鬼滅の刃 - 春風


前世が隠のモブ変人女


私に、所謂前世の記憶なるものが存在すると気が付いたのは、中学三年の十二月のことであった。一般的には、普通の人間に前世の記憶なんてものはない。

──思い返すのは、自らの死。

私は、前世の大正時代において、鬼殺隊後方支援部隊《隠》に所属していた。鬼と剣士の戦いの後処理や隠蔽、負傷した剣士の救護を行う。多くは剣才に恵まれなかった者が担っているが、列車横転など大きな事件でも鬼殺隊の組織力と合わせて隠蔽することができる。
普段から、背に“隠”の字の描かれた黒子装束を纏い、顔は目元以外を布で覆っていた為、鬼殺隊の鬼殺の剣士様には人相も覚えられてはいないであろう。


──鬼舞辻無惨。

それを目の前にした時に、本能的に私は死ぬと感じた。

剣士であるとするならば、いくら敵との実力差があろうが、鬼殺隊の隊士である以上一般人が襲われることを分かっていて退くことは、鬼殺隊の隊律違反に当たる。いくら実力差があり死ぬと分かっていても、彼ら剣士は誇りを胸に立ち向かわなければならないのだ。
しかし、私はただの隠。義務はない。私はそもそも剣は振るえない。

「退け。邪魔だ」
まるで虫螻を見るような、人を見下した冷酷無慈悲な目。

「…いいえ。退きません」
「何だと?」

「泉!」
「いいから行きなさい。上官命令よ」


「剣士でもない貴様如きが、私に立ち向かうと?笑わせるな」
「…私はあなたに立ち向かう訳ではありません。ただ、あなたに少し物申したいのですよ」

少しでも時間稼ぎになれば良い。一般市民と、彼らが逃げる時間を与えなければならない。

「──なっ、!!」

いつか鬼と遭遇した時に使おうと思っていた、手製の爆薬。

少しの時間稼ぎになれば良いと調合したそれは、普段であれば後処理が手間がかかる為に決して使わなかった。使うことがなければ良いと思っていた。


「死を恐れ慄く貴様の姿、非常に滑稽だ」

「命は限りがあるからこそ燃やせるのだ。そんなに生にしがみ付いて…恥を晒しているとは思わないのか」
「黙れ」

すんでのところで躱す。一秒でもいい、時間を稼げ。頭を回せ。剣士様が来るまで耐えてみせろ──私などには、それしかできないのだから。


「貴様のような悪党など、今に剣士様が倒す!!!私はここで死ぬが、貴様が地獄で悶え苦しむ様を見て嘲笑ってやる!!!」

もう声も出ぬ。手足の先さえ動かせぬ。痛みも感じない。そんな中で、同期の隠の慟哭と啜り泣きを遠くに感じながら、私の息は途絶えたのであった。


──生きているのであれば、良かった。

思えば、つまらない人生であったと思う。しかし、あの大粒の涙のお陰で、生まれて来て良かったと私は思えたのだ。

両親を流行り病で早々に亡くし、兄弟も親族もいなかった私は、道端で行き倒れているところを育手である元鳴柱様に引き取って頂いだ。しかし、私は生憎にも剣士の才能に恵まれていなかった。
彼にずっとお世話になる訳にはいかないと、隠になったのである。


全身に軽度の擦過傷多数。 胸部に深い切創。 左腕の亀裂骨折に加え、肋骨を五本骨折。その結果、蝶屋敷での懸命の治療も虚しく、前世の私は死んだのであった。


「……剣士でもない人間風情が、私の心の臓を一つ吹き飛ばすとは」

身体を再生させながら、鬼舞辻無惨が唖然と目を見開いて死に行く私を睨んでいたことなどは、私が知る由もなかったのである。


*****

キメツ学園とは、世間でも知られた中高一貫校のことである。かねてより生徒の自主性が重んじられ、生徒会及び部活動が盛んに行われてきた結果、数多の著名人や財界人が輩出され、今でもその知名度の礎を担い続けている。かくいう学園長もまた、あの産屋敷財閥の現当主だというのだから、さもありなんといったところだろう。
知性、豊かな人間性や協調性を涵養し、自主・自律の態度の育成を教育理念として、国際社会で活躍できる人材の育成を目指している。


私は前世においても現世においても、コミュニケーション力に長けていない。けれども、あの時代において同期の隠たちは、私に本当に良くしてくれた。

私は、私の最期を看取ってくれた彼らに、何の礼も言えずに死んでしまったのだ。

その僅かな可能性に、この先の人生を丸ごと賭けても良いかと、私はそう思えたのだ。

「…この時期の志望校変更、きっと怒られるわね」

まずは両親に相談すべく、階下にてきっと穏やかな休日を過ごしている二人の元へと、パンフレットを片手に、志望校変更によるメリットを叩き出し、プレゼン内容を頭で組み立てながら階段を降りたのであった。


