鬼滅の刃 - 春風


「──ッ!!」

店主に断りを入れて、走り出す。
周囲の人々が振り返り声を掛けてくれていることが分かったが、それに対して返事をする余裕はない。


「私が、帰っていれば…」


「…家は、私が整理しておく。炭治郎は、禰豆子を宜しくね」


「ごめん…ッ、ごめんね、炭治郎…」
「うわぁああああああ…!!姉上ッ、姉上ぇ…!!」

「その人に紹介されたのが、」
「…私も、そのうちに行くわ」
「で、でも、姉上のお勤め先は…」

「──炭治郎は何も心配しないで」


「──弱者は、奪われるしかないのか」
唇を噛み締める。掌に爪が食い込むくらいに握り締める。鮮血が滴り、白雪の上にまるで梅花のように鮮やかな染みを作った。


「守れなくて、ごめん…ッ」


この匂いを決して忘れてはならない。


「…お前は」



「狭霧山の鱗滝左近次という老人の元に向かわせた。……会ったか」
「…はい、先程顔を合わせました」

「先に二人を向かわせました。私は…ここの後処理をしなければ」


「──許さない」

「この匂いの主を、私は絶対に許さない」


「ええ、体術を。護身用にと、勤め先の主人の伝手で教授して頂きました」
「…そうか」


「ですが、もう彼らとも…お別れします」


「これから私はどうなってもいい。今までの私は、今ここで死んだのです」

「…こんな私に、関わるべきような人たちではないのです。あの人たちには、平和に生きて欲しい」

「…藤の花の守りだ。肌身離さず持っていろ」




*****

生まれた時には既に額の左側から側頭部を覆う形で発現しており、



──何かが違う。

「お前には、水の呼吸が壊滅的に合わぬようだな」
「……どうやら、そのようですね」


どのような形にもなれる水のように変幻自在な歩法で、如何なる敵にも対応できる。唯一鬼に苦痛を与えず安らかに死なせる技が存在するのも特徴。流派の中では炎の呼吸と並び歴史が古くいつの時代も“柱”がおり、技が基本に沿ったものであるため派生した流派も多い。

炎の呼吸は、多数の流派がある全集中の呼吸法の中でも基本となる五大流派の一つ。その技には脚を止めての強力な斬撃が多く、変幻自在の脚運びを主とする“水の呼吸”とは対称的である。


「…力不足で面目ありません」
「いや、そうではない。お前は剣筋も確かで、身のこなしも素早く、変幻自在の足運びも素晴らしく、何より人一倍力がある」


鱗滝は考えに考えた。
この娘に合う呼吸は一体何であろうか。



「…岩の呼吸の育手を紹介しよう」
「!!」

「文を出すから、それまでは体力作りに励むと良い」
「…ありがとうございます。分かりました」


*****


竈門家の長男である炭治郎が、父・炭十郎から耳飾りと共に受け継いだ、竈門家に代々伝わる厄払いの神楽とそれを舞う為の呼吸法。
炭治郎は火を扱う炭焼きの家系として、ヒノカミ様に奉納するための舞いと認識・習得していたが、日輪刀と組み合わせて振るう事により、強力な技を発動できる。
しかし、比例して使用者には大きな負担が掛かり極度の疲労を伴う。これは炭治郎自身の肉体が要求される水準に至っていない為と予想されている。

*****

「岩柱様」

「階級は乙、竈門泉と申します。本日は宜しくお願い致します」



「…君は、何故なにゆえに鬼殺隊に入ったのか」

「──あの鬼舞辻無惨を倒すためです」


「君の噂は、私もよく耳にしている…」
「…少しはマシなものだと良いのですが」


「最終選別では、四十三体いた鬼のうち三十七体の首を取った。さらには火を焚いて米を炊き川で魚を掴み、同期となる隊士に七日間飯を振る舞った。…これは事実か?」
「…はい、事実に違いありません」

「美人で引く手数多であるだろうと──こんな所にいるべきではない人間だと、私は耳にした…」



「…私は、鬼舞辻無惨によって家族六人を惨殺されました」

「毎晩、あの凄惨な光景を夢に見るのです」

「母や兄弟たちがどのような最期を迎えたのかと考える度に、あの男を目の前にしていかほどの恐怖で支配されたのだろうかと想像する度に…私は、眩暈と吐き気に襲われる」


「私はもう、幸せになんてなれません。なりたいとも思わなくなってしまった」

「私は、必ず鬼舞辻無惨を倒します。そのために強くならなければならない」
「……そうか」

「…よく眠れていないのだろう。私が見張っておくから、少し休むと良い」
「ですが…」
「私は大丈夫だ。寝なさい」


木に凭れかかって眠りに着く。



「ありがとう、ございます…」


「……」

行冥は盲目だ。
だが、その代わりに他の感覚が非常に優れている。


その人生経験の豊富さで、分かるのだ──泉が、どのような女であるのか。

*****


「遅ればせながら、〇〇致します」

「そこに、我が名──竈門泉の名もお加え下さい」

「姉上…ッ!!」

「やはり…お前の兄弟であったか」
「はい。師範に対して詳しく説明をしていなかったこと、大変申し訳なく思います。…師範がお気分を害されたようでしたら、私は継子を外されようとも、仕方がないことだと思います」



