒にいるだけなら問題ない」と言った。だからこそ君は本当に“一緒にいるだけ“を忠実に遂行しているのかもしれない。でも、僕が伝えたかったのはそうじゃない。僕はもっと先のことがしたい。お互いの気持ちを知った後なのだから、二人きりの時だけでも、今までできなかったことがしたい。朝は行ってらっしゃいのキスをしてほしいし、帰ってきたらただいまのキスもしたい。一緒に風呂に入って身体を洗い合ったり、ベッドで愛し合ったり、とにかく、もっと恋人らしいことがしたい。今までは僕の片想いで、ずっとできなかったのだから。

「…………」

少しだけ、少しだけだから、許してほしい。
眠っている君の頬を両手で包んで、その唇に、僕の唇を重ねた。この感触がとても懐かしく思えた。
以前、彼女が眠っている間だけ口づけられる時期があった。起きている間は顔を合わせられなかったその時は、眠っている彼女の近くにいられるその時間だけが幸せだった。まるでその時のような気持ちだ。今は顔を合わせられるし、当時よりもずっと長くいられて、もっと幸せなはずなのに、もうキスだけでは足りないのだ。僕はいつの間にか、随分と欲張りになってしまったようだ。

「ごめん…」

だって仕方ないじゃないか。お互いに好きだと知ったのにまだお預けなんて。僕はずっと待っていたのに、我慢するのはもう沢山だ。眠っているのだから、少しくらい触ったって気付かれないだろうし、目が覚めたとして怒りはするだろうけど、もう嫌われたりはしないはずだ。
僕はベッドに入り、君の後ろに横になって、その身体を抱き締めた。ふかふかで柔らかい。そのまま君の後頭部に顔を埋めると、自分と同じシャンプーの匂いがした。何度か深呼吸をして、君が着ている服の中に手を入れた。

「…んっ…」

片手でブラを着けていない胸を揉みしだいて、もう片方の手は下腹部の下着の上へ這わせ、布の上から割れ目をなぞった。君が身体の違和感を感知して身動ぐけれど、今回はバレてもいいのだから、止めるつもりはない。

「…っん、や…」

眠っている君の動きが、明確な拒絶反応になってくる。腕を動かして跳ね除けようと動くので、僕は絶対に離れまいと意地になって、しがみ付くように抱きついて、丁度君の尻に密着した下腹部を擦り付けるように腰を動かした。

「…っや…い、や…」

尻の溝で扱いている感覚が癖になってきた頃には、君はされるがまま、抵抗はなくなっていた。時々、拒絶の言葉を漏らすだけだ。しかし嫌がっていながら、下着は随分と湿ってきて、もう少ししたら脱がして素股をしてもいいだろうか、とまで考えていた。

「っやだ……り、お、りお、たす、けて…」

その言葉を聞いて、手が止まった。ようやく気がついた。僕がしていた一連の行為、それを君は本気で恐怖を覚え、必死に拒絶を示していたことに。

「…ご、ごめん、やりすぎた…」

手を離して距離をとる。君の身体は見てわかるほど震えていた。僕はそれを力で押さえ込んで、一方的な行為に及ぼうとしていたことを恥じた。

「…リオ…?」

離れたことに気がついたのか、ゆっくりと此方を向いた。相当怖い思いをしていたのだろう、涙目になっていた。

「…さっきの、リオ、だったの?」
「…ああ」

今考えれば、君は確かに僕と一緒にいたいとは言った。けれどそれ以上は何も言っていなかった。それを僕は勝手に両想いだと解釈して、もっと恋人らしいことがしたいなんて、触っても嫌がらないはずだなんて思い上がった結果がこれだ。最悪じゃないか。

「リオは、ああいうこと、したいの?」
「…すまなかった」
「謝ってたらわかんないよ」
「…………」
「リオ」
「……したかった」

ベッドの上で二人、向き合って座り、問い詰められて正直に話した。妹から説教を食らう兄の図、すごく格好悪い。

「ごめんね、やだなんて言っちゃって」

しかし君の返答は説教や抗議ではなく、謝罪だった。

「…なんで君が謝るんだ」
「だってリオ、したかったって」
「君が嫌なら拒否していいんだ。謝る必要なんてない」
「でも、せっかく、そんな風に、思ってくれたのに」

それはまるで、僕にそう思われて嬉しい、みたいな言い方に思えて、

「あ、当たり前じゃないか。好きな相手と、その、したいって思うのは、普通のことだ」
「…普通、なの?」
「普通だ」

言い切ってしまった。人によっては、好みの範囲なら誰でも、というのも存在するので、確実にそうだとは限らないのに。でも、僕に関しては事実だ。君に触れたいと、何度もそう思ったのだから。

