鬼滅の刃 - 春風


悲鳴嶼行冥は、一般の鬼殺隊士が用いる日本刀ではなく、片手用の戦斧に鋼球鎖をつないだ鎖鎌ならぬ「鎖斧」とでも呼ぶべき、特殊な形状をしている。
全ての部位が日輪刀同様に猩々緋砂鉄で打たれているのは言うまでもなく、特殊な製法で陽光が極限まで蓄積されており、大質量の鋼球のみならず鎖でさえも首を絞めれば、鬼に致命傷を与え得る。

加えて悲鳴嶼は、この鎖の金属擦過音を、全周囲へ響かせる事でアクティブソナーとして用い、広域空間を立体的に把握するための“目”としても利用している。 総じて最強の鬼殺具として完成しており、そしてまた“最強の鬼狩り”が“最強の武器”を持つ事は、『戦力集中の法則(ランチェスターの法則)』に適っている。

鬼殺隊最強戦力と名高い悲鳴嶼は、滅多に怪我をしない。万が一軽く怪我をしたとしても、そのまま放っておくこともしばしばである。治療をせずとも大概は治ってしまうからだ。深い傷であれば、感染症の類もある為に治療はするが、そのような傷を彼に与えられる程、出会った鬼たちは強くはなかった。


「…怪我は、そのままにしておくのですか」


「簡単な手当てであればできます。…家にいた時は、母の手当てをよくしていました」

「君は、哀れまれたくはないだろう」
「…ええ。私はただの罪人ですから」

「…君の母は、どのような人だったんだ」

「あまり、よく覚えていません。ですが…」

「彼女もまた父に暴力を振るわれ、祖母に虐げられていました」

「若い母でした。きっと望まぬ婚姻だったのでしょう。…恐らくですが、私を生かすための婚姻だったのだろうと思います。愛とやらをあの家庭からは微塵も感じ取れませんでした」

「過酷な生活だっただろう」
「…そうなのでしょうか。私には、暴力と多忙に耐えれるだけの体がありましたから。とは言えども、結局は手に掛けてしまいましたが」


「罪人が罪人を首を狙い鍛錬を重ねるなど、世も末ですね」
「…」

*****

「君が食事をせぬと言うならば、私も野山で獲物を探すとしよう」

「君が布団で寝ぬと言うならば、私も地面で寝るとしよう」


「食べなければ、体が持たない。成長もしない」


「食べなさい、寝なさい。過去の君がどうであったにせよ、今の君は鬼殺隊員だ。体が資本だ」


「胃が食事を受け付けないのであれば、少しずつで量を増やしていけば良い。布団が落ち着かないのであれば、まずは廊下や畳で寝れば良い」


「……畳がいいです」
「──!!」
「布団を被ると、近付く気配に気付けません」
「…それで良い」

*****


“岩柱が美人嫁を娶った”
そんな噂が、鬼殺隊内を駆け巡った。

事実、泉は岩柱邸にて掃除炊事洗濯を全て行い、鍛錬と買い出し以外は滅多に外出することはなかった。

泉は、顔は非常に整っていた。頭の弱い男性隊員や隠たちからは、事実そういう目で見られていた。

好奇心に駆られた男子隊員や隠は、岩柱邸へ有る事無い事用事を付けて足を運んだ。しかし。

「アレは嫁なんかじゃねぇ…!!きっと岩柱様の継子だ…!!」
曰く、あの岩柱の岩を一町動かすという課題を難なく遣って退けていたとか。
曰く、あの岩柱と薙刀を振り回して手合わせをしていたとか。
曰く、あの岩柱と体術の稽古をしていただとか。

