唐松に寄り添って - 春風
熱き青春への招き

視点:第三者


「蘭ちゃん、今ちょっとええか?」
「遠山さん。男が四人揃って突然押し掛けてしまい、誠に申し訳ありません」
「そんなに長く時間取らせねぇからさ」
「遠山、悪いな」
「……」


教室で一人椅子に座って本を読み昼食後を過ごしている蘭へとそう言ったのは、順に仁王と柳生、丸井にジャッカルの四人組であった。人気の高いテニス部レギュラーが四人も集っているという事態にクラス中皆の視線がぐんと集まる中、蘭はその本からゆっくりと顔を上げて、四人組のその誘いに小さく首を縦に振ったのであった。


「…遠山は、さ。この前、テニスしててどう思った?」


蘭を屋上へと連れて来るなり、丸井がそう切り出した。蘭は少し躊躇したものの、素直にその質問に答えることにした。


「…まぁ、あなたたちがテニスに熱中する気持ちが、少しだけ分かりました」
「おっ!!だろい?テニスって、すげー楽しいんだぜ」
「そうじゃ、中学生からテニスを始める奴もいるぜよ」
「まぁ、男テニレギュラーは小さい頃からやってた奴が殆どだけどな」
「けれど私は二年になってから、ゴルフ部からテニス部へと編入したんですよ」
「…はぁ」


一体、彼らは何が言いたいのだろう。
脈略のないそれに、蘭は小首を傾げた。するとそんな蘭の内心を見越したのか、丸井がぽりぽりと頬を長くゴツゴツとした人差し指で掻きながら、辿々しく言ってみせた。


「まぁ、俺らが何が言いたいのかってーと…今回のあれで、テニスって楽しいって分かって貰えたらいいなって、さ」
「俺らは、ほんのちょっぴりでもいいから、蘭ちゃんにテニスに興味持って欲しいんぜよ」
「……」


そう言った仁王を始め皆の目は酷く真剣で、蘭は反論する機会を失ってしまった。


「おや、もうすぐ五時間目が開始されてしまいますね。それでは遠山さん、遅くなってしまって申し訳ありませんでした」
「じゃ、いきなり呼び出して悪かったな!」


そう言い置いて嵐のように去って行った彼らに、蘭は目をパチクリとさせた。


「…一体何だったんだ」


しかしこの騒動(と言うよりもある種のテロ行為)は、暫く続けられるのであった。







「遠山、少しお前の時間を貰えないか」
「……」


放課後になり蘭が、誰もいない無人の教室にて自身の机で課題を始めようとノートを広げて準備をしていると、柳がそこへやって来てそう言ったのであった。蘭が了承の意を伝える暇もなく、彼は蘭の席の前へと腰掛けて蘭へと向き合った。


「さあ。俺が何を言いに来たのか、お前には分かるか」
「……何となくは、ですが」
「ほう。では、俺が今から何を言うのか予想してみろ」


そう言うと柳は、その長い脚をゆったりとした動作で組み、その膝の上でその手指を無造作に遊んでみせた。蘭は暫く黙った後、言葉を選ぶように紡いだ。


「…“お前はテニスについて、どう思う?”ですかね」
「ふむ、粗方それでも正解だ。正確に言えば“お前はテニスについて、どう思う?そしてそれを、これからも続けてみたいとは思わないか?”だ」
「……これからも?」


初めて聞いたそれに、蘭は思わず顔を上げて柳の顔を見詰めた。彼はそんな蘭の視線に、静かに頷いてみせた。


「そうだ、“これからも”だ。…お前に素質があることは紛れもない事実だ。身体能力の高さは、さすがのお前も自覚しているだろう」
「…まあ、そういう家系らしいっすからね」


蘭はそこで初めて、彼らが自分へ何を言いたいのかを理解した──この人たちは私に、テニスをしないかと問うているのだ、と。

そんな蘭の僅かな当惑を悟ったのだろう、柳は沈着とした口調で言った。


「世界を見据えて真剣にテニスをしろと、無論そのような強制などしない。だが、放っておくにはお前は余りに惜しい人材なんだ。お前も知っているだろう――俺は決して嘘は付かない、と」
「……」

