結婚式する話
彼女の初めては、どんなことだって僕が一緒だった。
同じ親から生まれ、同じベッドに入れられたことに始まり、初めてのバスタイムも、初めての探検も、初めての通学も、そして、初めての同衾も、全部僕が一緒だった。僕で当たり前だった。
だから、この先も全部僕のもの、だったのに。
「そう拗ねるなよ」
ガロはそう言うが、これがそうせずにいられるだろうか。
「別に本当に結婚する訳じゃないし、写真撮るだけだって」
僕が研修で三番隊の配属になってすぐのこと。ガロを撮らせてくれ、という連絡が入った。近くの挙式会場で、ガロを新郎役にしたプロモーションを撮りたいのだという。大方、プロメポリスを救ったことで有名なったガロの知名度を利用したいのだろう。こういった話は何度も来ていた。そして目立ちたがりのガロは勿論、時間があれば何でも受けている。
それだけなら、特に問題はなかった。けれど、問題があったのはその後のこと。丁度その話し合いをしている最中に、忘れ物を届けにきた彼女が訪れた。物を渡しに来ただけだった彼女はすぐに出て行こうとしたのだが、いつの間にか席を立っていた先方が彼女の手を取ってこう言ったのだ。「新婦役をやってほしい」と。
勿論反対した。彼女は僕の妹とはいえ、ここの所属ではないただの一般市民だ。それに、撮影の話は当初ガロだけだったのだから。しかし先方は絶対に彼女を出したいと譲らなかった。そんな折、彼女が「やってみたい」なんて言い出して、結局話が決まってしまった。頼まれると断れない性格と、少し好奇心旺盛なところが災いしてしまったみたいだ。
「…でも、やっぱり、嫌だ」
「まあまあ、ウェディングドレスを着た妹を拝める機会だって、いい方向に考えろって。リオは見たくないのか?」
正直、見てみたい、とは思う。僕が相手では結婚式なんて挙げられないし、ましてやウェディングドレスを着せてあげられる機会なんて、ないに等しかったのだから。
それでも、どうしても嫌だった。隣にいるのが僕じゃないのが耐えられない。確かにガロが悪い奴ではないのは知っているし、他のよく知らない相手に新郎役をされるよりはずっとましだ。けれど自分の妹を、大切な人を取られてしまうような気がして、すごく嫌で仕方がない。
「…どうして、よりによって」
「だよな。うちにはアイナやルチアだっているのに。…あ、お前でも大丈夫そうだな」
「は?」
「だってお前、年取ったわりにはまだ顔が男っぽくないし、ドレス着てもいけるだろ」
「ふざけるな、僕が女装しろって言うのか」
「冗談だよ冗談」
あまり冗談に聞こえない内容が勘に触ったので、軽く殴る動作をすると、ガロはそれを片手で受け止めた。よく見れば身支度を終えたようで、白いタキシードをきっちりと着こなし、いつものトサカは綺麗に後ろへまとめられていて、より新郎らしい姿になっていた。この格好で彼女の隣に立つのかと思うと、更に腹が立った。
「向こうもそろそろ着替え終わる時間じゃないか?先に見てこいよ。親族なんだから」
僕が苛立っていることに気づいたのかどうかはわからないが、ガロはそう促した。ここままここにいては八つ当たりを止められそうになかったため、言われた通り彼女のいる控室に向かった。
◇
「…あ、リオ。ってことは、ガロの支度終わったかな。私たち向こう見てくるね」
部屋に入ると、アイナたちと話す彼女の姿が目に入った。予想通り、既に身支度を終えた様子だ。僕が来たことに気付いたアイナたちが、入れ違いになるように出て行ってしまった。気を遣ってくれたのだろう。
彼女は椅子から立ち上がり、僕の方へ歩いてきた。
「え、えっとね、これがいいって勧められたんだけど、どうかな」
「…………」
「…は、派手すぎる、かな。でも、これでもシンプルな方で、主役は新郎役なんだし、あんまり主張しすぎない方がいいと思って、だから」
まとめあげられた髪も、家ではほとんどしない化粧も、首まわりが大きく開いた、花の刺繍が施されたドレスも、普段の彼女の姿とはまた違った、上品な大人の女性に仕上がっていた。
