鬼滅の刃 - 春風


【新鬼滅/伊之助姉】1


!attentions!
・当作品は『鬼滅の刃』の二次創作夢小説です。
・特殊設定及び捏造、原作[[rb:改 > ・]][[rb:変 > ・]]有り。
・誹謗中傷はご遠慮致します。
・不道徳且つ過激表現多数有り。
・夢主の名前表記有り。
・誤字脱字の可能性有り。予告無く加筆修正致します。
・キャプション必読です。
・上記に充分にご注意の上、閲覧をお願い致します。ご同意頂けない方は、ブラウザバックをお願い致します。


[newpage]


[chapter:碌でなしの贖罪道中《5》]


「イズミサマ〜!イズミサマ〜!」

 泉がいつもの岩場にて素振りをしていると、鎹鴉の疾風がこちらを呼ぶ声が風に乗って聞こえて来た。声に釣られたように、泉が晴れ渡った青空を見上げる。ツツ、と額に伝う汗をグイッと手の甲で拭い去る。手の甲にて拭い切れなかった汗が、幾つもの水滴となって空中に弾け飛んだ。満開に咲き誇った山桜が、色の濃い花弁を辺りいっぱいに散らしている。春爛漫の匂い立つ暖かな陽気が、呼吸を極めた今となってはもう暑く感じた。
 そんな贅沢な春の中で一心不乱に鍛錬に励んでいた泉の元へ、羽を広げて一直線に空を横切って来た疾風が、バサリバサリと翼を大きく羽ばたかせて急停止し、泉の左肩にちょこんと止まる。

 最終選別を無事に終えてからも、泉は日々鍛錬を繰り返して技術を研鑽していた。それも全て泉が創造し生み出した地の呼吸が、未だ三つの型のみしか完成していない故である。その内の一つである漆の型である「空間識覚」はあくまでも索敵の型であり、実質鬼の頸を狩ることが出来るのは二つの型のみである。泉の年齢で新しい呼吸を生み出すことは無論今までに類を見ないまでの快挙であるが、折角の呼吸も扱えなければ意味がないのだ。
 

「カタナカジ、モウスグコチラニキマス」
「!!」

 遣り取りを繰り返すうちに、この丁寧な話し口調の鎹烏の名を疾風ということが判明した。因みに好物は葛切り。泉の好物である白米よりも遥かに洗練されて人間染みているが、そこはご愛嬌である。

 疾風からの一早い報告に、泉は岩場からピョン!と袴をはためかせてひとっ跳びに飛び降りた。鬼殺隊に縁深い最早身内のような刀鍛冶であるとは言え、あくまでも来客である。流石にこの汗だくで泥塗れの格好のままで出迎えることは失礼に当たるであろう。

「……疾風。私の名前に様を付けて呼ぶの、そろそろ止めてくれない?」
「メイレイヲ、キョヒシマス。アナタハ、ワタシノシュジンナノデスカラ」
「……そう」

 因みにこの疾風という鎹烏、仕事は迅速且つ的確で非常に優秀なのだが、梃子でも動かぬ頑固なところがあり、融通が利かないことも[[rb:屡 > しば]][[rb:々 > しば]]である。

 最終選別から十五日が経った、春の穏やかな晴れ間のことであった。





 白黒の剣道袴から藍染の着物に着替えた泉は、岩屋敷の玄関の門の前でそわそわと落ち着きなく来客を出迎えた。いつもであれば師である悲鳴嶼も共に出迎えるのであるが、生憎彼は現在長期任務で屋敷を留守にしている。
 泉が今着ている着物は、まともな衣服という衣服がお館様から頂いた着物一つしかない泉を気遣った悲鳴嶼より仰せつかった成瀬が、街の呉服屋で拵えてくれた慎ましやかな着物である。泉くらいの年頃の少女であればもっと流行りの華麗で派手なものを好むが、泉は肌触りが良くて落ち着いた色合いのこれを何よりもいっとうに気に入っていた。
 
「…!!」

 その刀鍛冶とやらは、里の特徴であるというひょっとこの面を付け幾つもの風鈴を付けた笠を被り、一見この世の者とは思えぬ幻想的且つ摩訶不思議な身形で岩屋敷の門前へと現れた。 チリンチリンと鳴る風鈴の音のそれぞれは良いが、こうも沢山ぶら下げられていては風流もへったくれもない。


