唐松に寄り添って - 春風
改革へ向けての出立

視点:柳生比呂士



私は、仁王くんの一番の理解者だと自負している。私たちは最近になりダブルスパートナーを正式に組んだ。その付き合いは決して長くはないけれども、彼の良い部分も悪い部分も私は両方知っているのだ。
だからこそ、彼の女癖の悪さは分かっていた。しかし前までの彼は、私が何を言ってもその耳を貸そうとはしなかった。この立海大附属中等部は、その名の通り大学までエスカレーター式になっていて、彼のその悪い噂はこの先十年、下手をすれば一生彼に付き纏うこととなるだろう。その噂はきっと、彼自身を苦しめることになるに違いない。そう諭しても彼は「だいじょーぶ、上手いことやっとるよ」と言うだけで、取り合おうともしなかったのだ。

けれど、今、彼は。


「悪いのは、全部俺なんじゃ…」


彼が、私の目の前で、自責の念に苦渋の表情を浮かべている。私と似ていると評価されているその切れ長の目からは、今にも涙が零れ落ちそうだ。


「…俺もう、こんな最低なこと、止める」
「……」


そう言った仁王くんに、私は頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。
仁王くんは続けた。


「でも俺、蘭ちゃんのこと好きじゃなくなったら、また、前の自分に戻ってまうかもしれんっ…!」
「仁王くん…」
「そんなん、イヤじゃ…!俺、もうあんな自分は、イヤなんじゃ!あんな自分には、戻りとうないぜよ…」


そう叫ぶととうとう、仁王くんは嗚咽を洩らしながら泣き始めた。その悲痛な姿は、私には彼の魂が悲鳴を上げているかのように思えてならなかった。


彼はその整い過ぎた見た目が悪い方へと働いてしまい、入学当初から“クールそう”やら“女好きそう”などと至るところから様々な噂をされていた。そうして彼は、好き勝手に人々から貼り付けられたレッテルによって雁字搦めになり、仕舞いには身動きが取れなくなってしまっていたのだ。
彼は器用などではない。本当の彼は、寂しがり屋で泣き虫で、今時の言葉で言うと所謂“ヘタレ”なのに。周囲からの視線は、彼を仮面を被った詐欺ペテン師へと変化させてしまったのだ。

けれども、遠山さんというどこまでも真っ直ぐな存在が、詐欺師であった彼を変えた。当初彼は私に対して遠山さんのことを「ええ身体した女の子ぜよ」と面白半分に紹介していたというのに、今となっては全く違う――彼女のことを思い、今までの女性との交際を全て断ち切る程にまで。


「仁王くん、聞いて下さい。…あなたがそう思えているのなら、もう大丈夫ですよ」
「……ヒック、それ、ホンマか?」
「ええ、本当です。それにどうです、遠山さんの魅力は計り知れないものでしょう?あなたが遠山さんを嫌いになることなんて、この先ないと私は思いますよ」


彼の肩に手を置いて、なるべく静かな口調でそう言う。仁王くんが泣き止んでくれますようにと、気持ちを込めて。
すると私の言葉を聞いた仁王くんはその涙を止めて、そして段々と呼吸が落ち着きを取り戻してきた。時々しゃっくり上げる彼に、ポケットからハンカチを取り出して渡す。それを受け取り目元に当てた彼は、


「…ヒック、やーぎゅ、協力してくれるんか?」
「それはどうでしょう?遠山さんは非常に可愛らしい女性ですからね。私も好意を抱いてしまうかもしれません」
「プピーナ?!」
「…ふふっ、冗談ですよ」


彼を叱咤激励する為にそう言ったのか、はたまた本気なのか。自分でも分からなかった。
けれでも今は、彼がその泣いた後で少し赤く腫れた目で、とても嬉しそうに目尻を下げて笑うので、どちらでも良いと思えるのであった。

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春風