唐松に寄り添って - 春風
“例のあの子”の観察日記

視点:仁王雅治


「…ピヨッ」


あの後、俺なりに“例のあの子”──遠山蘭を調べた。一回抱いた限りの一年C組の女に態々連絡して、普段のあの子についてそれとなく色々問い質してみたり。テニス部の後輩を掴まえてお菓子とかエロいプロマイドなんかと引き換えに、あの子の周囲について根掘り葉掘りに質問したり。
けど、結局あんまし情報は得られへんかった。参謀に聞くのもアリかもしれんけど、変に尻尾を掴まれるんも嫌じゃき、仕方ないっちゃ仕方ないのう…。


こっそりと部活を抜け出して、そんなことを考えながらぶらぶらと適当に歩き回る。相変わらずコートの周囲には、きゃあきゃあと喧しい女共が群がっている。あの甲高い声が俺に頭痛をもたらしとるってこと、俺らのファンならそんくらい分かっとるんとちゃうんかい。分かっとってやっとるっちゅーなら、ファン失格とちゃうんかい。
テニスは好きなのに、あんなに喧しいコートでするテニスは、嫌いじゃ。俺は他の奴らみたいに図太くないんじゃ、繊細なんじゃ。

誰に言うとも知れず、そんな文句を頭の中でぼやく。嗚呼、あかん。変にイライラしてもて、死にそうじゃ。俺、おかしくなってしもたのかもしれん。


「…ッ」

鈍い頭痛を感じて、俺は頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。

嗚呼、あかんぜよ。柄にもなく、泣きそうじゃ。こんなとこ、女に見られでもしてみい…家にお持ち帰りされるぞ、俺。立ち上がりんしゃい、俺。
そうやって自分を叱咤するけど、体が動かへん。


「…あの、大丈夫っすか」
「……」


ほら、見つかってもた。

けれど、この声は、確か……?俺が、頭を抱えたまま恐る恐る目を上げると、そこには待ちに待ったあの遠山さんが、何とも怪訝そうな眼差しで俺を見下ろしていた。


「(…くそう、パンツは見えへん)」

まず俺が考えたのは、そんな下らんことやった。…俺も現金な奴や、まだまだこんなとこじゃ死なれへんのぅ。思春期じゃき許しんしゃい。
遠山さんは今から下校するんやろう、規定の鞄を片手に持っている。何も言わん俺をおかしく思ったのか(この時の俺の頭ン中は、遠山さんのパンツが見えへんかったショックでいっぱいやった)、怪訝そうな眼差しに更に警戒心を滲ませて、彼女は俺を見下ろしたまま再び口を開いた。


「…いや、蹲ってたんで。一応声掛けただけっす。じゃ」
「……ッ!!」

何かもう、色々限界やった。


「待ちんしゃい!!」


ガバッ


「……は?」
「……、」


俺は立ち上がるなり、遠山さんに飛び付いた。
小さな体を包み込むように胸板を使って抱き締めて、逃げられないようにガッチリと腕を回す。そうすると、遠山さんの大きくて弾力のある柔らかい胸が、俺の胸板に押し付けられた。…あかん、たまらん。それに、シャンプーやろか…仄かなええ匂いが俺の鼻腔を擽る。首筋に顔を埋めると、そこから感じる遠山さんの体温がむっちゃ心地良くて、俺は軽く目を閉じた。


「すまん、遠山さん。もう少しこのままでいてくれんかのぅ…?」
「……離して下さい。暑苦しいんスけど」
「…酷いナリ。俺、仮にも先輩」
「酷いも何も、私はテニス部じゃないっすから。それに私、アンタの学年も知らないですし」


すると、俺の体は無情にも、遠山さんによってベリッと引き剥がされた。…大の男を難なく剥ぎ取るなんて、遠山さんは見た目に寄らず結構な腕力があるらしい。


「…じゃ、私はこれで」
「ま、待って!」
「……」


慌てて手首を掴んで、遠山さんを引き留める。
振り返った遠山さんは、その整った眉を顰めて俺へ言った。


「…いきなり抱き締めるなんて、アンタ頭どうかしてんすか。そのうち訴えられますよ」
「酷いのー…。俺みたいなええ男に抱き締められるんやから、役得や思っときんしゃい」
「別に私はアンタみたいな男、趣味じゃないんで」


そのストレートな暴言に、俺はウッと詰まってしまった。

…ホンマに何なんじゃ、このクソ生意気な生きモンは。絵本に出てくるお姫様みたいに可愛らしい見た目しとるっちゅーのに、中身はまるで生意気な女王様ぜよ。こんなに俺が甘えてるっちゅーのに、全く俺に靡こうとせん。
そのふわふわで柔らかそうなおっぱいに顔を埋もれさせたいのに、させてくれん。それどころか、どんどん嫌われていっとる感じさえする。「今日はそのブラウスの透け具合から見た限り、黒のレースの下着じゃろ?」とか、「その乳、前に見た時よりもちっと大きなってへんか?」とか、「ええ尻しとるのう」とか、聞きたいことも話したいことも沢山あるっちゅーのに、何で。何で俺に靡いてくれへんのじゃ。


俺のそんな頭の中なんぞお構いなしに、遠山さんは面倒くさそうな表情をして俺に言った。


「で?まだなんか用すか」
「…お前さんはほんまにブレへんのぅ」
「で、用は?」
「…また今度会うたら、ギュッてしてもええかの?」
「は?イヤに決まってんでしょ。もう二度と私に触らないで下さい」
「ええ!?そんなんやじゃあああ」
「駄々っ子っすか」


そう言い放った遠山さんは、相変わらず全く表情を変えようとしない。あかん、俺がここまで目いっぱい甘えても全く動じへんとは、流石の俺もブロークンハートじゃ…。


「……あ。一つ聞いていいっすか?」
「ん?何じゃ何じゃ?」
「アンタ、名前は?」

その言葉に、思いがけずずっこけそうになる。結構知名度は高い筈やのに、まさかこの俺を知らんとは…これは予想外じゃ。


「…仁王雅治ぜよ。覚えといて損はないきに」
「ふぅん」

すると遠山さんは、ポケットからスマホを取り出した。これはもしや、連絡先交換しませんかっちゅー流れか…?
けど、それは大きな間違いやった。


「…もしもし、弦一郎さん?あ、私。部活中にいきなりごめん。あのさ、アンタんとこの仁王雅治っていう部員さん、練習抜け出してるけど」
「?!プピーナ!!」


俺は慌てて遠山さんの口を塞ごうとしたけど、それは既に遅かった。て言うか、真田とは名前で呼び合う仲なんかい!ツッコミたいことはまだ山程あるけど、俺はこっちに向かって来ている真田のコラァァア!!という声の反対へと全力疾走した。

ホンマええ性格しとるのう?今度会ったらもっと沢山全力でセクハラしたるき、覚えときんしゃい、蘭ちゃんめ!俺かて、今度から名前呼びしてもっと仲良うなって、最終的にはそのおっぱい触ったる仲にまで発展させたるからの!

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春風