「俺は鋼鐵塚という者だ…。嘴平泉の刀を打ち、持参した」
「は、はい、私が嘴平泉と申します」

 泉はどぎまぎしながらひょっとこ面へと頭を下げるが、一向に反応がない。下げた頭を恐る恐る上げると、鋼鐵塚と名乗ったひょっとこは地面に膝を付いて、斜めに背負っていた大きな荷をその場で広げていた。


「これがお前の“日輪刀”だ」
「…あの、中へどうぞ」
「俺が打った刀だ」

 風呂敷に包まれた細長い木箱を地面へと置き、いそいそと包みを開く。完全に無視をされた泉は、得体の知れない男とは言えども己の刀を担当してくれたという刀匠相手に強く言い出すことも出来ず、玄関前でただ鋼鐵塚の話を聞くしかなかった。

「日輪刀の原料である砂鉄と鉱石は、太陽に一番近い陽光山で取れる。“猩々緋砂鉄”と“猩々緋鉱石”…陽の光を吸収する鉄だ」
「あ、あの」
「陽光山は一年中陽が射している山だ。曇らないし、雨も降らない」

 どうやらこの男、人の話を聞かない性をしているようだ。この手の面倒で厄介な性格をした男は初めてであるが故にあたふたと戸惑う泉を余所に、鋼鐵塚は淡々と勝手に話を進めていく。

 すると、突如何の前触れもなく、鋼鐵塚の顔が上げられた。ひょっとこ面をズイッと勢い良く上げて、何処を見ているか分かりにくい面の穴の円らな瞳が泉の顔をジッと凝視する。特徴的なひょっとこの鼻先が、熟れた白桃のような泉の頬を掠めた。

「お前、自分で呼吸編み出したんだってな?ここは確か岩屋敷だろう?ってこたぁ岩の派生か?」
「え、ええ、一応ですが」
「呼吸の名は何という?」
「地の呼吸と、師範に名付けて頂きました。あ、あの…取り敢えず、中へどうぞ」

 何とか無理矢理にその質問攻めを区切らせて、どうにか岩屋敷の門を潜らせる。縁側を歩いて客間へと案内する最中も、鋼鐵塚のご機嫌な足取りに合わせて、笠に付けられた風鈴のチリンチリンという小気味良い音が耳を擽る。幾ら良く澄んだ音であるとは言え、ああも耳元付近で鳴り響いていては煩くはないのだろうかという疑問を、泉は野生の勘で飲み込んだ。そんな泉を余所に、鋼鐵塚はひょっとこの鼻先を揺らしてフンフンと鼻歌交じりに泉へ付いて来た。


「地の呼吸たァどんなモンか、拝見させて貰おうじゃねえか」
「……型をお見せすれば良いのですか?」
「日輪刀は別名色変わりの刀と言ってなぁ、持ち主によって色が変わる」
「……そうなのですね」
 
 鋼鐵塚を何とか客間の上座に案内し、来客用の茶と茶菓子を用意しようと泉が一旦立ち去ろうとする。しかし、「そんなもんはいらねぇから早く俺の刀を抜け!!」と刀だけに一刀両断に叫ばれてしまい、泉は鋼鐵塚の向かいにおずおずと座した。

 日輪刀は別名色変わりの刀とも呼ばれ、持ち主によって刃の色が変化する。色ごとに呼吸の特性が異なり、持ち主の適性を表すのだ。剣士が抜刀した際に、初めて色を帯びるのである。
 目の前の細長い木箱から、白布に包まれた刀をゆっくりと手に取る。泉という持ち主の手に渡った刀の色変わりを心待ちにしているのだろうか、鋼鐵塚はうねうねと奇怪極まりない動きで腕を振るって高揚している。

「……」
 切っ先から棟区までの刃長は、凡そ二尺五寸といったくらいか。泉は未だ刀のことを良く知らないが、単なる重量だけではなく、込められた刀鍛冶の信念と精魂、ぎょうじ、、重厚感を感じ取った。

「さあ!早く抜いてみせろ!!」

 鋼鐵塚に促された泉は意を決して刀の柄に手を掛け、深く大きく息を吐いて神経を研ぎ澄ます。そして、洗練された滑らかな動作で、刀身を鞘から抜き放った。


「!!」

──磨き抜かれた青く澄んだ光に、思わず呼吸を忘れる程に魅了される。姿全体のまるで流れるような湾曲した反りの完成された曲線美。何物も寄せ付けない孤高の美しさに、泉はその目を奪われた。黒鉄の芸術とは、まさにこれのことを指し示すのであろう。

