赤兎 - 春風
竜闘虎争

「これはこれは珍しいご客人で」


ペシッ

鳳仙の扇子が、音を成して自身のその筋張った首筋を叩く。派手に着飾った花魁が奏でる柔らかな音色の三味線の音が響く、落ち着いた空気の流れる一際豪華な部屋。その部屋で神威は、鳳仙と対面している最中であった。

しかし、神威は―……


「春雨が第七師団団長、神威殿」


ガツガツ

「んーやっぱり地球のゴハンはおいしいネ、鳳仙の旦那」

──緊張感の欠片もなく、出されたご飯を勢い激しくかっ込んでいた。つくづく食い意地の張った男である。


酌をしている花魁の顔は驚愕そのもので、その口は驚きのあまりあんぐりと開かれ、神威の口へとご飯が吸い込まれる様子を目を見開き凝視していた。人間からしてみれば有り得ない異常な速度だ。しかし鳳仙は、そんな神威を慣れたものだと気にすることなく、その口元に笑みを浮かべた。


「春雨の雷槍と恐れられる最強の部隊第七師団。若くしてその長にまで登りつめた貴殿が、こんな下賤な所に何の御用ですかな」

すると神威は、何とも態とらしくケラケラと声を上げて明るく笑った。しかしその間、殺気は両者保ったままだ。


「人が悪いですよ、旦那。第七師団つくったのは旦那でしょ。めんどくさい事全部俺に押しつけて、自分だけこんな所で悠々自適に隠居生活なんて、ズルイですよ」
「人は老いれば身も心も渇く。その身を潤すは酒、魂を潤すは女よ」


鳳仙のその言葉に、思わず神威は少し考え込む。


――酒は興味ないや、でも……。


「……女なら、一人だけ興味があるかな」

神威はポツリと漏らした。その女というのは、言わずもがな##NAME1##のことである。
その##NAME1##は今、神威に「来るな」と言われたため、部屋で待機中のはずであった。


「今、何か言ったか?」
「…いえ、何も」
「フッ、若いぬしにはわからぬか」
「いえ、わかりますよ」
「ほう、しばらく会わぬうちに飯以外の味も覚えたか、ククッ」

鳳仙はそう言って、愉快そうに笑った。酒を煽るその身からは、少し警戒心が解けている。


「酒か?女か?吉原きっての上玉を用意してやる。言え」


──ここから、神威の挑発作戦は始まった。


――それにしても―……


「じゃあ…日輪と一発ヤラせてください」


――##NAME1##を置いて来といて、良かった。##NAME1##がいたら、こんなこと##NAME1##の前なんかでは絶対に言えないよ。


ピタ


鳳仙の酒を煽る手が静止した。神威は、そんな鳳仙の様子には構わずに続ける。


「手土産もこの通り用意してあるんです」


スゥと襖が開いて、阿伏兎と云業に挟まれ、両手首を縛られた晴太が見えた。俯き加減のその顔は、恐怖で真っ青になり、その上たくさんの冷や汗も垂らしている。


「きっと喜んでサービスしてくれるでしょ?」
「………」


鳳仙は口を噤み黙り込んだ。しかし神威は、更に鳳仙を煽ろうと追い討ちを掛けた。


――戦いに発展させるために。鳳仙と戦い、自らの渇きを潤すために。


「嫌ですか。日輪を誰かに汚されるのは。嫌ですか。この子に日輪を連れ去られるのは。嫌ですか。日輪と離れるのは」


勿論であるが、みるみる鳳仙から出るオーラがピリピリとしてきた。


「少し黙るがいい、神…」


しかし、神威はその挑発を止めようとはせず、ケタケタと声を上げて笑ってみせた。


「年はとりたくないもんですね。あの夜王鳳仙ともあろうものが、全てを力で思うがままにしてきた男が、たった一人の女すらどうにもならない」


神威は、言いたいこと全てを精一杯挑発的に変換して、口からそれらが次から次へと紡がれた。

安い挑発ではあるし、鳳仙もそれは承知している。しかし、効果は的面だった。


「女は地獄、男は天国の吉原?いや違う。吉原は、旦那…あなたがあなたのためだけに創った桃源郷」
「神威、黙れと言っている」


――もう少しだ。


そう思った神威はスッと立ち上がり、鳳仙に酒を注いた。


「誰にも相手されない哀れなおじいさんが、カワイイ人形達を自分の元につなぎ止めておくための牢獄」
「聞こえぬのか、神威」
「酒に酔う男は絵にもなりますが、女に酔う男は見れたもんじゃないですな」


神威は酒を注ぎながら鳳仙に笑顔を向ける。それは非常に挑戦的で、挑発的であった。

そして神威は、止めの一言を刺した。


「エロジジイ」


ドゴォォ


一瞬前まで生きていた人間が、血を滂沱と滴らせ、天上に頭から突き刺さった。殴ったのは鳳仙、殴られ死に至ったのは、神威ではなく、酌をしていた花魁である。

ついに鳳仙は我慢の限界が来て、怒りを暴力で解決する意向を固めたのだ。
と言っても、鳳仙は神威を殴ったつもりだったが。


──作戦成功だ。


砂埃の舞う中、神威は一人口角を吊り上げた。

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春風