薙刀を振るう。

*****

「階級戊の嘴平泉です。今回は現場指揮を担当致します」


「あの岩柱の継子だ…」


「…階級辛の獪岳です」


「あなた方三人はそのまま待機を。後に来る隠へ状況報告をお願いします」



「獪岳さん、ですね。あなたは来て頂けますか」

「あの…何故、獪岳を?」

「実力があるとお見受けしたからですが」

「……私は壱の型が何なのかは知りませんが、それがなくてもこの人は強いと判断しました」

「仲間を見捨てたんだ!!」
「…この鬼殺隊において、命の取捨選択は必要だろうと思いますが」


「引き際も大切ですが、私たちであればあの鬼三体は余裕で倒せます。そして、ここはあなた達で耐え凌んで下さい。可能です」


「地の呼吸 壱の型──」



「…敬語はなくても構いませんよ」
「…ならお前もだ」


「お前、俺を庇ったつもりかよ」
「…庇う、とは?」



「私は親殺しをした罪人よ。そんな良い人間じゃないわ」


「…鬼になった親を殺したくらいで、悪い人間とは言わねぇだろ」
「人間だった父と祖母を殺したの。首と四肢を斧で落とした」
「──!!」

獪岳が目を剥いたのが分かったが、泉はそのまま淡々と続けた。

「家庭内暴力の絶えない呑んだくれの父と、家事と仕事の全てを強要する祖母を殺した。体を暴かれそうになって気持ちが悪かったから、父の四肢をもぎ取った。事切れた父を見て錯乱して訳の分からない言葉を喚いて煩かったから、祖母の首を斧で落とした」


「何故まだ私は生きているのだろうと考えて海へ向かっていたら、鬼に遭遇した。気持ちが悪いから斧で何度も八つ裂きにした。そこに水柱が来た」

「腹の底から怒りが湧き上がるの。鬼ではなく、人間に対して」


「あなたからは、とても深い〇〇を感じる」

「あなたは何をしたの」


「俺は昔、お前の師範の寺で保護された」

「…そう」


「満たされないもなにも…私には満たさなければいけない何かなんて、生まれた時から存在しないわ」


*****

「戦うことが怖くはないか、と問われたことがある。女なのだから刀なんぞ持たずに所帯を持てとも言われたことがある」

「それを──私が一体いつ望んだ」


「俺も、見つけた」


「お前が死ななきゃいけねぇ時に、俺も一緒に死んでやる」

「…何よ、それ」
「俺が勝手に決めたことだ。お前は気にするな」



*****


まともな食生活を送ったことで、泉は本来の体型を取り戻していた。

身長はすらりと伸びて、筋肉がつく。女性らしい曲線美、



「階級甲、嘴平泉。只今参りました」


「君に尋ねておきたいことがあったんだ」



「君に、弟はいるかい?」
「──!!」


「…はい、いました」

「母は、まだ乳飲み子の弟を連れて、家を出て行きました」

「上弦の弐の」


「…そう、ですか」


「私は、母に似て感覚が鋭い。恐らく、母は…教祖の違和感に気が付いて、宗教から抜け出した所を殺されたのだろうと思います」

新興宗教「万世極楽教」

「…そこへ、私を行かせてみてはいかがですか」


「上弦であれば、顔は記憶を辿れば思い出すことでしょう。私は、母と顔立ちが似ています。確実に絡んで来ます」


「…お役には立てないかもしれませんが、囮にくらいはなれます」
「いいや、私が許さない」
「何故?策としては非常に合理的だと思いますが」

「いい加減にしなさい」


「お館様、申し訳ありません。…半刻で良い、時間を頂けないでしょうか」
「ああ、もちろんだよ」


「泉──来なさい」
二の腕を掴まれる。このような強い力は初めてだった。



「泉、こちらを見なさい」


「分かっていないようだから、改めて言う。君は、私の継子だ」


「…あなたに、大切にしてもらう価値が私にあるとは到底思えないのです」
「それは、私が決めることだ」



「…なんで、そんなに優しくするの」

「私なんか、そのうちに死ぬ人間なのに、価値のない人間なのに」



「君を、大切に思っているからだ」


「……私には、本当に分からない。私なんて、碌でもない人間なのに」

「疲れただろう、先に屋敷へ返っていなさい」
「…はい」
「湯汲みも先にしていなさい。夕飯は手伝いに頼んでいる」
「です、が」
「先に入っていなさい」
「……はい、師範」