 刀は、鉄という極めて地味な素材が使われているが、折り返し鍛錬することで不純物が叩き出され良質な鉄鋼が作られる。鍛練によって含有する炭素が抜けて軟らかくなり、さらに鍛練すると炭素が鉄に浸透して硬くなっていく。
 折れず、曲がらず、良く斬れるの三大要素を非常に高い次元で同時に実現させるため、日輪刀の原材料となる鋼の製法、選定、刀剣の鍛錬には、刀鍛冶の命と魂が懸けられているのである。

 渾身の力を込めて刀の柄を強く握り締める。


「──ッ!!」

 泉は、目玉が瞼の外へまろび出んばかりに、大きく目を見開いtた。

 柄から切っ先に掛けてじわじわとまるで侵食するように、そして刀身全体が赤黒く染まり上がる。常に所有者の生死と共にある、生死と相対した中に秘められた美の魅力が、そこにはあった。


「ッ、おおおおおおお!!」

 静寂を切り裂く大の男の野太い雄叫びに、泉は思わずビクリと肩を揺らした。音源である鋼鐵塚は畳の上をズルズルと這い寄って来て、持ち主である剣士の手に渡った己が魂である刀を、鼻先が触れんばかりの近さで凝視する。困惑ここに極まれりという表情の泉を余所に、ハッハッと鼻息吐息全てを浅く荒立たせている。


「おおおおお!![[rb:朱 > しゅ]][[rb:殷 > あん]]じゃねえか!!こりゃあ良い!!」

 興奮を露わにして高らかに叫ぶ鋼鐵塚であったが、その聞き慣れぬ初耳の単語に泉が首を傾げる。色を表すものであろうことは文脈より察することが出来るが、何しろ泉はそういう類の教養がないのだ。

「朱殷?」
「初めて見た色だ!!良い!!今までで見た中で一番良い色だ!!
 まるで──血の色だ!!灼熱の地獄じゃねえか!!」
「ッ!」


 “血” そして──“地獄”
 泉の全ての動作がピタリと静止した。

 色変わりした泉の刃は、まるで初めから血に濡れているような色をしていた。


「嗚呼、堪らねぇ…。この目でこんな良い色が見れるなんてなぁ…今日は良い日だ…」
「……そう、ですね」

 己の進むべき道を、改めて天から指し示されたようだ。
 

「絶対に俺の刀を折るなよ。もしも刀を折ろうもんなら、俺もお前の首の骨を折ってやる」

 刀鍛冶は、自分の打った刀に対する情が深く自負も強いということを、泉はかねてより成瀬から耳に胼胝が出来る程にまで延々と聞かされていた。その中でも、鋼鐵塚は飛び抜けてそれが強いようである。

「己に勝る強者と相対したらば、約束はできません」
「ッ、何だと!!?」

 鋼鐵塚が泉の胸倉を掴み上げる。

「…確実ではない約束など、できないでしょう」
「舐めんじゃねぇぞ!!俺はいつも己の人生で最高のモンしか渡してねえ!!その刀が折れるんなら、そりゃあお前の扱いが悪いに決まってやがる!!」

