05
僕達はいつも一緒だった。朝起きるのも、学校に行くのも、遊ぶのも、お風呂に入るのも、眠る時も。
でも、それは子供の頃までのことで、大きくなると別の部屋を用意されて、引き離されてしまった。
「お部屋、一緒でいいのにね」
「そうだね。どうして別にしちゃうんだろう」
昼間はどちらかの部屋に行って遊んだ。しかしそれ以外はほとんど別にされてしまった。学校ではクラスを別にされてしまうし、家では一人でお風呂に入れるように慣れなさいとか、一人で寝なさいと言われて、一緒にいられる時間が減ってしまった。
「このぬいぐるみ、貸してくれる?」
「え?いいけど…リオも同じの持ってたよね?」
「こっちがいいんだ。僕のと交換してよ」
枕元のぬいぐるみは、今でこそそれぞれの部屋に一つずつ置いてあるけれど、元々は同じ部屋の時のベッドに置いていたもの。お揃いで買ってもらって、僕達を見守るように置いていた。
一人が寂しくて抱き締めて眠っているのだろうか。ぬいぐるみからは、君の甘い匂いがした。
◇
「…す、みませ…わたし、また…」
唇を離すと、彼女はそう言った。謝らなくていい、それだけ伝えて、僕は彼女をソファーに横たわらせた。
彼女の苦手克服は、解消までには至らないものの、意識をなくすことはなくなり、持続時間もかなり伸びた。短時間の密着程度なら問題なく耐えられる筈だ。長時間密着することなんて、特殊な事態でも起きなければ早々ないのだから、これ以上の練習の必要はない。これで御役御免になるか、と思っていたのだが、彼女は練習の継続を希望した。何かを思い出しそうだから、という理由で。
この状況で思い出す内容といえば、あの晩の僕のことしかないだろう。正直、あの事だけは思い出してほしくない。今、彼女とこうやって話したり、一緒に過ごしていられるのは、彼女が以前の僕のことを覚えていないからだ。思い出せば確実に拒絶されるだろう。
「損傷は出ていないか?どこか、痛むところは…」
「…なんともない、です…ありがとうございます」
嫌われるようなことをしたのは僕の自業自得なのだから、その処遇を受け入れなくてはいけないのはわかっている。それでも、再び彼女に嫌われてしまうのが怖くて仕方がない。けれど彼女の要望をここで断ることはできなかった。ここまでしておいて途中で放り出すのは申し訳ない気持ちもあるし、もし僕が断って、他の誰かに同じようなことを持ちかけたりしたら、と思うとどうしても嫌だった。
僕なんて、本当は触れることすら、顔を合わせることすら叶わない立場の筈なのに、覚えていないことをいいことに彼女に触れて、僕以外の誰かに触れさせたくないなんていう我儘を通している。彼女のためを思えば、すぐにでもこの行為をやめなければいけないのに、彼女と触れ合えることにのめり込んで、やめられない。きっとそのうち、罰が下るだろう。
「今日は、何か思い出せたか?」
「…すみません」
「…いいんだ、君が無事なら、それで」
あの晩、彼女にしてしまったことを、僕は何度も何度も後悔した。あんなことをしなければ、いや、遅かれ早かれバーニッシュに覚醒したとしても、もっと長く、あの場所で平和に暮らせたはずだ。そして、同時に何度も何度も夢に見た。本当に、夢のようなひと時だったからだ。彼女と身体を重ねることがとても幸せで、僕達が同一でなかったこと全ての答え合わせだったからだ。彼女は最後嫌がっていたけれど、それでも、少しの間だけでも同じ気持ちでいられたあの時間が、僕にとっては大切なものだった。夢から覚める頃は幸せで、そして苦しかった。
だからこそ、記憶をなくした彼女を大事にしたい。こんな僕に、もう一度だけ与えられた機会なのだと、烏滸がましくもそう思った。そしてこのまま思い出さなければ、ずっと一緒に居られるなんて期待をしている。この気持ちはもう絶対に伝えたりしないから、せめて思い出すまでは、もっと見ていたい。もっと近くにいたい。もっと触れたい。
