唐松に寄り添って - 春風
改革へ向けての出立

視点:切原赤也


「集合!」
幸村部長の声に、コートに散らばっていた俺たちは皆はレギュラー先頭に一斉にその前に集合する。

「(…あ、蘭だ)」

柳先輩と共にコートへ入って来た蘭の姿を見つけた。
バチッとあの猫目と視線が合った。アイツ、あんなに図太いけど緊張ってしたことあんのかな。分かんねえけど、取り敢えず口パクで「頑張れよ!」って伝えといた。すると蘭は、少しだけその目を細めてみせたのであった。


「…もう気が付いている奴らもいるかもしれないけど、今日は皆に紹介したい人がいるんだ」

すると幸村部長はそう言うなり、横にいる蘭へ目を遣り小さく頷いて挨拶を促した。蘭は半歩だけ前に踏み出して、その口を開いた。


「今度の合宿の臨時マネージャーをさせて貰う、一年の遠山蘭です。宜しくお願いします」
「ということだ。皆、お互いに宜しく頼むよ」

そう言って幸村部長が手を叩くと、次の瞬間には蘭に大きな拍手が送られる。俺も出来る限り大きく拍手した。けど、中には怪訝そうな顔をしてお互いに顔を見合わせた奴らもいた。

確かに、警戒する気持ちも分かる。俺も、突然知らない女がマネージャーって入って来たら、あんまり素直に受け入れられないと思う。まぁ俺は蘭がそんな奴だじゃないって分かってるからいいけど、蘭は見た目は普通の女だからミーハーだって思われるのも仕方ないのかもな。


「遠山さん、この場で何か他に言っておきたいことはあるかい?」
「……なら、早速いいっすか」

そう聞いた幸村部長に、蘭は早速そう言って、手にしていたボードを皆に見えるように軽く掲げた。


「皆さんのドリンクの好みを知りたいです」
「「……」」
「……へっ?」

俺の口から思わず声が出た。そんなことは全く気にもせずに蘭は俺らを見渡して、いつもよりも少し大きめ声と丁寧めな言葉遣いで言った。


「学年別に名前の一覧表を用意して貰いました。それぞれ“適切”、“薄い”、“濃い”、“その他希望”、“持参する為必要なし”の項目を作ってます。今日中に書き込んでおいて下さい。特に書き込みがなければ適切だったと判断して、明日からも同じものを用意します」

そう言い終わると次に蘭は、足元に用意していた籠(あ、確かアレずっと使われずにレギュラーの部室に放置されてたやつだ)を持ち上げて、また言った。


「もう一つ。次の休憩時間の時、洗濯が必要なユニフォームやタオルがあれば、必ず名前が書かれているかを確認した後にこの籠へ入れておいて下さい。二台を一度に、多ければ三台全部で回すんで、部活終了時までにはお渡しできると思います」
「「……」」

……え?ちょっと待てって。アイツいきなりそんないっぱい仕事するの?

俺もだけど、他のメンバーも皆びっくりした顔をしている。蘭の隣の柳さんだけは、何か満足そうな顔をしていた。…これも、あの人の“入れ知恵”ってやつか?あ、幸村部長もニコニコしてるし、真田副部長はうむ、とか言って頷いている。やっぱ三強となるとこんなもんなの?


「…そういうことだ、次の休憩の時に各自忘れずにするんだよ。何か質問があれば遠山さんに言うように」
「それでは、いつものように素振りを開始する!体系に整列!」
「「はいッ!!」」





休憩時間になって、皆は一斉に部室に走った。勿論、俺も。だって洗濯モン超溜まってたんだから。
俺は一足早くコートへと戻って来てジャージとタオルを籠に突っ込んで、蘭が用意していたドリンクで水分補給した。何かいっつもは部員がテキトーに作ってたやつだったから、何かダマがあったりしてたまにすんげー不味かったんだよなぁ。


「おーい遠山!洗濯物ってさ、ユニとかタオル以外でもいいわけ?」
「名前書いてたら何でもいいっすよ」
「マジ!?サンキュな!」

部室から走って来るなり蘭にそう聞いた丸井先輩が、ユニとタオル、それに体操服まで持って来て籠の中にバサッと入れた。


「遠山、だっけ?」
「あ、はい」
「肌着とかもいいのか?」
「名前書いてればいいですよ」

蘭は他の平部員たちからも次々に質問されたり声掛けられたりしてて、何か俺には構ってられねえって感じがする。

するとそこに仁王先輩がやって来て、タオルを一枚放り込んだ。あ、何かまだ手に持ってる……ってそれ、パンツじゃん!!うわ、しかもあれブランドモンのむっちゃ高いやつだし!アンタ中学生だろ!
仁王先輩はそれを広げて蘭の前にヒラヒラさせると、ニヤニヤしながら蘭に聞いた。


「なぁなぁ蘭ちゃん、このパンツはどうじゃ?ええんか?俺の洗ってくれるん?」
「弦一郎さんにとやかく言われてもいいんならどうぞご自由に」
「……せっかく俺の勝負下着持って来たったんに、もっと可愛らしい反応して欲しいのう」
「ハッ」

そう返して鼻で嘲笑ってみせた蘭に、仁王先輩はその口を尖らせた。…うわ、悔しいけど何か似合ってる。
つーか最近、仁王先輩のキャラが何か良く分かんねえんだけど。蘭に対してベタベタ甘え過ぎじゃね?いっつもクールでミステリアスにキメてる癖に、そんな顔も似合うとかズリィよなぁ。何、女はこーゆうギャップにグッとくんの?俺もやればいいの?


「……なぁ蘭。この“その他希望”ってどーゆーこと?」

仁王先輩に呆れた視線を向けている蘭に無理矢理話題を作って声を掛けると、蘭はやっと俺の方を見た。


「柳さん曰くだけど、塩と砂糖にクエン酸を使った方が、添加物がなくて既製品よりも体にいいらしいよ」
「それって美味いの?」
「不味くはないんじゃないの」
「ふぅん」

あっさりとそう返されて、何か寂しくなる。
俺は蘭がテニス部に入ってくれて嬉しいのに。蘭は俺と一緒にいれて、嬉しくない訳?


「…ねぇ、切原」
「な、何だよ」
すると突然、蘭がポツリとそう言った。俺が丁度蘭のことを考えていた時だったから、何かビックリして吃った。


「さっきは、ありがと。一応お礼言っとく」
「…さっき?俺なんかしたっけ?」
「…紹介して貰う前、アンタ私に口パクで言ったじゃない」
「……ああ、あれね」

まさかそんなことで蘭に礼を言われてるなんて思ってなかったから。
そう言うと、蘭はちょっと不本意なのか、眉を若干顰めながら俺へ言った。


「…部活っていうか、何か団体に入るのも初めてだから。どうしたらいいのか分かんなかった時にアンタの顔が見えたから、ちょっと落ち着いた」
「……」

うわ。何か、嬉しい。あん時の蘭は全然いつも通りに見えたから、俺のことなんて他の奴らと同じって思われてた気がしてたけど、違ったんだな。


「……やっぱ俺ら親友だよな!蘭、俺見て落ち着くんならずっと見てていいぜ!」
「私今から洗濯した後にランニングのスコア取るから無理だけど」
「見れる時はずっと見とけよ!ほら、球拾いの時とか!」
「ボールの個数数えなきゃいけないから無理だってば」
「赤也ァ!練習再開するぞ、何をモタモタしておるのだ!」
「げ!ウィッス!」


真田副部長に怒鳴られたけど、そんなん全然気にならなかった。やっぱ蘭最高!

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春風