 彼が顎で示した鍔にがいるの一振り。今日を生きる鋼鐵塚の渾身の一振りで、現時点での最高傑作ということなのだろう。


「ったく、だから女の鬼狩りは嫌なんだ!!」


──その決して聞き捨てならない言葉に、泉のこめかみがぴくりと引くついた。

「…今、何と?」

 そんな泉の様子の変貌などを余所に、上座にて胡座を掻いた鋼鐵塚はツンとそっぽを向いて鼻息荒く憤慨している。

「女の鬼狩りはなぁ、子を孕んで辞めたり、腹を嬲られ嫌な殺され方をしたりして、刀を手放すことが殆どだ」
「腹を、嬲る?」

 泉が反芻したそれに、鋼鐵塚はひょっとこの下でぐ、と眉根を寄せた。声を落として、低く唸るように言った。

「…若い女の“子宮”ってのは、鬼からすりゃあ絶好の餌なんだとよ」
「子宮、ですか。つまり…」

 泉には、まだ初潮が来ていない。その上、同居人は悲鳴嶼と成瀬といった男ばかり。その為、女というものの生態についての知識が、泉には微塵たりとも存在しないのだ。

 子を育む女の子宮は、人肉を喰らい生きる鬼にとって最も栄養価の高い内臓だ。経血とて子宮内膜が剥がれ落ちたものであるので、これも内臓の内に含まれる。女の鬼殺隊員にとって、これらの問題は切っても切れぬ関係にある。その時期になれば否が応でも必ず脳裏をちらつく問題なのだ。尤も、鬼殺の任務が不規則且つ不定期である為、周期が乱れる隊員が殆どである。それ故に、己の身体であるにもかかわらず、その管理も困難を極めるのだ。
 しかし、幾ら大人びているとは言えども、泉の身体はまだ子供である。無論早熟ではあるが、その件についての心配は少なくともこの一年は必要ないであろう。それでも、外道な鬼共は[[rb:そ > ・]][[rb:れ > ・]]を狙う。泉のような一応紛いなりにも清い体は、一部の大人の下衆の男からはさて置き、鬼にとっても格好の餌となり得るのだ。女性としての尊厳を踏み躙られることとて、少なくはない。


「女の鬼狩りはなぁ、力は弱ぇ癖して我も欲も全部強い。生涯鬼を狩り続けてやるって心持ちの女なんて、今までに存在した例がねぇ。上辺ではそうほざいていた女だって、結局は子を持つことは女の至上の喜びだとか何とか抜かしやがって、刀なんかほっぽり出してさっさと家に入りやがる。
 だから、女の鬼狩りは信用ならねぇんだ」

 鋼鐵塚は、意図せず泉の地雷を踏み抜いたことには、気が付かない。


「子を孕む?──まさか」


 瞬間、場の空気が変わった。

 ぞわり、と鋼鐵塚の全身の産毛が聳つ。肌に直接感じる威圧感。胃が引っ繰り返りそうになる程の圧迫感。臓腑が押し潰されんまでの気迫。空気がずっしりと質量を持ち、呼吸をすることさえもままならぬ程。たらり、と嫌な汗が鋼鐵塚の背に伝う。鋼鐵塚が目の前にいる少女へ抱いたものは、臓腑に耐え難い程の恐怖であった。

「な…!?」

 目の前で一見行儀良く正座する女を、唖然として見つめる。鋼鐵塚とて、恐怖という感情だけで人が死に至ることなど有り得ないとは当然分かっている。ただ、その恐怖だけで人を殺さんばかりの力を、この少女は持っているのだ。


「そんなことしている暇なんざ、私にはない。そんなものに現を抜かしている暇なんざ、私には残されていないわ」

 心底不愉快だと言わんばかりに顔を歪めて吐き捨てる。


「私は…死ぬまで鬼を斬ることしか、できないの」

 背筋がぞわりと粟立つ。


 コイツは、何だ。この女は、一体何者だ。
 どうしてこんな女が、化け物が、普通の人間に紛れていやがる。


「私は、師範に恩を返すまでは絶対に死ねない。だから…絶対に子なんて孕まないし、絶対に死なない」

 狂気すら孕んでいるその熱。混沌とした危うい光を宿す瞳は、齢十一の少女のものとは到底思えない。

「…だから、安心して。あなたの魂は、私が必ず本懐を遂げさせてみせるから」

 この女になら、己の刀を託しても良いだろうと、は本能的にそう思ったのだ。


「…死に急ぎの目をしてやがるな」
「!!」

 

「確かに、少し前までは…死ねるのであれば何でも良いと思っていました。汚れきった淺ましい己の命など、どうなっても良いと」


「ですが…お館様に、この命を預けてくれと言われました。それからというもの、私の世界は一変したのです」

「師範が…この碌でもない私を、掬い上げて下さいました」

 この岩屋敷での日々を思い返す。

 当初は、悲鳴嶼が己を追い出す為に困難を極める課題を与えていることに、気が付いていた。己を見極める為に到底熟せやしない課題を与えていることに、気が付いていた。
 課題と向き合っているうちに、何が何でも熟してやろうと燃え滾っている己がいることに気が付いたのは、一体いつ頃のことであっただろうか。もう思い出せぬくらいにまで、ここでの生活を泉は大好きになっていた。


