唐松に寄り添って - 春風
鳴り響く警告音

視点:仁王雅治


「あー面倒ぜよー…」


現代文の授業で「何でもいいから小説を読んで感想文を書こう!」なんて無理難題を先生から課された俺たち中二。読書感想文なんて夏休みだけで充分じゃ!
ってごちゃごちゃ言うたところで家にそんな本なんて勿論あるはずがない俺は、テキトーな本を探すべく図書室に足を運んでいた。まず本なんて興味あれへんねんもん。そのコーナーの棚から手に取った本をペラペラっと捲って、また棚に戻して──その作業をテキトーに繰り返す。こんなん読みとうないし無理に決まっとる。よっしゃ、こうなったら適当に選んだ本でヤギューに助けて貰おっと。

直観で手に取った文庫本を、カウンターへ持って行く。お尻のポケットの財布から学生証を取り出して、カウンターの子に手渡した。


「返却ですか、貸し出しですか」
「あー、貸し出しで頼むぜよ」

ん?どっかで聞いたことのあるような声じゃ。女にしてはちっと低めの、サラッとした耳障りの心地いいこの声…どっかで…。

思い当たる節がありまくった俺がガバッと勢い良く顔を上げると、その声の主とバチッと目が合った。この可愛い猫目は…!


「わ!蘭ちゃんじゃなか!」


そこにはやっぱり、俺のお気に入りの遠山蘭ちゃんがおった。
うわ、相変わらずの三白眼やけども、椅子に座っとる蘭ちゃんと立っとる俺とやったら、高低差的に必然と上目遣いされる訳で。…あかんたまらん、かわええ。

っちゅーか今日の俺、むっちゃツイとる!このマンモス校で、学年が違う人と偶然出逢う確率はかなり低いんじゃ。図書室万々歳、本なんてキョーミないとか言うて悪かった。


「……えっ、と」

すると、蘭ちゃんは俺を見上げたまま、僅かにその首を傾げた。…って、ええっ?!


「えっ!お、お前さん、遠山蘭ちゃんじゃろ?」
「…そっすけど」
「俺、お前さんとは二度会ったことあるし話したこともあるんじゃが…まさか、俺のこと覚えとらんのか?!」
「……すんません、誰っすか」
「ひ、酷いナリ!ほれ!おまん、この前部活サボっとる俺のこと電話で真田に告げ口したじゃろ!」
「……ああ、あの時の。ジャージじゃなかったんで分かんなかったっす。いきなり抱き着くのはこれからはもうあれきりに下さい」
「んー、すまんがそれはできへんお願いじゃ」
「ふざけんな」
「おわ、蘭ちゃん口悪いの…」


まさか忘れられとるなんて思ってもなかった俺は、思わず動揺してしもた。ほんま蘭ちゃんめ、なんちゅーやっちゃ…。俺の気持ちを弄んで、そんなに楽しんかい!小悪魔蘭ちゃんめ!


「…あの、すんません。後ろの方並んでいらっしゃいますので」
「わ、すまん」
「返却ですか、貸し出しですか」
「あ、か、貸し出しでお願いします」


蘭ちゃんに言われて、俺の後ろに眼鏡を掛けた見るからに大人しそうな男子が立っとるのに気が付いた俺は、慌ててそこを退いて横に移動した。
男子生徒から差し出された生徒証と本を受け取り、それぞれのバーコードをピ、と無機質な電子音をさせて読み取ってパソコンを確認、キーボードをカチカチって叩く蘭ちゃんの一連の流れは、随分と手慣れたものやった。


「返却は二週間後です」
「は、はい。ありがとうございます…」

いつものちょっとビミョーに砕けた言葉じゃなく、どこか他人行儀な口調で貸し出しの手続きをする蘭ちゃん。
仕事は貸し出しの対応をするだけじゃないらしく、カウンターの影になっとるパソコンの横には、小難しそうなタイトルをした新書や文庫本が積み重なっている。