「いいえ。私の師範は、生涯あなただけです」

「…ありがとう」




立派な高鷲が急降下する。

「泉様、北北東へ。千里先の屋敷にて行方不明者及び重傷者多数有りとのこと」
「了解した。…下弦かしら」
「恐らくそうかと思われます。現在、辛と壬の隊士が十数名で応戦中。ですが、壊滅まで時間の問題かと。既に隠は身を隠しつつも、手当にあたっております」
「報告ありがとう。あなたはそのまま近辺の警戒に当たって」
「畏まりました」


「会議の最中に申し訳ございません。行って参ります」


「…泉、下弦とて油断はならない。気を付けて行きなさい」
岩柱に頭を撫でられる。

「はい、師範」

「立て続けの任務、すまないね…。この任務が終われば、ゆっくりと休めるように調整しておくよ」
「お館様のご配慮、有り難く思います。お館様がお気に病まれぬよう」



「水柱様。弟たちのこと、本当にありがとうございます」
「…構わない」

「…あれを、まだ持っているのか」
「はい」
「…そうか」


「あ、姉上…」
「炭治郎。お館様と柱様の言うこと、一から十までちゃんと聞くのよ」
「ッ、はい!!」


「禰豆子」

「…炭治郎をよろしくね」
「むーっ!」

「髪が伸びたわね。…また簪を贈るわ」


「全く、何ともできた継子だ!!将来が頼もしいことだ!!」
「流派が合えば俺のところに来させたのになぁ…そしたらもっと派手にしてやるのに」


「…泉は、私の誇りだ」

「冨岡さんともご交流があったのですね。あれとは何のことです?」
「……」

「泉は乙、もう時期に甲になる程の優秀な隊士だ。そう心配せずとも大丈夫だよ」


「姉上…」


*****



「うわあああああ!!!姉上!!」



「全部私の血じゃないから、心配しなくても大丈夫よ」


「胡蝶様に、鬼の血を届けに来たの。元下弦の壱だったから、研究に少しは役に立つかと思って」


*****


「た、た、たたた、炭治郎!!お、お、おまっ、お前!!」


「こんな美人な姉さんがいるとかどういうつもりなんだよおおおお??!!」


「初めまして、竈門泉です。炭治郎がいつもお世話になっております」
「ギャンカワァアアアアア」


*****

無言でキレる泉に、




「私の禰豆子に触ってんじゃねぇ──このクソ豚野郎」



「地の呼吸、壱の型──」


「──」

「禰豆子!!」



「姉上!!口が悪過ぎます!!」
「だって…つい」
「ついじゃない!!あと、脚を出し過ぎです!!はしたないですよ!!」
「…そう?禰豆子と同じくらいの長さじゃない。大丈夫よ」
「大丈夫じゃないです!!姉上は身長が高い分足も長いんですよ!!全く、姉上はもう俺たちと同じくズボンにして下さい!!ほら、俺の予備を貸しますから!!」
「ちょっと、動きにくいからイヤだわ」
「駄目です!!許しません!!そんな短いスカートなんていっそ燃やして下さい!!」
「勿体ないでしょう?私、物は大切にしなさいと昔からあれほど言っているわよね」
「アレはアレ、コレはコレです!!」


「善逸が姉上とうまく話せないのは、御御足が出過ぎているせいだとこの前言っていました!!!」
「ウワァアああああアアアア!!!お前何言ってんの??!!何言ってんのォオオ??!!」

無言で

「………なんだかごめんなさい」
「こっちこそすみませんでしたぁああ!!」



「…元気であることは良いことだが…君は女子だ、これからは気を付けなさい」
「は、はい、師範」





「…嫁の貰い手がたくさんあったはずだ」

「私は、鬼舞辻無惨を許さない」


*****

「炭治郎、何で泉さんには敬語なの?」


「何でだろう…」

「俺、姉上のことは本当に尊敬しているんだ」


「体の弱かった父さんの代わりに出稼ぎに出て、誰よりもよく働いて、俺たちに仕送りをしてくれた。自分のことは二の次だった。あれだけ美人で頭も良くて気立ても良いから、お見合いだってたくさんあったはずなのに…きっと、俺たちがいるから全て断っていたんだと思う。だから…姉上はあの日のことを、誰よりも後悔して自分を責めているんだ」


「懺悔なんじゃないかな…」

*****

「顔の見えない亡霊が、私の足元に縋り付くの」

「ええ、ええ!!分かっているわ!!母さんたちがそんなことをしないことくらい、私だって分かっている!!」


「──私は、鬼舞辻無惨を許さない」

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春風