「…あの、リオさん」
「どうした」
「…私の足、変でしょうか…?」
最初は何を言っているのかわからなかった。僕は近くで眺めているだけで、特に何もしていないつもりだった。腕が当たっていただろうか、気づかないまま彼女の身体を確認すると、
「!…す、すまない…!」
僕の手が、彼女の太股を撫でていた。ゆっくりと、その柔らかさを堪能するように。
まただ。またやってしまった。僕は手を離して、頭を下げた。
「いえ、その、手伝ってもらってるのは私の方ですし、特に変じゃないなら、いいです」
純粋に僕を信じている目だ。僕は居た堪れず、目を逸らした。
この練習を始めてから、僕の身体はおかしくなってしまった。彼女が近くにいると、無意識のうちに自分の手が、身体が動き、彼女に触れてしまう。偶然触れる程度ではなく、手を握っていたり、髪を梳いていたりと、側から見れば確実に故意の行動だ。今でこそ、彼女が練習の一環だと勘違いする程度で済んでいるけれど、これがもしエスカレートしてしまったら、と思うと気が気ではない。折角ここまで近くにいられるようになったのに、無意識とはいえ自分のせいで、また嫌われてしまうかもしれない。それだけは絶対に避けなくては。ただでさえ、思い出すまでの間だけと決めている期間がなくなってしまうのは、嫌だ。
「…そろそろ、打ち合わせのお時間ですよね」
「少し遅らせよう、君はまだ回復しきってないだろう」
「いえ、歩くくらいなら…」
そう言って起き上がり、ソファから立ち上がったところ彼女の身体が不自然に傾いた。咄嗟にその身体を支えて、再びソファに座らせた。
「休んでくれるか?」
「…はい、そうします」
◇
「お前たちは、聞いたことがあるだろうか…?」
作戦の話し合いの折、僕は二人に思い当たることはないか尋ねた。無意識に身体が動く現象のことを。しかし自分のことではなく、噂話として、だ。僕に異常があると知られるのは、現時点ではまずい。まだこの村には処理しなければならない問題が沢山あるし、次の作戦は下準備を開始したばかりだ。この状況で心労を増やすわけにはいかない。正式に開示できるとすれば、せめて次の作戦を完遂してからだろう。
「聞いた限り、燃やしたくなる衝動に近いっすね。自分の中の火が、勝手に自分を動かしてるような」
身体が自分の意思に反して動く、というのは、バーニッシュの燃焼衝動が一番近い。けれど、触れてしまう僕の手に火がついたことは今のところないし、バーニッシュであることが原因と断定するのは早計だ。しかし、他に何が原因になるだろうかと考えると、それらしいものは何も思いつかない。
「…仮説ですが、」
「言ってくれ」
「本人が抑制していることを表面化している、というのはありませんか。バーニッシュの炎が関係しているなら、本人が抑制しているものを炎が解放しようとしている、とは」
感情は、炎そのものといっても過言ではない。バーニッシュの覚醒は、本人の感情に起因することが大半だ。そのうち、強い負の感情により覚醒するバーニッシュも少なくない。僕自身、それに近い理由で覚醒したのだから。
もしこの仮説が正しいとすれば、僕は彼女に触れたいのを抑えている、ということになる。しかし、彼女には十分触れているはずだ。それなのに無意識に触れてしまうのは、現状で足りないということになる。それはあまりにも強欲すぎるのではないだろうか。今の時点で彼女に触れて抱き締めて口づけまでできるのに、これ以上を望んでいるなんて。
「…参考になった。ありがとう」
彼女に触れること以外で抑圧を発散する方法があるとすれば、より火を起こす他にないだろう。僕は村で当番制にしている夜間の見回りを暫く引き受けることを伝えた。サイクルを使う名目があれば普段よりも火を使えるし、ただ寝ているより、彼女から距離を置くことができるからだ。
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