「私には、他にやりたいことも特にありませんから」
「…とんだ詐欺じゃねぇか。そんな別嬪な顔しておきながら、腹の底では静かに狂ってやがる」
「…ふふ」

 確かに己は狂っているに違いないと、泉は内心で自嘲した。


 幾ら普通の人間の面の皮を被ったって、幾ら普通の人間の身体に擬態していたって、己が親殺しの咎人であることは変わらない。正式に鬼殺隊員となった今でも、己は死んだ方が良いのではないかと思うこととて稀にある。幾ら外側から塗り固めたとて、内側が朽ち果てていれば何も変わらぬと思うことも屡々である。人の根本は変わり得ないのだと、度々思う。

 それでも、出会ってしまった。

 己を大切に思って下さる人達に。災厄を祓わんと命を懸ける人達に。誰かを守る為とあらば──誰かの為に死ぬことができる、人達に。


「私は──師範のために最期まで剣を振るうと、決めたのです」


 だからこそ泉は、贖罪の道を行くと決めた。


 己が確かに救われたように、誰かを救ってみせると決めた。今となってはもうどこにいるかも分からない、行方知れずの母と弟の生きるこの世を守らんと決めた。少しでも数多くの鬼の頸を狩り取り、おに己が行く地獄へと道連れにすることを決めた。人の屍も鬼の屍も、何もかも全て纏めて背負って地獄へと赴いてやると決めた。


 そして──堂々と己の足で地獄へと向かわんと、決めたのだ。

 そうして自ら歩んで行った地獄は、一体どのような色をしているであろう。きっと己の刃のような朱殷に違いない。今を生きる人生で見た色の中でいっとうに美しく映えることであろうと、泉は今度こそ満足げに微笑んだ。


[newpage]


 鋼鐵塚は、ハァと深く溜め息を吐いた。緊張が解けたことで、喉がカラカラに渇いていることに漸く気が付いてげほげほと咳き込む。それに気が付いた泉が、「お茶を用意しますね」と鋼鐵塚が止める暇もなくサッと素早く立ち上がる。


 出された冷たいお茶と御手洗団子に、鋼鐵塚は飛び付いた。バクバク、ゴクゴク。余りの食欲に泉が瞠目する。鋼鐵塚はあっという間に平らげた。


「…お前、今何歳だ」
「満年齢で十一です」

 鋼鐵塚の予想よりも二つ三つも若い年に、眉を顰める。


──この女のこれは、完成形じゃない。

 鋼鐵塚は観察眼に優れている。力が余りに強過ぎて、それを自在に使い熟せていない。どこかで抑え込んでしまっているのだ。
 膂力と脚力を身に付けてから、箍を外したことがないのであろう。恐らく、その感覚がなくとも雑魚鬼程度を狩ることなど容易いのだ。完全な剣心一体には程近い。しかし、鋼鐵塚が打ったその剣ですら、泉という剣士を手に余すようになる。

「お前はこれから身丈がぐんと伸びて、女特有の肉があちこちに付く。するとな、その刀がどうしたって合わなくなる」
「……」

 キョトンとした顔をして明らかに理解をしていない泉が首を傾げる。

「肉が付くって…肥えるということですか」
「馬鹿か!!そうじゃねぇよ!!お前ホント何も知らねーな!!体が女になるってことだ!!」

 泉の脳内に疑問符が浮かぶ。

「……女、に?」
「チッ」

 何で俺がこんな説明してやらねぇといけないんだ、鬼殺隊の教育はどうなっていやがる。鋼鐵塚は内心そう毒付いたが、純粋な疑問を浮かべた一対の目を前にしてしまえば、流石に一大人として説明せざるを得なかった。

「そうは言ったって、テメェの身体は今だって常人離れしてやがる。パッと見た目じゃあ分からねーが、筋肉の量はそこいらの男なんざより断トツに多くて質も良い。骨だって、ちっとやそっとで折れないくらいに太くて密度が高い」
「……よく、お分かりになりますね」
「ハァ?刀鍛冶舐めんな!!」

 怒号と共に包丁が投げ付けられるが、泉は人差し指と中指で挟み止める。鋼鐵塚は容易に止められた己の攻撃に、面白くなさそうにフンと鼻を鳴らした。そして内心にて、やはりこの少女は化け物の子供なのだと評価する。


