唐松に寄り添って - 春風
改革へ向けての出立

視点:第三者


今現在幸村と柳は、非常に教員の視線を一身に集めていた。最早職員室中の教員と言っても過言ではない程である。そんな二人は、顧問である田中と対面していた。
全国大会を二連覇している王者立海大男子テニス部部長であり、穏和で温厚な性格に──これは勿論仮面を被っているのだが──花も恥じらう程にまで美麗な容貌をしている幸村と、常に学年主席の成績を誇り現在は生徒会役員を務めていて、教師からも一目置かれている存在である柳がいるのだから、当然と言えば当然のことだ。その上、会話の内容が内容であり、教師という教師は皆彼らのそれに聞き耳を立てていた。

すると今まで難しい顔をして黙り込んでいたその顧問が、やっと口を開いた。


「……一つ疑問なんだが、何故女子テニス部には入れないんだ?」


まるで渋るような口調だ。
当然である。これを了承してしまえば、彼に背負わされる重責が増えるのだから。それでなくても、立海大は創立明治十一年という伝統のある学校であり、幾らマネージャー兼と言えども男子硬式テニス部に選手として女子を入れるということは禁忌であるとも言える。

しかし、二人ともこの程度は予想済みであった。


「簡単なことです。女子テニス部では彼女の実力は埋もれてしまう。……彼女が、女子テニス部部長であった児島瑠璃香を6-0で倒したことは、先生とてご存知でしょう」
「……」

幸村が淡々とした口調でそう言うと、顧問はその口を噤み、更にはへの字に曲げてみせた。その上、他の教師も気不味げに視線を逸らしてみせた。
教師であれば止めるべきであったとの自覚は流石にあるのだろう。余りにも理不尽であったはずであったその試合は、蘭が思いもよらない形で快勝を収めたから良いものの、下手をすれば学校全体の問題となっていた。特にその試合を了承してしまった二年D組の女教師が罪悪感で一杯の表情をしているのを、柳はその薄目でチラリと確認して内心舌打ちを洩らした。


立海大中等部の男子硬式テニス部顧問は、ほぼその役割が存在していないと言っても過言ではない。彼の普段の仕事としては、学校側に提出しなければならない書類の点検をしたり、買い出しの際に必要な費用を会計係を通して買い出し要員へ納入したり、その買い出しでは賄えない大型の用具や備品の発注書などを受け取ったりなどと事務的なものばかりだ。合宿の際も、普通の学校であれば顧問が付き添うものの、生徒の自主性を重んじるという建前の下に、実際は部長副部長それ以下の者にその責任を一任しているのだ。
詰まる所、彼の発言権はないに等しい。

そして次に、幸村のそれに被せるように柳がその口を開いた。


「今年の春、体育教師の間で話題になったある女子生徒がいました。体力測定の結果が一般女子の平均をそれぞれ遥かに上回り、更にはいくつかの項目を取れば男子にとて勝る部分が数多くありました。…それが、この遠山蘭という女です」
「……」

柳は蘭のデータを胸の前へ掲げて、その右手の長い人差し指でトントンと軽く叩いてみせた。そこには、蘭の顔写真が貼り付けられていた。その三白眼が、顧問である田中を睨み付ける。


「…確かに、話題にしたな」
「ああ。遠山蘭、今でもウチの男子部長らが時たま噂していますよ。アイツが男だったら俺ら男子陸上部も安泰なんだがなぁ、なんて言って」

するとそんな体育教員らの相槌を打つような会話が、少し離れたところから上がる。それを横目に、幸村と柳は二人で交互に顧問へと弁じた。


「彼女は、世界に通用するプレーヤーになる素質を持っています。俺はそれを目の当たりにしました。俺は…俺たちは、一人のテニスプレーヤーとして、その才能をこんなところで埋もらす訳にはいかない」
「テニススクールにでも入って公式試合に出れば、すぐに頭角を現し一躍有名になるに違いありません。コーチに紹介でもすれば、こぞって自分の所へと皆が一斉に希望し、彼女はテニススクールを盛り上げる道具として攫われてしまうでしょう」
「…けれど、彼女はそれでは、テニスを嫌ってしまう。嫌々勧められた練習メニューや試合をしたところで、自分に限界を決め付けて、その伸びしろを失ってしまう。それではダメなんです」
「それに彼女には──これは彼女も勿論了承済みですが──今回の合同合宿にてマネージャー業務を身に付けて貰おうと思っています。連れて行くからには、俺は彼女を完璧なマネージャーに育て上げるつもりです」
「……しかし、だなぁ…」


まるで一の一から計画したかのような完璧な立論に、周囲の教員皆が聞き入ってしまった。それでも流石頭の固いことで有名な顧問は、唸ってみせた。それに柳は、隙を見せずに更にその口を開いた。


「過去数年前に一度、女子マネージャーが男子選手と問題を起こしたことは小耳に挟んだことがあります。確か、女子マネージャーが部員に対して猥褻な行いをしたとか。彼女は停学処分の上、自主退学をしていますね」
「ですが先生、それはその女が浅はかであっただけのこと。遠山は、俺たちを騙し通せるような人間ではありません。彼女はそこまで器用な女じゃないですよ。なので、先生はご安心下さい」
「そう、か…」

柳のデータに幸村の笑顔という二種類の攻撃。飴と鞭とは似て非なるものではあるが、効果は倍増である。
そして、その数十秒後のこと。この二人の非の打ち所がない弁論に対して、顧問の決定的なミスが為されたのであった。


「だがなぁ。お前たちだって、まだ中学二年生だろう?何をそこまで、そんなに…真剣にならなくったって──」
「俺たち立海大が全国大会を三連覇するには、否が応でも真剣にならなければいけません。皆が更なる高みを目指して、毎日厳しい練習をこなしています。…俺たちは、勉学にも運動にも常に真剣に取り組んでいるつもりですが」
「あ…いや!その、そういう意味で言ったんじゃないんだ」

幸村が静かな声で覆い被せるように言ったそれに、顧問は思い切りたじろいでみせた。

文武両道を掲げる立海大において今のそれは、完璧なる失言であった。それも、相手は学年主席の柳と成績優良な幸村、そしてこの職員室という教員の人目があるところでのこの失言…これは彼にしてみれば相当手痛いものになるだろう。


──勝ったな。

幸村と柳は二人して、内心ニヤリと笑みを浮かべた。顧問には少し気の毒な気がしないでもないが、この大人顔負けな二人を相手にして勝てる見込みは元よりほぼ無いに等しいのだ。


「…ではまた後日、彼女についての詳細をお伝えしに参ります。また何かありましたら、いつでも俺たちを呼び付けて下さい」
「それでは先生。お手数ですがこの件、どうぞ宜しくお願いします」

最後に柳のフォローと幸村の満面の笑みという名の圧力というダブルパンチに、その教師はぐうの音も出ずに沈痛な面持ちをするのであった。
職員室を後にするその二つ背中には、王者立海を背負う覚悟が纏われていた。

──パタンッ
二人の背後の扉が閉まる。それを確認して、二人は揃って小さくガッツポーズをして、口元に笑みを浮かべてみせるのであった。

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春風