鬼滅の刃 - 春風


【新鬼滅/伊之助姉】3


「悲鳴嶼の旦那ァ」

「やぁっと泉を継子にしたんだってな」
「…ああ」
「どうだい?調子は」

「…紛れも無い強者だ」


「何だったか?アイツの拾壱の型の名前」


「ひと目拝むと良い。恐らく──一生忘れられぬ」





──“岩柱が美人嫁を娶った”
 そんな噂が、鬼殺隊内に駆け巡った。好色な隊士や隠からは話題の的になっていた。

 事実、継子となった泉は岩柱邸にて掃除炊事洗濯を全て行い、任務、鍛錬と買い出し以外は滅多に外出することはなかった。大した趣味もない為、町へ出ようという考えが浮かばないのだ。

 そして、泉の顔は非常に整っていた。頭の弱い男性隊員や隠達からは、事実そういう目で見られていた。

 好奇心に駆られた男子隊員や隠は、岩柱邸へ有る事無い事用事をこじ付けて足を運んだ。しかし。


「アレは嫁なんかじゃねぇ…!!きっと岩柱様の継子だ…!!」

 曰く、あの岩柱の岩を一町動かすという課題を難なく遣って退けていたとか。
 曰く、あの岩柱と薙刀を振り回して手合わせをしていたとか。
 曰く、あの岩柱と体術の稽古をしていただとか。


 泉は今日も無心で、薙刀を振るう。




 それだけすごいのであるのならば、無論尊敬される。大体、継子になる時点で凄いのだ。柱が認めた優秀な隊士、元来の才覚に加え柱から指導を受けている為に隊士の中でも破格の力を持っているのが継子である。継子になりたくてもなれない隊士も多々いる。数多くいる隊士達の中でも、泉はとても優秀だった。だからこそ泉岩音柱の継子として選ばれた。女性で、けして屈強とは言い難い線の細さだというのに、泉は誰よりも優秀であった。それ故になのか、今では女性隊士の憧れの象徴となっている。




「嘴平泉様、ですよね」


「はいっ!今回お供を仰せ使いました、隠の伴野と申します!」








*****

「階級甲の嘴平泉です。今回は現場指揮を担当致します」


「あの岩柱の継子だ…」


「…階級辛の獪岳です」


「あなた方三人はそのまま待機を。後に来る隠へ状況報告をお願いします」



「獪岳さん、ですね。あなたは来て頂けますか」

「あの…何故、獪岳を?」
「実力があるとお見受けしたからですが」


「……私は壱の型が何なのかは知りませんが、それがなくてもこの人は強いと判断しました」

「でもコイツは、仲間を見捨てたんだ!!」
「…この鬼殺隊において、命の取捨選択は必要だろうと思いますが」

「ですが、仲間を見捨てたとは少々聞き捨てなりません。後程詳しくお話を伺わせて頂きます」


「引き際も大切ですが、私と彼であればあの鬼三体は倒せます。そして、ここはあなた達で耐え凌んで下さい。可能ですが、油断は禁物です」


「地の呼吸 壱の型──」



「…敬語はなくても構いませんよ」
「…ならお前もだ」


「お前、俺を庇ったつもりかよ」
「…庇う、とは?」



「私は親殺しをした咎人よ。そんな良い人間じゃないわ」


「…鬼になった親を殺したくらいで、悪い人間とは言わねぇだろ」
「人間だった父と祖母を殺したの。首と四肢を斧で落とした」
「──!!」

 獪岳が目を剥いたのが分かったが、泉はそのまま淡々と続けた。

「家庭内暴力の絶えない呑んだくれの父と、家事と仕事の全てを強要する祖母を殺した。花街に売られる前日に体を暴かれそうになって気持ちが悪かったから、父の四肢をもぎ取った。事切れた父を見て錯乱して訳の分からない言葉を喚いて煩かったから、祖母の首を斧で落とした」