「…本当に、私なの?」
「そうに決まってるだろ」
「本当に、誰かの代わりじゃない?」
「代わり?」
「だ、だって、最初にリオがしたいって言った時は、婚約してたあの人の代わりだったし、村にいたときは記憶がなかったから、記憶がある時の自分の代わりだと、思ってたし…」

即ち、君は一度も自分自身が求められているとは思っておらず、常に誰かの代わりだと思って自分の身体を差し出していたのだ。僕は君に触れられることを一人で喜んで、目の前にいる君に対し、僕を受け入れる苦痛と共に、寂しい思いまでさせていたことになる。

「……ごめん」
「…やっぱり、代わりかな」
「そうじゃない。君だからしたいんだ。今も、前だって本当はそうだった。けど、本当のことを言ったら嫌われそうで、言えなかった。君がそんな風に思っていたなんて、知らなかったんだ。本当にごめん」

最初の提案は、君と少しでも長くいるための、触れるための口実だった。そして次は、君に触れたくて我慢ができなくて、恋人だったという間違った予想に乗ってしまった。それまでの僕は、自分が好かれている自信が全くなくて、嫌われることを常に恐れていた。こんな嘘だらけの僕に自分の身を差し出すなんて、普通ならできないはずだ。君はそれほど僕を想ってくれていたのに、僕は。

「さっき、私がごめんねって言った理由、もう一つあるの」
「もう一つ?」
「リオが、そう思ってくれたこと、覚えていたかったから」

先程の状態では顔が見えなくて、知らない誰かに触られているようで怖かったそうだ。そして僕が触れたいと思ってくれたことを、眠っていたままでは覚えていられないから、大事な記憶をなくすようなことはしたくないのだと、君はそう言った。

「だから、しないでとは言わないけど、起きてる時か、顔が見えるように、して、ほしいなって…」
「……それは、」
「ん?」
「…ぼ、僕だったら、触っていいっていう、意味で、いいんだろうか」

内容が内容なだけに、恥ずかしくて目を合わせられず、下を向いた状態でそう聞いた。

「……そう、だけど…」

ちらりと目線を前へ向けると、君も下を向いていた。君にとっても、かなり勇気のいる発言だったのだろう。

「それは、さっきの続きでも、いいのか…?」

丁度此方を見た君と目が合う。そのまま、お互いに顔は下向きの状態で見つめ合う。

「あ、あんまり痛いのは、やめてね」
「…努力は、する」
「さっきみたいな、怖いのも、だめ」
「わかってる」
「あとは……リオが、無理するのもだめ」
「無理する?」
「リオは黙って抱え込んで我慢するから。今日だって、そのせいだよね」

全部お見通し、とでも言うような内容だった。君が僕の我儘を聞いてくれるのは、それを知ってのことだったのだ。きっと僕が知らないだけで、今回のことや僕が把握していること以外でも、僕のために気を回す場面は何度もあったのだろう。小さい頃から、ずっと僕を見ていてくれたのだから。

「…で、出来るだけ、負担はかけないように、する、から」
「ん」
「その…しても、いいだろうか」

距離を詰めて、手に触れる。君の身体が一度だけびくっと跳ねる。緊張しているようだ。

「……い、いい、けど…」
「けど…?」
「…本当に、その、リオが私にしてるって、思って、いいの?」
「勿論だ」
「ほ、本当に?私そんな、身体だって、大人っぽくないのに、私でいいの?」
「君がいいんだ」

今まで代わりとして僕に抱かれていたせいなのだろう、まだ実感がない様子だ。だから僕は、何度も君であることを伝えた。

「でも、でも、私、」
「そんなに僕じゃだめなのか」
「そ、そうじゃない。リオじゃないと、だめ、だけど…」
「だったら」

下を向いたままの頬に触れる。顔を上げる様子はない。けれど、僕が触れたその手に自分の手を重ねて、擦り寄るような仕草を見せた。

「…あ、あのね」
「まだ心配なのか?」
「そうじゃ、なくて…すごく、嬉しいから、ちょっと、顔見るの恥ずかしくて」

その一言で目が合う。頬を赤くしながら、幸せそうにはにかむ君を見て、僕が君をこんな表情にすることができたんだと理解すると、ここまで辿り着いたことを、導いたことを、心から良かったと初めて思えた。
そして、唇を合わせた。君はもう震えてはいなかった。何度も口付けて、ゆっくりとベッドへ組み敷いた。
君にとって自分自身が求められるのは、“初めて”になるのだろう。これから僕とすることが、君にとっての本当の”初めて“になる。
 
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