*****


「暖かな春の訪れと共に、私たち二百五十二名はキメツ学園高等学校一年生として、今日こんにち入学式を迎えることが出来ました。校門に咲き誇るソメイヨシノの大木が、花弁を辺りに散らし、まるで神々しく私達を歓迎しているかのようでした。本日は、私達のために立派な入学式を行って頂き、ありがとうございました。新入生一同を代表して、心より御礼申し上げます」

──さらりと澄み渡った心地良く耳に届くアルトの声。聞き覚えのあり過ぎる、そして心の奥底で渇望していたその特徴的な声に、村田はハッとして顔を上げた。

そこには、
自分の顔立ちを地味だと卑下する一方で、それ故に隠に向いている顔だから都合が良いと言っていた彼女を、村田は親友として大切に思っていた。だからこそ、彼女が死んだ時は涙が枯れるまでに号泣したし、声が枯れるまでに雄叫びを上げた。


「尊敬する偉人はレオナルド・ダ・ヴィンチ。彼は、生涯学問を追及し、芸術家としての驚くべき腕前のみならず、その英知ゆえに尊敬されました。音楽、建築、数学、幾何学、解剖学、生理学、動植物学、天文学、気象学、地質学、地理学、物理学、光学、力学、土木工学など様々な分野に顕著な業績と手稿を残しています。
──天才というのは、時に全く働いてない時にこそ最も多くのことを成し遂げるものである。彼は数え切れぬ程の素晴らしいアイデアが浮かぶ毎に、続いてそれらを自らの手で表現する完璧な図案を頭の中に作成して、それらを表現しました。その天才は数学や物理学にも強い関心を持っていましたが、実はその一方で、数学では代数は苦手で、図形中心の幾何の方が得意でした。手稿の中には、四桁の簡単な掛け算で繰り上がりのミスをするなどという初歩的な失敗も見られています。さらにはラテン語についても勉強の跡があり、ラテン語の単語を紙いっぱいに書きつけた如何にも人間らしい手稿も発見されています。我ら凡人から見ると、天才が私たちと同じように数学や語学に苦労していたと知るのは、どこか微笑ましく思えませんか。……彼からしてみれば、自らの何でもないミスをした計算用紙が、まさかこんな所で話題に上がっているなどとは、夢にも思ってもみないことでしょうが」

流暢な話し口調と軽い冗談に、笑い声と感心の溜め息が上がる。その間も、壇上の女は一拍置いて懇々と続けた。

「レオナルドが没して五世紀が過ぎましたが、未だに彼は我々の畏敬の対象となっています。充実した一日が幸せな眠りをもたらすに、充実した一生は幸せな死をもたらす。学びに求められる一歩は決して他者からの評価を基準とするのではなく、自らの内面を重んじることにあるのではないでしょうか。私はずっと生き方を学んでいるつもりであったが、実はずっと死に方を学んでいたのだと、彼は言いました。私はこの与えられた命に恥じぬように、彼の姿勢を手本とし、このキメツ学園にて学びに没頭出来ればと思います」

大きな拍手喝采が沸き起こる。そんな中でも、壇上の新入生は表情を一つも変えやしない。
村田は、自分の頬を涙が伝うのが分かった。

──相変わらず変わんねぇなぁ、その変人っぷり。

この後村田は、新入生代表挨拶に感動のあまりに涙した男として、この挨拶と一緒くたにされて、クラスのみならず学年中の話題を掻っ攫うことになる。


教員席へ向かって深く礼をする泉を、村田は滲む視界の中で捉えた。天井から糸で吊り下げたように背筋をピンと伸ばし、悠々とした足取りで壇上から降りてくる泉の背中を見送った教員席の先生方一同の何とも言えない唖然とした顔は、同期の前田が語るに「俺が見た最初で最後の間抜け面」であったらしい。


「うむ!!中学を卒業したばかりの高校生とは些か思えぬが、心意気が立派で良いことだ!!」
「いや、あれは立派の一言で片付けられるもんじゃねェだろ」
「なんつード派手な挨拶だよ…」
「……」
「あらあら、今年の新入生は凄いですねぇ。それはそうと冨岡先生、さっきから口が開きっぱなしですよ」

「あの子は、確か…」


「泉…!!!」

*****

「お前、泉か?泉だよな?」
「…もしかして、村田?」


「泉いいいいいいいい!!」


「後藤もいるぜ…うぐ、っず」
「え、後藤もいるの。はい、これで鼻かんで」
「ありがとう…お前は相変わらずだなぁ…」
ふんわりと柔らかいティッシュに、村田はさらに泣きそうになった。

「お前が中学の入学式にいないって気が付いた時、本当に寂しかったんだからな…」
「…ごめんね。私、記憶取り戻したのはつい最近なの」



「……まさか、ゲスメガネもいるの」
「アハハハハハ!!そう言うと思った!!」


「お前、部活は何にするんだ?」

「推薦も貰っていたんだけれど、結局一般に切り替えたの。何しろ、思い出したのが昨年末だったから」
「え!そっから切り替えたのかよ!?」
「そう。でも、ここは偏差値もそれなりに高かったし、私立だけれど特待生制度奨学金枠はもぎ取ったし、両親から特に文句は言われなかったわ。担任からは多少の小言を頂いたけれど」
「…お前、やっぱり相変わらずだなぁ」


「壇上から見えたし、壇上の教師席も見た。…殆ど、いらっしゃるのね」
「記憶を取り戻していない人たちも結構多いみたいだ」
「…そう。その方が、幸せなのかもしれないわね」


「あ、でも」
「ん?」
「──私は村田とこうして再会できたから、記憶が戻って本当に良かったと思っているわ」


お前な!!!!ほんと!!!!そういうとこだぞ!!!!