「だがなぁ、それでもお前は女だ」
「…女、ですか」

 未だ実感が湧かないのであろう。泉は鋼鐵塚の話の本質を理解していない。


「いずれ、その刀が軽く感じる時が嫌でも必ず来る。その時は、その刀を手放してやらなきゃならねえ」



「体に変化が来たら問答無用で里に来い。そん時ゃあ、新しい刀を打つことになるだろうよ」
「……変化?」
「その時が来りゃあ分かる。あのな、一応テメェは女なんだから俺なんかの男に聞いてんじゃねぇぞ!」

 またしてもいとも易々と止められた攻撃に、更に強く舌打ちする。



「多少の刃毀れなら許してやる。だがな、絶ッッッッッッ対に折るなよ」

 鋼鐵塚としては最大限の譲歩であろうそれに、泉はふっと微笑んだ。

「たまにあなたに研いで頂くことはできますか」
「……できるが、俺はそうそう里を出ねぇぞ」
「では、休暇の間にそちらへ参ります」


「実は…手先が、とてつもなく不器用なのです。刀の手入れも、あまり上手くなくて」
「はーん、そういうことか」

「刀鍛冶の里に行きてぇっつったら、あの黒子の奴らが勝手に連れてってくれるだろうよ」



「お待ち下さい」


「私などのために、こんなにも素晴らしい刀を……本当に、ありがとうございます」

 深々と丁寧に下げられた小さな頭と、床に三つ指を付く硬く鍛え抜かれ分厚い手。てんで対照的な不釣合いなそれに、鋼鐵塚はひょっとこの面の奥でぎりりと奥歯を食い縛る。

 こんな女が、顔も良ければ頭も良い、器量良しに違いないこんな女が、鬼殺の道へとその身を堕とすのか。何かとてつもなく重たいものを抱えているということは、鋼鐵塚とて分かった。しかし、手先が不器用だという欠点だって、それを全て抜きにしても娶りたいという男は星の数程いよう。
 不可抗力とは言えどもその瞬間に立ち会ってしまっている己に、嫌気が差さないかと問われれば確かに答えに詰まる。

 だが、鋼鐵塚は骨の髄まで刀鍛冶だ。刀鍛冶としてやるべきことは全身全霊を懸ける。己に渦巻くやり切れない感情も、鬼への憎悪も執念も何もかもを、ただひたすら全てを刀に打つけるのみ。どんだけ大人気のない癇癪持ちであっても、鋼鐵塚は刀匠としてはこの上なく優秀なのだ。


「オイ、志半ばで死なねえと誓え」

 この死にたがりの女に、手枷足枷となってやろう。

「例えこの手指が斬り落とされようとも、腕や脚が斬り落とされようとも──私はこの刀を最期まで振るい鬼を滅すると、あなたに約束します」

 弓なりに細められた翡翠に、鋼鐵塚は思わずゴクリと息を呑み込んだ。

 朱殷に翡翠。どちらも美しい。

「例え私が首だけになろうとも、鬼へ噛み付いてやります」
「…それだと刀使ってねえだろうが」


[newpage]


 深くスリットの入ったロングスカートであった。

「………」
「………」
「………」

 三者三様の面を晒す。

「……これ、私の隊服ですよね」
「……ああ、そのはずだが」

 ユラァと背に般若を背負った成瀬が立ち上がる。


「………あの男め。許さん」



「俺が責任を持ってちゃんとした隊服作らせて来ますんで」
「ああ、頼む」
「…あの、別に私それでもいいですけど」
「「良くない」」

「裁縫係に前田という男が入ってなぁ…ソイツがとんでもねぇゲスなんや」
「とんでもねぇゲス…」

 成瀬のそれを泉が反芻する。基本温厚な成瀬にここまで言わすことの出来る人物がいるのだ。


「…成瀬、頼むぞ」
「お任せ下さい」



「そんな大袈裟な…」
「大袈裟ではない」

「隊服は、」


「女がみだりに肌を晒すな」

 また“女”とやらか。



「行冥。泉の最終戦別突破、おめでとう」




[newpage]