でも、この姿は僕のためじゃない。広告用とはいえ、ガロのためだ。その事実が重くのしかかる。
「……リオ、やっぱり怒ってる?」
「え」
「この話が決まってからずっと不機嫌だし…やっぱり、似合わないよね。私がこんな格好するの」
「そ、そうじゃ、ない」
「え?」
「その……すごく、綺麗だと、思う…」
本当はもっとたくさん褒めたかった。しかし僕のための姿ではないことが引っかかって、言葉が出てこなかった。やっと絞り出せた一言があまりにありきたりな感想で、すぐに後悔した。けれど、彼女はそれですらも、嬉しそうに笑って、「よかった」と言ってくれた。
「本当はね、リオに選んでもらおうと思ってたの」
「僕に?」
「だって、こんな機会もうないと思うから、リオの好みのドレスが着れたらいいなって。だからやってみたいって言ったんだ」
結婚というイベント自体、一般的に女子の憧れの一つとされるものだ。僕のせいでその夢を閉ざされた立場にいる彼女が、せめてドレスだけでも着てみたいと思うのは自然なことだ。だからこそ、この機会に雰囲気だけでも結婚したような気持ちを味わいたかったのだろう。そんな簡単なことにすら、僕には気づけなかった。それも僕に選んでほしいなんていう期待までしていてくれたのに、僕は相手が自分じゃないことを拗ねるばかりで、何一つ応えてあげられなかった。
「ごめん」
「なんで謝るの?」
「だって、僕にはドレスも、式だって用意してやれない」
「ドレスは着れたよ」
「それは僕が用意したんじゃないだろ」
「リオが三番隊で働いてたから、私があの時顔を出したんだし。だからリオのおかげだよ」
さすがにポジティブに捉えすぎではないか、と思うけれど、僕があまりに落ち込んでいるから言ってくれた言葉でもあるのだろう。ドレスについての反論は飲み込むことにする。
「でも、式を用意してやれないのはどうしようも…」
「じゃあ今からやろう」
こちらは反論されないはずだと出したもう片方は、全く予想していない方向に返ってきた。
「え…いや、何を言って」
「まだ結構時間あるから、下見で入らせてもらおうよ」
「でも、今日の相手は」
「だから早めに行くの」
手を引かれ、そのまま彼女はドレスの裾を引き摺って早足で歩き出す。勢いよく扉を開き、挙式会場へ一直線に進んでいく。
「ま、待ってくれ、その格好なんだから」
「この格好だからこそ急がなきゃ」
「そうじゃない、そんなに動くと…!」
言いかけた途端、前を歩く彼女の身体が急に前へと倒れはじめる。僕も掴まれた腕に引っ張られるように前のめりになるが、どうにか片足を前に出してバランスをとり、僕の手を掴んだままでいる彼女の手をこちらから強く引っぱる。そして勢いよく僕のもとに飛んできた彼女の身体を抱きとめた。
「……だから言ったんだぞ」
「ご、ごめん…」
大方、内側からドレスの裾を踏んだのだろう。質量が多く重い上、足元が見えない服装なんだから、歩くことにも注意するように懇々と説明する。その危険を身をもって知ったからだろう、十分反省しているようだった。
もう一度、今度は手と手を握って隣り合って、再び歩きはじめる。ようやく大人しくなったと安堵したけれど、数歩進んだところで彼女が急に手を離した。
「こっちがいい」
そして、彼女は僕の腕に自分の腕を絡ませた。この方が合ってる、と言いながら。最初は何が合っているのか分からなかった。けれど歩いているうちに理解した。これは、挙式会場を歩く新郎新婦の構図だ。それを把握すると急に顔が熱くなった。もう一度彼女の方を見れば、すごく嬉しそうな顔をしていた。本当に、僕たち二人で結婚をするんじゃないかと錯覚してしまいそうな気持ちになってしまう。
「あ……」
曲がり角を過ぎたところで、彼女の手が離れた。丁度ここが会場の入口だからだ。そのまま、彼女は入口の前に立っていたスタッフに交渉しはじめる。
人目につかないようにと手を離したのはわかっているけれど、彼女が離れてしまったのを、妙に寂しく感じた。
「入っていいって」
「…ああ」
まだ誰もいなかった会場へ入る。
