唐松に寄り添って - 春風
衆目を集める一騎打ち

視点:柳蓮二


「…彼女のデータを、もっと集めたいものだ」


遠山と女子テニス部部長とのあの試合で、俺にはある火が付いていた──その火とは言わずもがな、“データマン”としてのものだ。
今思えば、あの試合の前に遠山のことを全て調べておくべきだったのだ。これも全て、遠山のことを見縊っていたという俺の油断だ。


「皆、遠山の体力測定のデータを入手した。…きっと驚くぞ」


部活が終わって着替えをし終わった俺がそう言うと、レギュラー皆が待ってましたとばかりに俺の元へ来て手元の一枚の紙を覗き込んだ。


氏名 遠山 蘭
性別 女

反復横跳び 73回
シャトルラン 143回
背筋 103kg
握力(左) 70.2kg
上体そらし 62.8cm
長座体前屈 51cm
50m走 6.4秒
立幅跳び 277cm
ハンドボール投げ 53m
持久走(1500m) 4分00秒



「握力が、信じられないことに……70.2kgという結果を叩き出していますね。これは驚きです」
「昔から強いとは思ってはいたが…うむ、これは予想外だな」
「いやいや真田副部長!この数字最早化け物じゃないっスか!え!アイツこんなんだったのかよ?!」
「つーかさ、ハンドボールって女子がやってそんなに飛ぶもんかよ?」
「シャトルラン…駄目だ、俺が負けてる…」
「背筋は女子の平均より高い程度じゃの。あの体型で100近く出せるなんて、びっくりぜよ」


皆が各々の反応を見せる。そんな中、精市はじっと黙ってそれを見ていた。


「…幸村くん、どうした?」

ふと顔を上げた丸井がそう言うと、皆が精市に注目してみせた。すると精市は、俺と弦一郎にチラリと視線を向けた。恐らく、あの試合の後に俺らにしてみせた提案をここで言おうと考えているのだろう。
今、言うべきだ。そう思った俺は、それに首を縦に振ってみせた。俺の隣では、弦一郎もコクリと頷いている。


「皆の意見を聞きたいんだ。…彼女を、今度行われる合宿に、臨時マネージャーとして呼びたいと思っていてね」


精市がそう言うと、皆は少し考え込む表情をしたが、それぞれが直ぐに返事をしてみせた。


「俺は賛成ッス!蘭なら安心ッスから!」
「別に俺もいいと思うぜぃ。アイツなら、他の女みたいに俺らに媚びを売ってくるなんてこと、天と地が引っ繰り返っても有り得ねーもんな」
「俺も賛成ぜよ。蘭ちゃんなら大歓迎じゃ」
「私も良いと思いますよ。尤も、遠山さんがやってくれると了承して下さったらの話しですがね」
「俺も、遠山なら任せられると思うぜ」

だが精市の表情を見るに、内心ではまだ思案していることがあるのだろうということが分かる。


「おい、精市。…お前が考えているのは、それだけではないだろう」
「…フフ、さすが蓮二。良く分かったね」
「へ?部長、まだ何かあるんスか?」


赤也が呆けた声を出すと、精市は少し眉を下げて言った。


「これはまだ確定事項ではないし、俺だけがただ何となく考えているだけなんだけれどね。……これが上手く行けば──俺は彼女を、マネージャー兼選手へ勧誘したいと思っている」
「「……」」


そう言った精市に、皆は勿論、俺と弦一郎でさえもが瞠目した。…まさか、精市がそこまで遠山に興味を抱いていたとはな。
沈黙する俺らに目を遣り、精市は更に続けてみせた。


「あれほどの逸材を、このまま埋もれさせておくには惜しいと思ってね。まずはテニスというものに興味を持って貰いたくてさ。…性別が違う蘭ちゃんを選手としてここへ勧誘するのは極めて異端なことだし、学校側にも掛け合ってみないと、まだ何も言えないけど」

その言葉に、弦一郎が顎に手をやって考え込んだ。


「ふむ…選手として、か」
「確かに、この身体能力だもんな…」


丸井が改めて手元の紙へと目を落とした。
確かに、女とは思えぬ身体能力をしている遠山だ。テニスのセンスも良い。もっと手元で育ませたいと思う気持ちは、俺にもある。


「…赤也はどう思う?」

すると精市が、赤也へと向かってそう尋ねた。赤也は目線を地面に向けて暫く黙ると、顔を上げて言った。


「…確かに俺も、蘭にテニスってモンを分からせてやりたいっス。アイツ、学校ではいっつもつまらなさそうな顔してるから──テニスが楽しいって、分からせてやりたいッス」
「…成る程な」