蘭は柳の指導の下、この前のあの試合に挑み、乗り越えたのであった。蘭は既に、彼には全幅の信頼を置いている。


「それに、お前はとても可愛らしいからな…お前の存在は俺にとっての癒しとなる。その柔らかな肢体に乳白色の肌、更には駆け引きの“か”の字も知らないその無垢な三白眼でさえもが愛おしく思える」
「……それは想定外な上に、本気でキモいっすわ」


雰囲気ぶち壊しの爆弾発言をしてみせた柳に蘭が酷く引いた目をしてそう言うと、彼は何とも愉しげに喉の奥でくっくっと笑ってみせたのであった。


「…その生意気な態度さえも、まさに俺の好みだよ」

そう言って酷く優しい瞳でこちらを見る柳に、蘭は何とも言えない気持ちになって、口を噤みジッと俯くのであった。







「蘭、今日は家まで送って行こう」
「…弦一郎さん」


あの後どうにか課題を終えた蘭が妙に疲れた体を解しつつ下駄箱に行くと、そこにいたのは真田であった。蘭はそれに二つ返事で頷くと、彼の隣へと急いだ。

蘭は、真田の隣を歩くことが好きである。普段は堅物で知られた彼だが、自分より数倍小柄な蘭の横を歩く時は、その歩幅を合わせてやっているのだ。隣を歩く蘭もその優しさを感じ取っており、その居心地の良さに身を委ねることができるのである。
蘭のことを「まるで猫のようだな」と言ったいつかの真田の言葉は間違っておらず、何とも的を射ている表現だ。


「最近、帰りが遅いのだな」
「そうかな。でも、なるべく課題は学校で済ませたくって」
「うむ、良い心掛けだ。だが蘭、こんな暗い時間に外を出歩くな。最近では物騒な事件も増えているらしいからな、気を付けろ」
「はーい」
「全く、その腑抜けた返事はどうにかならんのか」
「こんな返事するのは弦一郎さんにだけだよ」
「……そうか」


並んで歩くその姿は、背の高い真田と小柄な蘭とではまるで兄妹のようにも見える。

すると真田は、何とも言いにくそうに蘭へと言った。


「…蘭。柳たちから、話は聞いたか」
「……まぁね」


するとその真田の問い掛けに、蘭は再び考え込むような表情をした。いつもズバリと物を言う彼女の何とも珍しいその姿に、真田は不器用な彼なりに何とか言葉を選びなら言った。


「俺は、お前の身体能力は優れているとは思っていた。…だからこそ、今の今までお前をテニスに触れさせていなかったことを、酷く後悔しているのだ」
「!」

そんな真田の言葉に、蘭はバッと顔を上げて食い付くように言った。


「違う。弦一郎さんが後悔する必要なんて、ないよ。…確かに私は、ちょっと人より体が丈夫で力もあるかもしれないけど、それを使って競技をするなんて、今まで考えたことなかったし。ただ、だから……こんなこと初めてだったから、少し戸惑っているだけ」
「そうか」


そう会話をしている内に、蘭の住むマンションの前へと辿り着いた。すると真田は、蘭の細身の肩へと手を置き、彼女と視線を合わせるように屈んで言った。


「良いか蘭、お前が本当にしたいと思うことをしてみせろ。俺は、それを見守るのみだ。しかしお前がテニスをしたいと結論付けたその時は、俺はお前を育む――いや、育みたいのだ。…それが、俺の答えだ」
「……」
「…お前自身のためになる一番良い答えを、待っているぞ」


そう言うと真田は、蘭の頭をその大きく無骨な掌でそっと優しく撫でると、踵を返した。
自身のマンションの前に残された蘭は、無言でその真田の後ろ姿を見送ったのであった。

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