唐松に寄り添って - 春風
“例のあの子”の観察日記

視点:幸村精市


一年C組の教室へ行こうとしていた俺だけれど、その考えが甘かったことを悟った。俺が一年の教室に足を運んだことは今までになかったせいか、沢山の女子たちが俺の周りに群がる。香水の匂いが混ざり混ざって、何だか気分が悪くなって来る。


「(嗚呼、イライラするなぁ…)」


けれど俺は、女の前では“優しい幸村くん”でいなければらならない。だから、別に楽しくもないのに顔に微笑みを浮かべなくてはいけないのだ。
部長となった今、部員の前では威厳を見せ続けていなければならない。そうしている内に、どんどん仮面が積み重なって分厚くなっていく。今となっては、素顔を晒して本音で話せる人間なんて、テニス部のレギュラー陣くらいだ。その内この仮面がベリベリと音を立てて剥がれてしまいそうで、恐い。

すると、耳障りな甲高い声を縫うような、女子にしては低い声が、廊下に響いた。


「…あの、そこ邪魔なんすけど。きゃあきゃあ湧くのは別に構わないっすけど、こうも通路塞がれちゃ堪りません」
「……」


見ると、少し離れた所に俺のお目当ての人物──遠山蘭が、教科書やノートを片手に立っていた。きっと移動教室なのだろう。それにしても、女とは到底思えないような鋭い三白眼だな。

我ながらかなり呑気に俺がそんなことを考えていると、取り巻き連中らが壁へ窓側へと体を寄せて、ゆっくりと道を開け始めた。すると遠山さんは、その通路をスタスタと通り去ろうとした。


「(…そうは、させない)」


気が付くと俺は、彼女の空いている手首をがしっと掴み、屋上へと続く階段を速足で上っていた。






俺のお気に入りの場所の一つ、屋上庭園。二年になって美化委員に就任した俺は、「花いっぱい運動」を推進している。その甲斐あり色とりどりの花が咲き乱れるここは、俺を素顔でいさせてくれる。


「突然、ごめんね」
「…なんか用すか」

そう言った遠山さんは、チラリと自分の腕時計に視線を落とした。俺も確認すると、その針は11時42分を指している。気付かなかったけれど、いつの間にか予鈴だけじゃなく本鈴も鳴っていたらしい。
俺は彼女のその質問には敢えて答えず、いつものベンチに腰掛けた。彼女にも隣を座るように促すけれど、チラリと一瞥しただけでそれは無視された。

「ハハッ、酷いなあ。…俺のこと、警戒してる?」
「当然でしょ。いきなり手首を引っ張られたんすから」


授業も、始まっちゃってるし。
そう言って俺の隣に多少乱暴な動作で、遠山さんはベンチの端に腰掛け、背凭れへと体を投げ出した。俺と彼女との距離は、人二人分くらい離れている。


「でも、俺が女に人気があるってことだけで、そんなに嫌悪感満載の目で見るのは止めて欲しいな」
「…仕方ないっすよ、あなたたちがモテることは事実なんですから。それを受け止めて適切な対処をすべきでしょ」
「……」

その突き放すような言い方は、少し俺を苛立たせた。


「…じゃあ君は、真田とも話をしないっていうのかい?」

我ながら少し嫌味で意地悪な質問だとは思ったけど、今の俺はそう言わずにはいられなかった。真田は幼馴染だから贔屓目で見ているんじゃないのかい?…そういう意を込めて。
しかし、その思惑は完全に覆された。


「あの人は別でしょ。何せ、寄って来る女子を公然と一喝するだけの度胸はありますからね、まぁそれはある意味愚鈍だとも言い換えられますけど。あの人のファンをやるなんて考えなしの馬鹿な女、尊敬します。付き纏われることで嫌われていることに気付いてないんですかね。…どっちにしろそのストーカー精神があるなら、もっと自分を磨いて婚活で玉の輿でも狙えばいいものを」


そう言って鼻で笑った遠山さん。次から次へとその口から飛び出す罵詈雑言に、唖然とした。
…全く、何て直球に言葉を口に出す女なんだ。けれど、不思議と嫌な感じは全然しない。

すると言いたいことを言い終えたのか、彼女は立ち上がるなり花壇の合間を歩き出し、屋上庭園の花々を観察し始めた。


「俺、ガーデニングが趣味なんだよね。……男なのに、変だと思うかい?」


この質問はある意味、賭けだ。
すると彼女は、振り返って俺の瞳を真正面からジッと見詰めると、平然とした様子で言った。


「別にいいんじゃないんすか?趣味なんて人それぞれっすよ。…ただ、花を愛でるアンタを愛でようとする女子のきゃあきゃあ喧しい集団がいるってこと、くれぐれも忘れないで下さい」
「っく、ハハハッ!全く面白いことを言うね君は」
「……。私は、思ったまでのこと言っただけっすけど」
「いや…お前、ホントおかしいよ…ッ!っぷ、アハハハハ!」


声を上げて笑う俺を、遠山さんは怪訝そうな眼差しで見ていたけれど、そんなの全然気にならなかった。寧ろ、何だか随分と清々しい気分だ。


「(嗚呼。仁王に赤也、それに蓮二。俺も、この子を気に入ったよ)」

本当に、気に入った。俺の分厚い仮面を、こんなにも簡単に素手で剥ぎ取れる女なんて、そうそうにいないんだよね。

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春風