何とも赤也らしい素直な答えだと思う。だがその結論を出すのは今ではない。
そう判断した俺は、話しを取り纏めようと口を開いてある提案をした。


「取り敢えず、今回の合宿に遠山を臨時マネージャーに誘うという話しはこれで決まりだな。その後のことについては、それを経て合宿中に考えることにしよう」
「…確かにそうだな。それに、まずは蘭へこの話しを持ち掛けねばなるまい。アイツは中々に頑固な質をしている。俺たちが合宿に参加しろと言ったところで、すぐに了承はしないだろう」
「そうだね。まずはその対策から考えなきゃいけないかな」


これから面白くなりそうだ。この時期におけるルーキーの登場は、良い方向に出るに違いない。





ある日の昼休み、俺は弁当を持って精市のクラスへ行こうと思い、廊下への扉を開けて外へと出た。今日弦一郎は、何やら風紀委員の会議があるらしい。「次期委員長様も大変なことだな」と揶揄い半分で言うと、彼は「まだそうと決まった訳ではあるまい」と眉を顰めた。だが弦一郎、残念ながらお前が三年時生徒総会にて風紀委員長に就任する確率は99%だ。

すると、そこにいた思いがけぬ人物に、自分の目が開眼したのが分かった。何とそこには──遠山がいたのだ。


「…柳さん」
「遠山か。…場所を移そう」


どうやら目当ての人物は俺だったようだ。ここでは視線を集め過ぎていけない。俺は遠山の手を引き、ここから一番近い空き教室へと行くことにした。
机を合わせて椅子を引いてやり、そこに座るように遠山へと促す。すると遠山は首だけを傾けて、彼女なりの感謝を表す動作をしてみせた。


「取り敢えず、お疲れ様」
「…いえ」


俺もその向かいに腰掛けて、遠山を労った。向かい合ったその顔は、相変わらず小生意気だ。
すると、突如遠山はその場に立ち上がり、思い掛けず唖然とする俺に構わず、深くそのこうべを下げた。


「柳さん、ありがとうございました。…私が勝てたのは、あなたのお陰です」


…これには心底驚いた。遠山が、あの遠山が、人へ向かって90度に頭を下げるなんて。これはデータにないぞ。
思い切り動揺してしまった俺は、データを取るのもそこそこに、慌てて遠山へと言った。


「いいや遠山、頭を上げてくれ。俺は何もしていないし、お前が勝ったのは全てお前の努力の成果だ。……とてもいい試合を見せて貰ったよ、こちらこそ礼を言わせてくれ」
「…どもっす」

俺がそう言うと、遠山は少し口元に笑みを浮かべてみせた。
口角を吊り上げるあの小憎たらしい笑みではなく──目尻を下げて口元を綻ばす、華が開くような笑みを。

思わず自分の頬が赤く染まりそうになるのを慌てて堪えてみせ、俺は話しを仕切り直して気になっていたことを問うことにした。


「ところで遠山。俺が調べたところ、お前は極度に身体能力が高いようだな」
「…父さんが言ってたんすけど、遠山の家系は皆そうらしいっス」
「ふむ、興味深いな。これからもお前のデータを取らせて貰いたいのだが」
「私のなんか、あなたに必要ないっすよね」
「それもそのうち分かるだろう。言っておくが、あの試合がこの立海に与えた衝撃は、お前の思っている以上に大きいぞ」
「……」
「勝たなきゃ良かったと今お前が思った確率、95%」
「100%っすわ」


少しは甘い会話というものをしてみたいところだが、相手が遠山では今のところ不可能だ。けれど、コイツと二人きりになる機会は、これから減ってしまうだろうから。


「(……お前に、俺という存在が、少しでも身近なものとして植え付けられていれば)」

この約二週間で、遠山のあの笑顔を見れることができたのだ。結果は良しとしておくか。
交わされるテンポの良い会話と笑顔を見ることができたという満足のいく結果に、俺はそっと笑みを浮かべたのであった。

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春風