「泉ちゃーん、しのぶちゃんから手紙やで〜」
「…手紙?」

 泉は生まれてこの方というもの、手紙という手紙を受け取ったことがない。唯一貰ったと言えば、あの時受け取った母からの平仮名だらけの手紙のみである。


「…て、がみ」
「ほらほら、開けてみ」

 几帳面に折り畳まれた手紙を、そろりと開く。手触りの良い高級そうな和紙には、これまた非常に流麗な字が行儀良く並べられていた。


前略 嘴平泉様

春嵐の候、ますますご隆盛のこととお慶び申し上げます。

お元気でいらっしゃいますか。直ぐにお手紙をと思いながらお礼が遅くなってしまったご無礼を、どうかお許しください。

私は元気に過ごしています。悲鳴嶼様に紹介して頂いた育手のお方は、身一つで来た私に本当に親切にして下さっています。

さて、この度こうして手紙を送らせて頂いたのは、あなたにお会いしたいと思った次第なのです。

そちらに行く用があるのですが、もしもお時間宜しければお会いしませんか。
生前、父母の薬の調合を贔屓にして下さっていたお得意様に、ご挨拶も兼ねて出向こうと思っているのです。

ご足労願えますようであれば、是非その旨お返事下さい。
ご多忙と拝察いたしますが、何卒良いお返事をお待ちしております。

桜花爛漫の候、皆様のご多幸を心よりお祈り致します。

早々 胡蝶しのぶ


「……」

 しのぶは非常に達筆であった。何て綺麗な手紙なのだろうと泉は目を瞬かせる。時候の挨拶や結など泉は何一つとて知らない。己と同い年だとは到底思えない。
 しかし、この手紙一つからも感じ取ることができる程のしのぶの女子ながらに高い教養は、胡蝶家が未だ幸福であった頃を思い描かせるには充分で、泉は歯噛みした。


 鬼という[[rb:生 > モ]][[rb:物 > ノ]]に対する憎悪の火種が、徐々に己の中で沸々と生まれてくるのが分かる。


「うわぁ…しのぶちゃんって、めっちゃ綺麗な字書きはるねんなぁ…」

 横からチラリと覗き込んできた成瀬が感嘆の溜め息を吐く。

「しのぶちゃん、何やって?」
「……会えないかって」
「おっ、ええやん。悲鳴嶼さんに言うてお休み貰っといで」
「……で、も」
「会えるうちに会っとき。泉ちゃん、自分はこれから鬼殺隊員になるんやで。休みも自由には取られへんのやから、今のうちに会っといた方がええよ」

 そうやなぁ、手紙が届くのが半日後って考えたら二日後とか?そうぼやきながら勝手に予定を組み出した成瀬に、泉は何とも言えない顔をした。悲鳴嶼からも存外すんなりと許可を貰い、泉はドギマギしながら漸く筆を取ったのであった。


「……」

 不格好だ。漸く書き上がった手紙を両手で顔の真正面まで持ち上げて、むむむと眉根を寄せて睨み付ける。
 泉は文机に向かう作業が一向に苦手で──と言えば聞こえは良いが、とどのつまりは大嫌いであった。資料や小説を読むことは好きではあるが、それ以外は総じて好きではない。

 紙の上で蚯蚓がのたくったようなとんでもない悪筆に加え、あろうことか字の中心が揃って左斜めに曲がってしまっている。そして止めとばかりにいくつもの墨擦れの痕。

「おっ、だいぶマシになったやん」
「……これで?」
「おん、前までは読めへんかったやろ?初めてアレ見たときは画期的な暗号かと思ったけど、今は辛うじて読めるもん」

 成瀬の歯に絹着せぬ物言いが、本人とて気が付いていない泉のなけなしの乙女心をしかと撃ち抜く。不本意ここに極まれりという顔を晒す泉であったが、これ以上書き損じを繰り返していると日が暮れてしまう。泉はそれをせめてと丁寧にくるくると丸めて、行儀良く待ち構えていた疾風へと差し出した。

