赤兎 - 春風
煩悩具足

ピリピリ


騒ぎが一層に増して来た頃だった。それに反応して、神威のアホ毛と言う名のアンテナがぴょこんと動いた。
神威は、辺りが見渡せる高い位置にある部屋の縁側に腰掛けていた。


「侵入者?大した騒ぎだね」

神威は、笑みを浮かべて下を見降ろしながら阿伏兎に話し掛けた。
阿伏兎は、無くなった左腕の応急措置をしていた。器用なことに包帯を巻いていくが、やはりどうしても少しやり難そうである。

しかし、神威に頼む訳にもいかない。神威に頼むだけ無駄である、もしかしたら悪化するかもしれないということは、阿伏兎は重々承知していた。


「アンタが起こしてくれた騒ぎよりマシだろう」
「なんだよ、まだ怒ってんの。過ぎた事は忘れないと長生きできないよ」
「いや、死んじゃったからね一人」


──しかも、俺も腕一本持ってかれちまったしな。


心に思ったそんなことは、阿伏兎は言わなかった。折角命が助かったのだから、その命を無駄にはしたくなかった。


──やっぱりコイツは末恐ろしい奴だ。云業、悪いな。


阿伏兎は、死んだ云業に祈った。同時に、自分がどんなに恐ろしい二人の相手をしていたのかを思い知った。
そう思い返し、あの時自分が云業の選択をしていたら今ここに自分はいなかったと考えると、思わず体の内側に震えが走った。

しかしそんな態度は微塵も見せずに、阿伏兎は話を続けた。


「商売なんざ興味もねーくせに、珍しくついてくるなんていうからおかしいと思ったんだ。アンタ最初から鳳仙とやり合うつもりだったな」
「へへ、バレた?」
「バレたじゃねーよすっとこどっこい。おかげで取り引きも何もメチャクチャだ。かけ引きの道具も騒ぎの最中に逃げちまう始末」
「あーあの子供のことか。スッカリ忘れてた。たいしたもんじゃないか。あの中を逃げ出すなんて、将来が楽しみだね」
「感心してる場合か」


しかし、二人は知らない。晴太の逃亡劇には、##NAME1##が関わっていたことを。


「駆け引きなんか必要ないよ。吉原がほしいなら、鳳仙の旦那を殺してココを春雨のモノにしてしまえばいいんだ」
「アホか。あの化け物ジジイにそう簡単に勝てるか。止めなきゃヤバかったぜ。大体、俺達のせいで春雨と夜王で戦争始めることになれば、元老にやられるのは俺達だぜ」
「その時は…」


神威は相変わらずも笑いながら言った。


「元老も俺が皆殺しにするよ」
「………」

──その口から出た言葉は、神威らしいトチ狂ったものだった。


「で、その後あなた様は海賊王にでもなられるんですか」
「それもいいかもね。上にいけばそれだけ強い奴にも出会える」


バサ


やっとのことで処置を終えた阿伏兎は、その失った腕を隠すようにマントを羽織った。


「ハイハイ。志の高い立派な団長をもって、部下どもは幸せですよコンチキショー」
「どこいくんだよ阿伏兎。もう帰ろうよ。つまんないよ。もうこんなトコ」


そんなことを言う神威を無視し、阿伏兎は廊下に出る襖を開けた。


「帰れ帰れ、怖いジーさんに殺される前にな。このまま鳳仙に貸しつくったまんま帰れねェよ。我々下々の者は、団長様の尻ぬぐい、いや…」


そう言った阿伏兎は、廊下に足を踏み出した。


「海賊王への道を切り拓きにでもいくとしまさァ。ククク」


──やはり、阿伏兎とて獣の血が流れる夜兎である。彼も、ぞくりとする程不敵に笑っていた──今から行われる血の舞い飛ぶ戦いに期待を募らせて。

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春風