07 


寒い日は身体を寄せ合った。暖房をつければどうということはないのだが、それもなんとなく億劫な時は、こうして身体を密着させて、腕や足を絡めていた。

「暖房つけないの?」
「寒いなら君がつけに行けばいいだろう」
「こうしてれば寒くないからいい」
「僕は抱き枕じゃないんだけどな」
「リオだって寝てる間に人のこと抱き枕にしてるでしょ」
「丁度いい位置にあるから仕方ないだろう」

君はいつも自分の枕を僕の正面ではなく、少し下あたりに置いて横になり、僕の首元に顔を埋めていた。僕にとってその位置は丁度腕が回しやすくて、君も僕の腰に腕を回して、二人でより密着できて暖かくなれる位置だった。

「起きたら出て行かないでね、寒いから」
「分かってる、ちゃんと起こすよ」

眠るのは怖くなかった。目を覚ました後も、確実に君がいるとわかっているからだ。一人で眠ることなんて絶対にないと、心の底から信じていた。





作戦会議は中止された。僕の様子がおかしいから、というのが理由だ。次の作戦はかなり重要且つ危険を伴うというのに、上の空でいられるのは困る、と言われれば否定できなかった。仲間達にまで様子がおかしいと言われてしまうほど、僕は疲弊しているようだ。

「……当たり前、か…」

扉を開けると、誰もいない自室。あの日から、彼女はここに来なくなった。無理もない。先日あのようなことをしてしまったのだ、来なくなって当然だろう。
それなのに僕は、部屋に戻る度に彼女がいるのではないかと未だに期待してしまう。元々事前の約束がなければここには来なかったのだから、次の約束を取り付けていない時点で来るわけがないというのに。

彼女と触れ合うことを再び覚えてしまった今の僕にとって、この状況は苦痛だった。もっと近くにいたい。声を聞きたい。触れたくて仕方がない。思い出す度に、遠くから彼女を見かける度に、胸が痛くなる。
だからこそ、今彼女に近づいてはいけない。無意識で動いてしまうあの衝動が、暴発してしまいそうだからだ。このまま、できるだけ会わずに抑え込んで、この衝動がなくなって、彼女を何とも思わなくなるまでは。

元々、彼女には関わらないつもりだったはずだ。ここに連れてきたのは、あの場所にいたらフリーズフォースに捕縛されてしまうからで、あの練習も頼まれたから手伝っていただけだ。何より、彼女は僕のことを一切覚えていないのだから、僕はもう他人として接しようと、当初はそう思っていたはずじゃないか。それがどうして近づきたいだなんて、触れ合いたいだなんて思っているんだ。それをしてはいけないと、最初に決めていたはずなのに。
僕も彼女も、本来の別々の日常に戻るべきなんだ。

「ボス!」

先程の会議で顔を合わせていたメイスが急に部屋を訪ねてきた。

「どうした」
「灰化が始まった住人がいます。急いでください」

言われるまま部屋を飛び出して、メイスに着いていく。進む道は居住区として使用している区画の方向だ。此方側であれば、僕以外でも火を与えることはできるはずだ。わざわざ僕が呼ばれるほど深刻な灰化など、今までなかったはずなのに。

「…あちらです」

そこに倒れていたのは、ずっと部屋に来るのを待ち望んでいた彼女だった。既に毛先や指先が変色し、形が崩れはじめている。

「俺も試してはみたんですが、誰からも炎を受け付けないんです」
「炎を…受け付けない…?」
「ボスの炎まで受け付けないなら、恐らくは…」

その言葉で、最悪の事態を想像する。彼女が?何故?昨日だって、遠くから見る限りではごく普通に仕事に励んでいた。あの時既に限界に近かったのだろうか。暫く見ない間何があったのか。たった数十日でこれほどまで消耗することなんて、外的要因でもない限り、何も考えつかないが、この村にいる限りは外的要因などほぼあり得ない。

