唐松に寄り添って - 春風
衆目を集める一騎打ち

視点:柳蓮二


「プレイヤーズ、レディー!」


審判がそう宣言すると、コート外のフェンスはワーワーと盛り上がりを見せた。まるでたった二クラスのみが合同して企画した小さな球技大会──それも女子のテニスの試合だとは思えぬ騒がしさである。


「瑠璃香ー!頑張れー!」
「あんな女、ボロクソに負かしちゃえー!」
「ストレート勝ちしちゃってー!」

そんな一方のみに対する声援が辺りに響く。仮にも初心者と経験者との試合で、ハンデというものを何一つ付けない、ましてやハンデどころか明らかに経験者に有利な状況下にあるというのは如何なものかとも思うのだが。完全アウェイの中、遠山は長い黒髪を手早く後頭部で一つに括り直した。その白く塗ったような項が美しく、くすんだ緑色をしたコートに良く映える。

夕方俺と練習をしている時も、ああして髪の毛を上げていたな。俺しか見ていなかったものがこうも人目に晒されてしまうとなると、理不尽な嫉妬心が湧き上がって来る。


「1セットマッチ、児島トゥーサーブ。プレイ!」


審判が高らかに試合開始のコールをした。中々に本格的であると思ってそちらを見たら、一年男子テニス部員である穂坂が審判台に座っていた。そう言えばアイツも赤也と同じクラスだったか。目を凝らして見ると、その穂坂が時偶に少し心配そうな表情をして遠山の様子を見ていることに気が付いた。
その心配が好意によるものかはたまたそうでないのかは置いておいて、それが無駄になるか否かは、遠山の様子を見ていればその内分かるというものだろう。


「ふふん、まずは私の超高速サーブ…受け取りなさい!」

そう言うなり、児島がファーストサーブを放った。その球が、遠山のコートへと落ちる。
たったのそれだけで、コート外からはけたたましい声が上がった。


「15-0!」
「キャー!瑠理香部長さっすがー!」

中には非常識極まりない野次を飛ばす輩もいて、それらを赤也がとんでもない目付きで睨み付けているのが見えた。


「あら。あんだけ大口叩いておいて、手も足もでないの?これじゃあまるで公開処刑ね」


サーブを放った児島は何とも得意気にそう言うと、手慣れた動きで次のボールをルーチンし始めた。女子テニス部部長なだけあり、やはりそれなりには上手いようだ。

──だが。


「さすが児島部長〜!カッコイイ〜!」
「遠山の奴、ホントいい気味!」
「瑠理香ー!そのままストレートで遠山こてんぱんにしてやってー!」


そう湧き立つフェンス周辺を横目に、俺は一人口元に弧を描いた。


──遠山は、ボールの軌道を確実に目で追っていた。


すると遠山は「…ふーん」と流し目で地面に転がるボールを見遣ると、児島へとその口を開いた。


「サーブって、こんな速さなモンなんすか?」
「…、何ですって?」


まるで馬鹿にしたような口調でそう言い放った遠山に、当然児島はその細い眉を吊り上げた。

──全く。あの馬鹿、挑発してどうするんだ。
遠山はそんなことお構いなしに、続けた。


「ある人に教わったんすけど、テニスって取り敢えず相手コートに球ぶち込めば勝ち、なんでしょ。なら私はぶち込むだけっすね」

「…困ったヤツだ」

そんな冗談か否かも分からない口調でそう言う遠山に、思わず笑い声を漏らしそうになる。彼女が言う“ある人”とは紛れもなく俺のことであろう。…勘違いしないで欲しいが、俺はあんなに乱暴な物言いはしていない。
勿論児島が、そんな物言いに逆上しないはずがなかった。


「フン!私のサーブでさえ返しもできないクセに、口だけは達者なのね…ホント生意気よ!!」

そう叫んだ児島が、再びサーブを放つ。それなりの速度を帯びた滑るようなボールが、遠山側のコートへと吸い込まれていく。
決して遅いボールではない。しかし、決して自慢ではないが…俺のサーブを体験した後では、あの程度はまるで赤子の手を捻るようなものだろう。

膝の力を抜いて体を沈ませ、非常に素早く静かな動作で上半身で小さくテイクバックを行い、自陣に落ちたボールを打ち返す姿勢を取る。
すると。


──ドカンッ!!

凡そ女子の試合には見合わない、今まで聞いたことがないような破壊音に、俺を含めて一同は皆言葉を失った。遠山の返したボールが、児島のコートへと文字通り“ぶち込まれた”のである。


「スプリット、ステップ…」


誰かがそう呟いたのが聞こえた。あれをもうマスターしたというのか。と言うよりも、遠山はあの一連の動きを反射的にやっているに過ぎないのだろう。……何て優れた身体能力だ。


「…ねぇ。審判の人、コールまだ?」
「あ、はいっ…15-15!」


そんな台詞をぶちかます遠山、その面構えはとことん生意気だ。
無意識にその口開けて唖然とする女部長に、遠山は口角を吊り上げて不敵にニヤリと笑ってみせた。


「…セーンパイ、まさかこんな程度で私に喧嘩持ち掛けてきたの?女テニ部長ともあろう人が、そんなまさかね」


もしかすると、いや、もしかせずとも俺は、とんでもない思い違いをしていたのかもしれない──遠山は…この女は、相手を完膚なきまでに叩きのめする気満々でいるらしい。

またまたリターンエースが決まる。遠山はあっという間に、相手のサービスゲームを奪い取った。遠山は、尋常でない初動の速さは勿論のこと、広背筋の伸縮やその他の全身の筋肉を非常に上手く使っており、それにより体が強烈な回転を繰り出している。そしてそのフォームは、あくまでも基本に忠実で、それでいて非常に美しい。
元より遠山の物覚えは早かったが、俺も教えた甲斐があるというものだ。


「(…とんだルーキーが、現れたものだな)」

自分の口角が、自然と上がるのが分かった。

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春風