赤兎 - 春風
竜闘虎争

ゴゴゴゴという不穏な地響きが辺りの空気を震わせた。


「きっ……きゃああああ!!」


部屋に血を見て動揺した花魁の甲高い悲鳴が響く。しかし、鳳仙と神威は全くお構い無しだ。


「クックックッ、貴様らわしを査定に来たのだろう。気づかぬとでも思っていたか。元老の差し金だろう。今まで散々利をむさぼりながら、巨大な力を持つ吉原に恐れを抱き始めたかジジイ共」


そう言う鳳仙の口調には、僅かに隠せていない怒りが含まれている。更に鳳仙は続けた。


「吉原に巣食う、この夜王が邪魔だと」


鳳仙が着流しの上をぐいっと脱ぎ、その逞しい上半身を露にした。流石の夜王、どう見ても老人の体だとは思えない。


「ぬしらに、この夜王鳳仙を倒せると」


鳳仙から発するオーラは、先程までとは比べ物にならない凄まじいものだった。体には、メキメキという不吉な音と共に、先程までにはなかった力がみなぎっている。
その様子を見て阿伏兎は焦ったように言った。


「あ…あんたの出方次第だ。あんたといえども、春雨と正面から闘い合う気にはなれんだろう。よく考えて行動した方が身のためだ」


阿伏兎は事を穏便に済ませようと、鳳仙を宥めすかすように言った。しかし、やはりそうはさせないのが、この戦闘欲の塊…神威であった。


――阿伏兎、そんなこと言ったって無駄なのにな。


「そいつは困るな。そんなんじゃ、俺のこの渇きはどうすればいい?」


しかし神威は、彼の本来の目的を果たすべく、阿伏兎の努力も虚しくその説得の声を遮る。


「女や酒じゃダメなんだよ。俺はそんなものいらない」


――俺には、##NAME1##だけでいい。


ズザザ ドッ


鳳仙が殴ったため、血まみれになりその息絶えた花魁が、ドッという鈍い音と共に天井から落ちる。鳳仙は床に落ちたそれを見つめた。先程まで三味線を奏でていた美しい姿は、最早見る影もない。


「そんなもんじゃ、俺の渇きは癒えやしないんですよ。あ、##NAME1##は別です。逆に俺は、##NAME1##さえいれば生きていける」
「##NAME1##………あぁ、お前の補佐のことか。よく耳にするぞ。目を奪うほどの美貌を持ち、冷血無骨な第七師団の団長補佐を務める女の侍、とな」
「……ヘェ、##NAME1##って有名なんですね」


神威は、正直若干の苛立ちを覚えていた。神威には、自分の知らない所で##NAME1##が有名になっているのが許せなかったのだ。異常なまでの狂気的な独占欲である。


「ククッ…そのような美しい風貌となら、是非ともこの吉原に繋ぎ止めておきたいものよ」


更にそう続けた鳳仙の言葉に、神威は思わず額に青筋を立てた。神威は、笑顔を浮かべて鳳仙を見た。


――まるで、野獣ではないか。


神威を見た鳳仙はそう感じた。

神威からは、並大抵ならぬ殺気が放たれている。鳳仙はそれを、長年の数多の経験によりピリピリと感じ取っていた。


「…黙って下さい、エロジジイ」
「………ククッ、その女のことになると、急に余裕がなくなったではないか」
「それは当たり前ですよ」


鳳仙の予想に反し、神威は満面の笑顔を見せる。


「アイツは、俺が心から惚れた、最高級の女なんですから」


二人共が、恐ろしい程にまでに殺気を発する笑顔を湛えていた。

そして―……


ズガシャァ


――二人は攻撃に転じた。血がポタッと音を立てて畳の上へと垂れ落ちた。


「…血。修羅が血」


尚も血が垂れるが、お互いを睨み合ったまま、両人全く気にしなかった。
神威は、尚も言葉を続ける。


「己と同等、それ以上の剛なる者の血をもって初めて、俺の魂は潤う」


――開かれた神威の目は開きギラギラと光り、人に戦慄を覚えさせる笑顔に変化している。
同様に、鳳仙もやはり笑みを湛えている。


「ククク、反目し殺し合いを演じたときいたが、血は争えんな。その眼は奴の眼。その昔、夜王と呼ばれ夜兎の頂点に君臨した儂に唯一恭順せず、たった一人挑んできた男、ぬしが父、星海坊主の眼。三日三晩に渡る打ち合い、昨日のことのように覚えておるわ。わしとあれ程長く対峙した者は奴が初めて、結着がつかなかったのも奴が初めてであった。そして、あんな幕切れも初めてであった」


あんな幕切れとは、星海坊主が「あの、ウンコしたいんだけど」と喧嘩が終わったことを指していた。神威がそれを知っていたか知らなかったかは、また別の話である。
更に鳳仙は続けた。


「神威、貴様に父が越えられるか」
「もうとうに越えてるよ。家族だなんだとつまらないしがらみにとらわれ、子供に片腕を吹き飛ばされるような脆弱な精神の持ち主に、真の強さは得られない」


そう神威はサラリと言って退けた。


「旦那、あなたもあの男と似ているよ。外装はゴツくても、中身は酒と女しかない」


――挑戦的な発言ばっかりしやがって。


阿伏兎は心の中で、この身勝手な上司に頭を悩ませたのだった。
そんな阿伏兎の気を他所に、二人は戦闘体勢に入る。


「真の強者とは、強き肉体と強き魂を兼ね備えた者。何物にもとらわれず強さだけを求める俺に、あんた達は勝てやしないよ」
「ぬかせェェ小童ァァ」


それを合図に、二人が地面を蹴った。


「やめろォォォ団長ォ!!」


阿伏兎が制止の声を振り絞ったが―……


ドォン


──遊郭の壁は物の見事に破壊され、二人の最強の夜兎による戦闘の幕は切って落とされた。

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春風