僕はすぐに隣に座り、彼女に口づける。久しぶりに触れたというのに、記憶にある仄かな温かさはなく、身体も唇も冷たくなっていた。既に灰化が始まっている時点で、もう心停止していてもおかしくはないのだ。僕は少しずつ火を吹き込む。近くの粘膜の表面から浸透させて、喉へ、その先へと広げていく。今までは自分が火を吸う側だったため、彼女に火を吹き込み続けるのは、少し変な感じだ。
息が切れたため一度口を離す。ここで灰になって崩れてしまった場所が元に戻らないなら、僕ですら受け付けない、完全に命を落としたことになる。

「…………」

色をなくしていた髪が、崩れていた指先が、少しずつ形を戻しはじめた。周囲で見守っていた仲間達の安堵の声が聞こえる。

「…まだ予断を許さない状況だ。念のために部屋で様子を見る」

それは最もな対処のようで、今思えばあの場所で二人きりになりたいという、僕の邪な願望もあった。





部屋に入ってすぐ、待ちきれなかった僕は入口に座り込んで、もう一度彼女に口づけた。火を送る目的ではなく、ただそうしたかったからだ。先程与えた火が身体を巡りはじめたのか、頰や唇が温かくなっていた。何日ぶりだろうか。この匂いを、この感触をずっと待ち望んでいた。触れている指先から、唇から、彼女がここに居ることを実感する。助けられて良かった。僕の火を受け入れてくれて良かった。助けられなかったら、彼女があのまま全て灰になっていたら、僕はどうなっていたかわからない。
唇を離して、もう一度立ち上がり、部屋の奥のベッドへと横たわらせた。
頭ではわかっている。救命のためであって、他意など持ってはいけないことを。それでもこの行為が、僕にはどうしても彼女と触れ合う機会としか考えられなかった。何日もずっと触れられなかったのだから。
だから、少しだけ。ほんの少しだけでいい。目を覚まさない間だけ、君を想うことを許してほしい。

「っふ……」

僕は彼女の口内に舌を割り入れて炎を吹き込んだ。今度は、今まで僕達がここでしていたように身体を密着させて、彼女自身にも火がつくように。
久し振りに彼女の柔らかさを全身に感じると、僕の方がより燃え上がってしまいそうだった。
何度も考えた。何故彼女は僕に触れると火が溢れてしまうのか。それは最初の状況を聞いた限りでは、拒絶によるものだと思っていた。しかし、彼女が最初に発火した時を聞く限り、僕を思い出していた。そして今日、僕から離れて灰化が進んだ状態から、僕の火を受け入れて戻って来れた。この結果を鑑みると、彼女は僕を求めて火が出ているのではないだろうか。こんな風に考えること自体が烏滸がましいのだが、そう考えると辻褄が合うのだから、期待してしまう。仮定だとしても、彼女は僕なしでは生きられないのだと思うと、これからずっと一緒にいられる最大の理由になる。それが嬉しくて仕方がなかった。

「……ん…」

彼女が身動ぎをする。彼女が目の前で、僕の腕の中で、生きていると実感する。
火を送る息を吐ききって、再び唇を離す。すると彼女は薄っすら瞼を開きはじめ、僕と目が合った。

「……り、お…さ…」

彼女が僕を見ている。彼女が僕を呼んでいる。どれだけ待ち望んだことだろうか。僕は彼女に認識されたかった。自分からは合わせる顔がない、なんて直接会うことを避けておきながら、彼女と話している他の住人を見かけては胸が痛くなり、彼女と遊ぶ子供達を見ては羨んだ。あれが僕ならいいのに、と思った。多分それは、ずっと前から。昔からいつも隣にいながら、君が僕以外に視線を向けるのを見ると胸が苦しかった。僕を見ていてほしかった。
だから嬉しかった。真っ先に僕を見て、僕を呼んでくれたことが。

「…………」

僕はもう一度、彼女に口づけた。火を送るのではなく、唇を合わせるだけの口づけを。
しかし、僕はすっかり忘れていた。彼女に対してだけ起きるあの衝動が、暴発する危険性を。
 
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