扉が閉まる音と同時に、彼女の手を引いた。少し驚いていたけれど、目が合えばどういう意図で手を引いたのかはすぐに理解したようで、彼女は再び腕を組んでくれた。そして、二人で会場の奥へ、内陣に向かって歩いていく。
「えーと、なんだっけ?」
「ん?」
「誓いの言葉、なんて言ってたかな」
「…よく覚えてないな」
「じゃあ、だいたいでいいか」
牧師も誰もいない挙式会場で、僕と彼女が二人向き合う。人は他に誰もいないけれど、神様は見ているのだろうか。できれば、今だけは見逃してほしい。兄妹でこの場所に立つのは、本当は悪いことだとわかっているから。
「幸せにするね」
「…幸せにするのは僕だ」
「え?なんで?」
「こういうのは男が幸せにするんだ」
「えー、私もリオを幸せにする」
「僕が幸せにするんだ」
「私が幸せにするの」
「ぼくが!」
「わたしが!」
ひとしきり言い合った後、二人で思いきり笑った。二人で一緒に笑ったのは何日ぶりだろうか。撮影の話が決まってからは話す回数も減っていたので、随分と久しぶりに思えた。
「リオも私も幸せにしてもらえるから、平等だね」
「なら問題ないな」
「じゃあ、結婚式終わりかな?」
「いや、まだひとつある」
彼女が被っていたベールを持ち上げると、笑っていた表情が強張った。「楽にしていい、誰も見てないから」と伝えて、力を抜くように宥める。そして両手で頬を包んで、ゆっくりと口づけた。
叶ってしまった。彼女にウェディングドレスを着てもらうことも、結婚式すら無理だと思っていた。でも、二人でここに辿り着いてしまった。誰にも秘密だけれど、誰にも祝福されないけれど、それでも、幸せになれるような、そんな気すらしてしまった。
「…………」
「…………」
ああ、でも、やっぱり嫌だ。彼女はこれから別の男の横に立つんだ。今この時が幸せに感じたからこそ、現実に引き戻される。この姿は僕のためのものじゃない、別の相手のためのものだ。彼女はただ、落ち込んでいた僕を元気づけてくれただけ。
どうして僕じゃないんだろう。相手が僕だったらよかったのに。ただそれだけなのに。
「…リオ、泣き虫だ」
「な、泣いて、ない…」
彼女の指が、僕の瞼に触れる。着けている手袋が、僕の涙で濡れていく。
「わかった、やめよう」
「え?」
「リオが泣くほど嫌がってるんだから、新婦役やめるよ」
「な、何を言ってるんだ、そんな理由通るわけが」
「この服、お腹まわりがきつくて。結構しんどいんだ。だから代役立ててもらえないか交渉するの」
そうは言うけれど、一度引き受けたことを放り出すなんて、仕事をする上でやってはいけないことだ。余程やむを得ない事情がなければ不可能なはずだ。彼女にしてみれば、その余程やむを得ない事情こそ“僕が嫌がっているから”なのだろうが、そんな理由が通るはずがない。だというのに、妙に自信がありそうな顔をしているのは何故だろう。本当に、新婦役を降りることができるのだろうか。
◇
その後、挙式会場のプロモーションは、街のニュースになるほど評判になった。
何せ、地球を救った二人が挙式会場をバックに拳を合わせるという、当初とは全く異なるアプローチが功を奏し、結婚式場の利用だけでなく、ファンの聖地巡礼の地としても有名になったからだ。
そして、不本意ながら彼女の代役をしてしまった僕には、ガロの比ではない量の撮影依頼がひっきりなしに来るようになった。勿論、僕はその全て断っている。
「君のせいだぞ」
「ごめん」
何故なら、女装の依頼ばかりが来るからだ。挙式会場のプロモーションを見た各所が、僕は女装もできると把握し、その方面で売り出したいからなのだろう。そもそもあの撮影自体、僕は仕方なくの代役だったのだから、もう女装なんてする気はないというのに。
「全く、君があんな交渉をしなければ…」
「だ、だってリオだったら顔が似てるし、一番確実かなと思って」
「その結果がこれだぞ。隊長にも注意されたんだぞ、お前宛の連絡が多くて困るって」
「それだけ似合ってたってことだよ」
「全然嬉しくない!」
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