「何故まだ私は生きているのだろうと考えて海へ向かっていたら、鬼に遭遇した。気持ちが悪いから斧で何度も八つ裂きにした。そこに前炎柱が来た」

「腹の底から怒りが湧き上がるの。鬼ではなく、人間に対して」


「あなたからは、底無しの沼のようなものを感じる」



「あなたは、何をしたの」


「俺は昔、お前の師範の寺で保護された」

「藤の香を消した」
「…そう」


「満たされないも何も…私には満たさなければいけない何かなんて、生まれた時から元より存在しないわ」


*****

「戦うことが怖くはないか、と問われたことがある。女なのだから刀なんぞ持たずに所帯を持てとも言われたことがある」

「それを──私が一体いつ望んだ」


「俺も、見つけた」


「お前が死ななきゃいけねぇ時に、俺も一緒に死んでやる」

「…何よ、それ」
「俺が勝手に決めたことだ。お前は気にするな」



*****


まともな食生活を送ったことで、泉は本来の体型を取り戻していた。

身長はすらりと伸びて、筋肉がつく。女性らしい曲線美、



「階級甲、嘴平泉。只今参りました」


「君に尋ねておきたいことがあったんだ」



「君に、弟はいるかい?」
「──!!」


「…はい、いました」

「母は、まだ乳飲み子の弟を連れて、家を出て行きました」

「上弦の弐の」


「…そう、ですか」


「私は、母に似て感覚が鋭い。恐らく、母は…教祖の違和感に気が付いて、宗教から抜け出した所を殺されたのだろうと思います」

確か名前は──新興宗教「万世極楽教」

「…そこへ、私を行かせてみてはいかがですか」


「(上弦であれば、顔は記憶を辿れば思い出すことでしょう。)私は、母と顔立ちが似ています。確実に罠に掛かります」


「…お役には立てないかもしれませんが、囮にくらいはなれます」
「いいや、私が許さない」
「何故?策としては非常に合理的だと思いますが」

「いい加減にしなさい」


「お館様、申し訳ありません。…半刻で良い、時間を頂けないでしょうか」
「ああ、もちろんだよ」


「泉──来なさい」
 二の腕を掴まれる。この人に、このような強い力は初めてだった。



「泉、かこちらを見なさい」


「分かっていないようだから、改めて言う。…君は、私の継子だ」


「…あなたに、大切にしてもらう価値が私にあるとは到底思えないのです」
「それは、私が決めることだ」



「…なんで、そんなに優しくするの」

「私なんか、そのうちに死ぬ人間なのに、価値のない人間なのに」



「君を、大切に思っているからだ」


「……私には、本当に分からない。私なんて、碌でもない人間なのに」
「それは、君が決めることではない」

「疲れただろう、先に屋敷へ返っていなさい」
「…はい」
「湯汲みも先にしていなさい。夕飯は既に手伝いに頼んでいる」
「です、が」
「先に入っていなさい」
「……はい、師範」

