唐松に寄り添って - 春風
反撃の狼煙は上がる

視点:第三者


明くる日遠山蘭は、ある物を片手に、ある教室へと向かっていた。その彼女の左頬には、大きな湿布が痛々しげに貼られている。
その教室の前へ来ると、微塵の躊躇もなくその扉を明け放った。そして、一番手前に座って本を読んでいた眼鏡を掛けた男子生徒へと声を掛けた。


「すんません。このクラスに、児島瑠璃香さんって人いますか」


すると、見目だけはそれなりに麗しい蘭に声を掛けられたその男子生徒は、あわあわと慌てふためいた様子で「あ、あっちの窓際の席に、座ってるよ」と言いながらその方向を指を差した。蘭がそちらを見ると、今まで談笑をしていた女子生徒らが、笑い声をピタリと止めた。
敵意剥き出しの目で見られる蘭であったが、それを全く気にも留めず教室へとズカズカと入り込む。何とも度胸が据わっている。


「ねえ。これ、アンタのでしょ?」


差し出された生徒手帳を見て、その女──児島瑠理香はサッと顔を青褪めさせた。


「ああ、コレ?本当に凄くたまたま・・・・、拾ったんスよ──旧校舎の、女子トイレで」
「…そう」
「なんでそんなトコにこんな大事なモンを落としてたのかなんて、ここでベラベラ大声で追及する気はないから、まぁ安心すれば」


瑠理香は蘭が差し出した生徒手帳を受け取ると、蘭の様子をじっと伺った。当の蘭は、机の横に置かれているラケットバックを見下ろし、その猫目をスッと細めた。

──児島瑠理香は、幸村部長の彼女であると同時に、女テニ部長なんだぜ。
昨日蘭は切原と下校しながら例のトイレで拾った生徒手帳を彼に見せたのだが、それを目にするなり蘭は彼にそう言われたのだ。


「…ふーん。アンタ、女テニ部長だったんだ。部長ともあろう人が、あんなことしたってバレたらヤバいんじゃないの?まぁ、あんな物騒なモン振り回して私の顔に当たって大問題にならなくて良かったね。精々、切原には感謝しときなよ」


そう周囲には聞こえない程度の小声で言いながら蘭は、生意気にも口元に弧を描いてみせた。
すると瑠理香は、ほんの少し目を泳がせはしたものの、直ぐに落ち着きを取り戻して勝ち誇ったように言った。


「…でも、どこにも証拠がないもの。私たちがやっただなんて、誰も信じないわよ。それに私精市の彼女だし、何かあっても精市が味方になってくれるわ。そうなったらテニス部レギュラーは皆、私の味方になってくれるもの」
「味方だ何だって、一体何の話ししてんの?私は別にそんなこと言ってないんだけどなぁ」
「…アンタ、本当ムカつく!!」


すると瑠理香は、ガタン!と大きな音をさせてその場に立ち上がった。その瞳はギラギラと鈍く輝き、蘭を睨み付けている。蘭も、その相手の顔をジッと見据えた。

すると、瑠理香が蘭へとある提案をした。


「私と、勝負しなさい」
「別にいいっスけど。何にしますか?」


瑠理香の突然の申し出に、蘭は意外にも即座に首を縦に振ってみせた。


「ふふん、私が最高の舞台を用意してあげるわ。精々肝に銘じておきなさい」
「分かった。そっちこそ、言ったからにはちゃんと用意してよね」


そう言った瑠理香を一瞥すると、蘭は何事もなかったかのようにさっさとその場を後にした。その足取りは何とも堂々としている。


蘭が教室から去ると、漸く教室は騒めきを取り戻した。すると待ってましたとばかりに、瑠理香の周囲には沢山の女子生徒らが一斉に集まった。


「ねぇ!今のが遠山蘭?マジでウザすぎんだけど!」
「ホント生意気な一年よねー!瑠理香に対してもタメ語だったし!」
「あの態度ムカつくよね〜?何様なのって感じ!」
「って言うか瑠理香!勝負って一体どうするのよ?」


誰かがそう尋ねると、皆は言葉を止めて瑠理香の方に注目した。すると瑠理香は、余裕な顔をして、頭の中で考えていたことを皆へと言った。


「今度の学活の時間に、今の一年C組と球技大会をするでしょ?そこであの生意気な面をぶっ潰してやるのよ」
「でも、アイツだけを集中攻撃したら、さすがに先生に止められるんじゃない…?」
「ううん、集中攻撃するんじゃないわ」


そう言うと児島瑠璃香は、ニヤリと笑ってその口角を吊り上げた。


「──真正面から、ぶっ潰してやるの」

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