村田は机に突っ伏す。日輪刀を押し当てたら今なら赫刃になるんじゃないかというくらい熱くなってしまった頬を、だらし無く緩めたのであった。


*****


「泉!!!!」

「ぜ、善逸?」

ブワッと涙が溢れ返る。



*****

「…どこかで君と会ったことはないだろうか」


「…いえ、私の記憶にはございません」




「あら、あなた…私とどこかで会ったことはない?」


「……いえ、私の記憶にはございません」




「………見覚えが、ある」
「………いえ、私の記憶にはございません」


同じくこう返すのだ。

「私は新入生代表で挨拶をしたので、きっとその為でしょう」


「何故だろう。私は気配は完全に消していたし、柱の方とは喋ったことはないはず…」
「あのなぁ、お前は自分が思っている以上に目立ってたぞ。お前が作った爆薬、あれあの後結構議題に上がったんだからな」
「たかが爆薬如きで、隠が目立つも何もないでしょう」
「はいはいはいはい!!信じてねーならそれでいいけどよ!!」

あの二人付き合ってるんじゃねーの。まさか、あのモテない村田が?
そんな噂が立てられていることなどつゆ知らず、二人は違うクラスながらも毎日一緒にお昼を食べていた。



「あらあら、仲がよろしいのはいいことね」


「泉、今生では随分と鍛錬を怠っておられるご様子」
「だ、だって鬼、いませんし」
「勿論、平和なのですから鍛錬は必要ありません。ですが、それでこの杏寿郎から逃げられるとは──ゆめゆめ思われませぬよう」


******


「ギャンカワァアアア」



「君って、確か新入生代表で挨拶をしていた##NAME2##さんだよね」


「…はい」
「あはは!同い年なのに敬語はいらないよ」


*****


「……生徒会長、ですか」

「前の会長が、ご両親のご都合で転校してしまってな」


「私などよりも、他に適任の方々はいらっしゃると思いますが」

「まず、私はまだ一年です」


*****


動揺を悟られないように、


「…私を、知っているようだな」


「財閥の社長様を知らないはずがありません」



「…お前が私に投げつけた爆薬」

「あれの調合は、あの時代において素晴らしい出来栄えであった。…お前はきっと知らなかったであろうが、あの時私は心臓が一つ潰されたのだ」

「きっと再生したのでしょうけれど、剣の握れぬ私でもあなたに対抗できたのだあれば……作った甲斐がありましたね」


「──その弛まぬ努力と頭脳に、敬意を」


「…前世のあなたは、きっと地獄で散々に酷い目にあったことでしょう」

「前世の私も、きっとあなたを見て散々天国で笑わせてもらったと思います」


「今のあなたを、ただの鬼舞辻無惨だと認めることにします」


「ありがとう」




「その見た目で礼を言われるなんて違和感しかありませんね、やめて下さい。あなたはやはり遥か上から物を言わないと」
「……貴様を俺をなんだと思っているんだ」
「会社ではパワハラしていませんか?今の時代は気軽に訴えられますよ。精々時代錯誤はなさらないで下さいね」
「お前が今言葉の刃を俺に振り翳しているのには気が付いていないのか」
「まさか、わざとです。あなたを認めるとは言いましたが、全てをなかったことには流石の私でもできませんよ。何せ、直接あなたの手によって私は殺されたのですから。週に三回は今でも夢に見るんですよ、多少の嫌味くらいは我慢して下さい」


「……」


「好きなだけ出資をする。気軽に言え」

「当然、節約するところはしますよ。内訳は私の責任の元で、学園長を通してお伝えさせて頂きます」


「ただの学生の文化祭ですが、無駄金にはしません。活かすお金にしてみせます」


「大学はもう決めているのか」
「いいえ。私はまだ一年ですよ」


「あの時代からしてみれば、私は今は何でもできる。怖いものは何一つとしてありません」


「……何とも、豪胆な女だ」


*****


「あの鬼舞辻無惨でしょ???大丈夫だったの??何もされてない???触られてない???脅されてない???何かされたなら俺お館様に直訴してくる!!!!!」
「…善逸、うるさいよ」
「うるさくもなるわ!!!!!!」

「……ッ、」

「…私はもう死なないわよ」
「死ぬとか気軽に言わないでぇえええええ??!!馬鹿じゃない??俺の心臓止める気なの??あの時俺がどんだけ泣いたか知ってる??知らねぇだろ!!!!」


「うっ、ヒッグ…泉の馬鹿ァ…!!」


「それに、お館様じゃなくて今は学園長ね」
「分かっとるわ!!!!」
「…ごめん」

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