*****

「おーおー、派手に仲良くなってんじゃねーの」

「元から派手な顔立ちをしていたが、こりゃまたド派手な美人に成長したな」
「まともな食事をしていなかったようですし、その分成長が早いのでしょうね」

「元々顔立ちは整ってはいたが…まさか、あそこまで化けるたァな」
「可愛いは正義よ!」


この手の話題は苦手なのか、むっつりと押し黙っている。


「アイツは──その使いどころを分かり過ぎている。昔の雛鶴と一緒だ」



「…危ういな」


「すまない、時間を割いた」


「いいや、構わないよ。行冥、話はできたかい?」
「…はい。言い聞かせてきました」
「泉は納得していたかい?」
「いいえ。また屋敷で説教をせねばなりません」


「少し話は逸れるが、このまま行冥から泉についての報告を聞こうか。皆、構わないかな」
「異論ありません」

武器を変えた泉は、

「一言で纏めるなれば──圧倒的な実力者です」


「一太刀で鬼十数体の首を飛ばす力があり、異形の鬼の能力の状況判断にも優れており、指揮官としての才能もあります。気配に敏感で、その精度も素晴らしい」

「しかし、そのどれもが──全て、自分の命を顧みないことを前提した上で成立している」

「有事の際には、平気で己の命を投げ打ち、肉の壁となるでしょう」


「女の子にしか分からないことも、きっとありますよ。悲鳴嶼さんがひと月お留守の間、私に任せて頂けないかしら?」



「まだ、布団では寝ようとしない」

「成瀬以外の隠が出した料理は、あまり食べない」



*****

「カナヲと手合わせをしてあげてくれない?」


「……」
「……」

「あの子、やっぱり更に強くなったわね」
「ええ。上背もあるし、何よりも…筋力に恵まれているわ。流石、悲鳴嶼さんの継子ね」


*****





「…階級甲、嘴平泉」


「俺は猪の母ちゃんに育てられた」




遊郭で伊之助が真実を知る。





「……私は、父と祖母を殺したの」

「で?何があったんだよ」
「……。怒ら、ないの?」

「お前、俺よりよっぽど頭良さそうだし、考えなしで殺すようなそんな馬鹿じゃねーだろ。それくらい、俺だって気配で分かる」

「俺は、父ちゃんも婆ちゃんも知らねぇ。その母ちゃんとやらのこともよく覚えてねぇしな」

「だから…お前が俺に罪悪感抱く必要なんて、全くねぇ」


「──姉貴って呼ぶからな!!」

「ああ??!!文句あっかよ!!」


「あのなぁ!!このお方は先輩なんだぞ??それも階級甲の!!それに、ある日唐突にこんな綺麗で素敵な姉上ができるとか、お前ばっかりズルいだろーがァアあああ!!!羨ましい!!妬ましい!!俺なんか捨て子に加えて女に騙されて借金だ!!挙げ句の果てには碌でもねぇ兄弟子に散々ボロカスに言われて生きてきたんだぞ!!お前だけにこんな綺麗なお姉さんができるとか絶対に許さねぇええええ!!!」
「ウルセェエエエエ!!!何言ってんのか分かんねーよ!!」

「私が今日まで生かされたのは、この日の為だったのかもしれない」

*****

「──私の弟に、手を出すな」


「俺は女には手を出さない」
「へぇ?女に負けることが怖いの?」

「──ッ!!」
「…女だからと、非力の無能だと決め付けないことね」



「お前も鬼にならないか」


「鬼にならずとも、私は元より咎人なの。間に合っているわ」


「と、が…に…ん」
「……?」



薙刀で肩を突き刺す。


「チッ」

「…私が蝶屋敷へと運びます。それが一番速いでしょう」


「煉獄さん…!!」


「嘴平少女……あり、がとう」


******


「…血鬼術?」

「獪岳はご子息様一同を、カナヲは結界をお願い」
「了解」
「分かった」



「先程あなたの右腕を切り落とした一瞬に、結界の右側に僅かな綻びが見えた」
「──ッ!!」
「…へぇ、図星のようね」


「カナヲ、コイツと結界は連動している。獪岳、きっとそっちに肉片やらが飛び散るから、しっかり叩き割って守ってね」
「分かってる」


「あら、もう終わり?」


「ねえ、私はまだあなたに聞かなきゃいけないことがあるの」


「あなたは、どうやってここを見つけたの?」


「ッ、グァァァアアアア!!!」
「聞こえなかったかしら。もう一度聞くわよ」

「これは問い掛けの形を成しているけれど、勘違いしないでね。これは──命令なの」


「あなたは何故、鬼舞辻なんて人にそんなに心酔しているの」

「あんな、高みから命令するだけのつまらない男に。あなたは鬼舞辻のためにこんなに体を張って頑張っているのに、あんまりじゃなくて?」

「手足は労られることなく早々に切り捨てられるのよ。…可哀想ね」


「ねえ、私の目を見て?」
「ヒィッ…!」

「ねえ、教えて」

「あなたは何故、ここに入ることができたの」


「……そう」


「詳しく話してくれて、ありがとう。地獄で会いましょうね」

「ええ、私もすぐに行くわ」
「ああぁ…!!女神様…!!」

「せめてッ!!せめて、あなた様のお名前を…!!」
「──ただの罪人よ」


「お前みたいな性悪が女神様だってよ」
「…外面が良いって得ね。その一点だけは父に感謝するわ」

「……あの呼吸は、何」
「弟は獣の呼吸と呼んでいたわ」



「謝っても、罪は消えないことは分かっています」



「…死に場所を、見つけたのか」
「…はい」

「コイツ──嘴平泉が死ぬ時に、俺も一緒に死ぬことにしました」

「…別に私は了承などしていないわ。一人で死なせて」
「咎人は咎人を道連れにして死ぬんだろ。だったら俺も連れて行け」



「…地獄って、一体どんなところかしらね」
「さぁな。どうせ鬼舞辻も来るだろうから、苦しんでるザマ見て嘲笑ってやろうぜ」
「性悪」
「お前もな」


仄暗いが、そこには強固な信頼関係が築かれている。



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