「ふぅん…この事務的なつまらん作業を、蘭ちゃんは毎週やっとるん?偉いのう、流石は俺の蘭ちゃんじゃ」
「…私は、その事務的な作業をしたいがために図書委員になったんで。それに、風紀委員になるのが嫌だから図書委員に立候補しただけで、別に褒められるもんじゃないっすよ」
「別に照れんでええよ」
「…」


呆れたように俺を横目で見て蘭ちゃんは軽く溜め息を吐いた。
動作の一挙一動がキレイで、俺は思わずポーッと見惚れてしもた。あー、その指で俺の頭なでなでしてくれんかのう。ついでにそのおっぱいの谷間、ちょうどそのネクタイの位置に俺の鼻埋もれさせたいぜよ……これ割とマジで。


「……あの、いつまでそうしてるんすか」
「わ、す、すまん」


カウンターに両腕を組んで顎を乗せて蘭ちゃんをジッと眺めていると、不審そうに眉を顰められた。あ、その顔もいいのう。心のシャッターを切って目に蘭ちゃんをこれでもかって焼き付ける。


「せや!蘭ちゃん、今日俺と一緒に帰らん?暗くなってから一人で帰るのは危ないぜよ」
「…別に大丈夫っすよ」
「いーや、送ってく」
「でも私まだ仕事ありますんで」


そう言うと蘭ちゃんは再び、積み重なった本のバーコードを一冊ずつ読み取る作業を再開した。仕事ってのは、この図書委員の仕事のことだろう。プピーナ、蘭ちゃん残念でした、俺だって部活あるもん。なら、俺の答えは決まっとる。


「今日それ何時に終わるん?」
「……大体、六時半くらいっすかね」
「なら俺もそれくらいに部活が終わるき、終わったらまたここに迎えに来るぜよ」
「…でも私、今日スーパーで食材買い物して帰らないといけないんすけど」
「そんなん俺も一緒に行くぜよ。なあ蘭ちゃん、断らんで?ぜったい嫌な思いはさせへん。買い物したら荷物持ちしたるし、一緒に帰りながらお話しするだけじゃ。悪い話とちゃうやろ?」
「……なら、宜しくっす」
「…!うっしゃ!なら俺、部活行ってくるの!ちゃんとええ子にして待っとってな!」


テンションの上がった俺は、本を片手に図書室を飛び出した。
最高の気分じゃ!嗚呼、早く部活終わらんかの!





「おーい仁王!あのさ──」
「すまんのブンちゃん!今日の俺は先約があるんじゃ!」

丸井が呼び止める声もほっといて、俺は史上過去最速で着替えを済ますと、図書室へと走り出そうとした。
けど、そうは問屋が卸さないのがこの立海大レギュラー陣なのだ。


「まあ待ちなよ仁王。君、今日は随分と調子が良かったじゃないか。何かいいことでもあったのかい?良ければ教えて欲しいな」


この大魔王の威圧には、正直一生敵わん気がする。何が「教えて欲しいな」じゃ!「教えないと…どうなるか、分かってるね?」って顔しとる癖に!

そう、今日の俺は所謂絶好調じゃった。これも蘭ちゃんに会える!って思ってウキウキやったからやと思う。面白いくらいにスマッシュは決まるしイリュージョンも完璧やったし。ただ丸井や赤也からは変なモンを見るような目で見られたけど。


「まあ落ち着け精市、仁王とて何も故意に調子を上げた訳ではなかろう。…それとも何だ。俺が作った常勝立海を掲げるレギュラー陣の練習メニューは、仁王の調子が芳しくなくてもこなせる程度のものなのか?」
「…別にそうは言っていないだろう」
「うむ。何にせよ調子が良いことは素晴らしいことだ仁王、それを維持できるよう精進しろ」
「そ、そうじゃ。俺は今日は、たまたま気分が良くテニスできただけじゃ」


思わぬ援護射撃に内心ガッツポーズをする。参謀に真田、デカしたぜよ!今まで散々変装して色んな悪戯してすまんかった!この恩は一生忘れん!

未だに不審そうな表情を見せる幸村を一瞥した俺は、そそくさと部室を後にしたのだった。
やった!蘭ちゃんと一緒に下校とか、ほんま最高じゃ!

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春風