「疾風、お願い」
「カシコマリマシタァ」


「……読めるといいけど」
「しのぶちゃん、あれでいて薬学に精通しているらしいで。案外ゲテモノには知見or覚えあると思うから安心し」
「……ゲテモノ」

 酷い言い様だが事実なだけに反論出来ない泉は、じっとりと恨みがましい目で成瀬を睨むだけに留めたのであった。





「泉、こっちよ!」
「!」



「おめでとう!最終選別に合格したのよね?」

 キラキラと輝く瞳で手放しに褒められてしまうと、泉とて腰が引けてしまう。


「もう一人、凄い人がいたから…たまたまよ」


「全く、素直に認めたらいいじゃない。自己嫌悪もそこまでいくと逆に嫌味になるわよ」
「……」

 僅かな声色の変化とて、人の機敏に鋭い泉は決して見逃さない。


「……何か、あったの」
「ッ」



「私──鬼の頸が、斬れないみたい」
「!!」


「突きの筋は良いって言われたわ。でも、身丈が低過ぎるって。…筋肉の量が、圧倒的に足りないの」

 頭ひとつは低い位置にある華奢な身体を見つめる。顔を俯かせている為に、その表情は窺え知れない。
 しのぶのやり切れない思いが、その全身から伝わって来る。

「──育手の方に、鬼殺の道は諦めろと言われたわ」


「どうしても鬼が許せないなら、鬼殺隊に入りたいなら、隠になる道もあるって」


「……鬼の頸が斬れないなら、他に方法を探せば良い」
「!!」

「な、何を」
「師範は、刀を使うよりも鎖斧の方が有効だから、刀は使わない」




「私も今はこの刀だけど、この前刀匠の人に言われた。もっと身丈が伸びて、体が女になるから…いずれ、この刀は合わなくなるって」

「その時私は、この刀を手放さなきゃいけない。慣れ親しんだ得物を手放すことって、私が思っている以上に大変みたい。…でも、きっと躊躇はしないと思う」


「──死ぬまで師範のために鬼の頸を狩るって、決めたから」

 [[rb:暗 > あん]][[rb:澹 > たん]]たる瞳に、しのぶは思わず身震いをした。

 泉の過去を、しのぶは知らない。ただ、己のような普通の幸福な人生ではなかったことだけは分かる。


「私を焚き付けたのは泉でしょ!そう言ったからには責任持って付き合ってもらうわよ!」
「………」

 そんな理不尽な。泉はそう思ったが、元気を取り戻したらしいしのぶの手前、言葉には出さずに飲み込んだのであった。

「……何か手伝えることがあるといいけど」
「手先には別に期待していないから大丈夫よ」
「………」

 そんな理不尽な。言外に不満な顔を晒していたのか、しのぶはそんな泉の顔を見て心底可笑しそうに声を上げて笑ったのであった。


──泉が鬼殺隊員としての初任務に出立する日取りは、後二日にまで迫っていた。


[newpage]


「…じゃあ、頑張ってね」


「お願いだから──死なないで」

「」

 大きく手を振るしのぶに、泉も手を振り返す。別れた泉が町から



[newpage]





「……これは?」
「地図だ。日本全土分ある」

 過保護が過ぎないか。そう言いたくなるのを何とか抑えて堪えてぐっと飲み込む。


「…手紙は、できるだけ頻繁に書きなさい。成瀬に読んでもらう」

 輪郭を通って顎から溢れるそれは、さっき言った通り涙であった。

 綻びる顔をそのままに、頭を撫でる手に擦り寄る。
 泉がすりすりと擦り寄ると、悲鳴嶼の手がその頬に添えられる。子猫を撫でるような優しい触れ方で、親指が目尻を滑る。顎を包むように撫でられると、擽ったくてくつくつと笑い声が漏れた。


「…師範。今まで、ありがとうございました」

 目からどばりと流れる涙は、止まらぬどころか勢いを増していく。

「今生の別れのようなことを、言うな…」
「ふふ、これもけじめですから」




「こうしよう紅緒。お前のその命、惜しくないのなら俺にくれないか」
「…?」
「お前が進んで怪我をしに行くのは自分の命に無頓着だからだろう。それならば、今日からは兄であるこの俺にその命を預けてくれ」

杏寿郎が言わんとしている事の意味が理解できて、紅緒は再び涙を流した。

「今後、俺に預けた命を勝手に粗末にする事は許さない。俺の許可無く死にに行くな」





「手紙、書き過ぎるくらい書くんやで…ッグズ、鎹鴉が、もうええ加減にせえって文句言うくらいに、ヒック、い、いっぱい書くんやで…」
「うん、分かった」
「怪我したら、ちゃんと治療するんやで…」



[newpage]




「──地獄へ道連れだ」







-続 -


[newpage]


嘴平泉
精神的に弱いが根本的には脳筋。

- 1 / 13 -
春風