唐松に寄り添って - 春風
鳴り響く警告音

視点:越前リョーマ


他人のことなんて、どうでもいいと思っていた。気にも留めずにいた。テニスだけに集中していれば、他のことなんて必要ないと思っていた。

そんな時に俺は、アメリカで蘭と出会ったのだ。


──小学校に入学したて当初の頃、テニス一筋だった俺(今もそう変わりないかもしれないけど)は、クラスに東洋人がいなかったこともあって一人で行動していた。別にそれが悪いことだとかは全く思わなかったし、元々口数がそう多くはない俺としてはそれが一番楽だった。

入学した翌日のランチタイム、カフェテリアを探して無駄に広い校内の廊下を彷徨っていると、向かいから女が長い黒髪を靡かせてのんびりと歩いて来るのが見えた。カフェテリアが全然見つからなかった俺は、横を通り過ぎようとするソイツに声を掛けた。


「ねえ。あのさ、アンタ日本人?」
「…そうだけど」


発された声が顔に似合わず思いの外低くて、少し拍子抜けしたのを今でもしっかりと覚えている。交わった視線が、俺の心臓をドクンと波打たせた。


「…カフェテリアってどこにあるか、教えてくれない?」
「あー。私も今から行くから、一緒に行こう」
「まじ?サンキュ」

それからカフェテリアまでの二人で廊下を歩きながらポツポツと気紛れに話しているうちに、この女が遠山蘭って名前なこと、年齢が一個上だってこと、たまたま俺と同じ地区に住んでいることが分かった。


「ふーん。じゃあさ、アンタのこと蘭って呼んでもいい?」
「別にいいよ。なら私はアンタのことリョーマって呼ぶね」
「いいよ」

それから妙に波長が合った俺たちは自然と、登下校を含めた授業を受ける以外の学校での時間の殆どを、一緒に過ごすことになった。蘭もマイペースに話をすることが多かったし、何よりストレートに物を言うさっぱりとした性格の蘭と、こーゆー性格の俺とは、お互いとても気が合ったのだ。


──あれからもう五年半経ったんだ…道理で蘭も大人っぽくなる訳だよ。まあコイツは元から結構美人だったけど。


キッチンに立って米を研ぐ蘭を横目で見て回想に耽りながら、俺は手にしていた買い物袋をテーブルへと置いた。このマンションに来るのももう慣れたもので、シンプルながらもきちんと掃除されているこの蘭の家が、俺は好きだった。


「あ、そうだ。蘭、風呂どうする?」
「どうするって?」
「俺と一緒に入る?」
「いくらリョーマでも、もうそれはダメ」
「ちぇっ、ケチ」
「ナチュラルなセクハラしないで。あ、お湯張っといてくれない?夕飯作る前に先に入っちゃいたいから」
「…ホント蘭って人使い荒いよね」
「ありがと、宜しく。それとさ、今日のお米早炊きモードで炊いたらダメ?」
「ぜったいヤダ。だってあれなんか米粒硬いじゃん」
「無洗米じゃないだけありがたいと思いなよ」


そんな会話が、心地良い。


俺が溜めてやった風呂から上がった蘭は、腰に片手を当てて冷蔵庫から出した牛乳を飲む。…全く、もう少し色気ってもんが出せないのかよ。
それから蘭は俺を風呂へと促して、自分は夕飯を作り出した。不味いものは食べたくないとかいう蘭のモットーは、彼女の料理の腕前をどんどん上げていっている。

蘭は、自分は暑がりだからと言って普段からずっと薄着でいる。確かにアメリカで散々見慣れたっちゃ見慣れたけど、一応俺だって男なんだけど。それに蘭の体だって成長しているし。


「(確かに、長期戦は最初から覚悟はしてるけどさ…)」


そんな蘭を横目に、俺は風呂場へと向かうのであった。






「え、日本に帰国するの?いつ?」
「うん、親父も母さんも。この九月中に」
「へぇ、結構すぐじゃん」


夕飯を食べ終えて、ポンタを片手にリビングに寝転がりながらそう言った俺に、目をぱちくりとさせて驚いたような表情をする蘭。あ、今のむっちゃ可愛い…なんて思う俺って、やっぱり蘭にベタ惚れなんだと思う。


「へぇー。ガッコはどうするの?」
「確か、東京の青春学園てとこ志望」
「ふーん。リョーマも神奈川に来れば良かったのに」
「なんか知らないけど、父さんの知り合いの東京の家に留守番で暮らすらしくってさ。代理で寺の住職するみたい」
「……アンタの父さんが住職?それ似合わなさ過ぎない?」
「それは俺も思った」


プルタブを押し上げると、蘭は呆れたような目をして俺を見た。


「…アンタ、相変わらずポンタ好きだね」
「アメリカには売ってないんだよね、これ」
「はいはい」
「あ、そうだ。蘭、明日はお前の洋服買いに出掛けるから」
「は?何で?」
「少しは身嗜みに気を使いなよ。大丈夫、俺が選んでやるから」
「は?いいって、別に不便してないんだからさ」
「ダメ、俺が許さない。別にいいじゃん、親友とのデートだと思ってさ」
「…ま、いいよ」


蘭はいつも何やかんやで俺の提案に乗ってくれる。その口から溜め息さえもが、いつの間にか愛おしく思えるんだよね。






「あ、次の休みにさ、アメリカ来てよ。俺、そんなに大きくない大会だけど、決勝トーナメントがあるんだよね。俺のアメリカ最後の試合だからさ」
「へぇ、凄いじゃん。飛行機取らなきゃね」
「うん。トーナメントの日程、カレンダーに印付けとくよ」
「宜しく」


つくづく素直じゃないところとか、ホント俺とそっくり。
プリントを見ながら、冷蔵庫に磁石で貼り付けられているカレンダーに赤ペンで丸をグルグルと付けていくのであった。


年下と、幼馴染。この二つのアドバンテージを精一杯使って、俺は蘭に俺って存在を植え付けてやるんだ。
立海の幸村サンと切原って人が揃って俺のことを睨んでいたけれど、あの人たちは蘭に男として見られる機会だってあるだろう。それに引き換え俺は、年下で、幼馴染で。そんな立場の俺が蘭をオとすには、逆にこの立場をフル活用するしか方法はないのだ。


「…ったく」
「え?どうかした?」
「…ううん、別に」

これも全部、変に魅力を振り撒く蘭が悪いんだ。
取り敢えず明日は、蘭を俺好みの格好にコーディネートしてやろうっと。

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春風