*****

「おーおー、派手に仲良くなってんじゃねーの」

「元から派手な顔立ちをしていたが、派手な美人に成長したな」
「まともな食事をしていなかったようですし、その分成長が早いのでしょうね」

「元々顔立ちは整ってはいたが…まさか、あそこまで化けるたァな」
「可愛いは正義よ!」


「アイツは──その使いどころを分かり過ぎている。昔の雛鶴と一緒だ」



「…危ういな」


「すまない、時間を割いた」


「いいや、構わないよ。行冥、話はできたかい?」
「…はい。言い聞かせてきました」


「少し話は逸れるが、このまま行冥から泉についての報告を聞こうか。皆、構わないかな」
「異論ありません」



「一言で言うなれば──圧倒的な実力者です」


「一太刀で鬼十数体の首を飛ばす力があり、異形の鬼の能力の状況判断にも優れており、指揮官としての才能もあります。気配に敏感で、その精度も素晴らしい」

「しかし、そのどれもが──全て、自分の命を顧みない前提の上で成立している」



「女の子にしか分からないことも、きっとありますよ。悲鳴嶼さんがひと月お留守の間、私に任せて頂けないかしら?」



*****

「カナヲと手合わせをしてあげてくれない?」


「……」
「……」

「あの子、強いわね」
「ええ。上背もあるし、何よりも筋力に恵まれているわ」


*****

「疾風、蝶屋敷へ報告を」
「了解した」


「あれれ〜??君の顔、見覚えがある」


「!!」
「…驚いた?私の体、母とは違ってとても丈夫なの」



「危なかったなぁ!!君、俺が今まで相手をした鬼殺隊の人の中で一番強いよ!!すごいなぁ〜!!」


泉の薙刀は、遠方からの攻撃を可能にする。つまり、上限の弐の攻撃を受け流すことが可能だ。


「うーん、君と僕との相性はあんまり良くないみたいだなぁ〜。君の薙刀、女の子が持つには随分と長過ぎないかい?」
「あなたには関係ない」


「もっと戦っていたかったけど、もう夜明けだ。また会おうね!あ、そうだ。君の名前は?」

「ただの罪人よ」

「なら余計に救ってあげなきゃ!」
「何故?──そんなもの、一体誰が頼んだ」
空気が冷え込む。本能的な恐怖に、童磨は警戒心を強めた。

「貴様の下らない自己満足に、私を巻き込むな」

「私の死に場所は、もう既に決まっている。罪人は、少しでもより多くの罪人を道連れに、とっとと地獄に行くだけ」




「花柱様、服をはだけますね」


「呼吸に集中していて下さい」

「姉さん…ッ!!!」
「このまま蝶屋敷へ運びます」



「……ッ、」
「花柱様は生きている」
「!!」

「お湯を沸かして、体を温めて差し上げて。体の芯から冷え切っている」

コクリと頷いたカナヲは、全力で

*****

「泉…!!」


「……私は、ただの擦り傷です」


「…手のあかぎれの方が、よほど染みました」


「君が無事で、本当に良かった…」

「…あなたに、鍛えてもらっていますから。簡単には死ねませんよ」


*****

「…階級甲、嘴平泉」


「俺は猪の母ちゃんに育てられた」


「……私は、父と祖母を殺したの」

「で?何があったんだよ」
「……。怒ら、ないの?」

「アンタ、俺よりよっぽど頭良さそうだし、考えなしで殺すようなそんな馬鹿じゃねーだろ。それくらい、俺だって気配で分かる」

「俺は、父ちゃんも婆ちゃんも知らねぇ。その母ちゃんとやらのこともよく覚えてねぇしな」

「だから…お前が俺に罪悪感抱く必要なんて、全くねぇ」


「──姉貴って呼ぶからな!!」

「ああ??!!文句あっかよ!!」


「あのなぁ!!この方は先輩なんだぞ??それも階級甲の!!それに、ある日唐突にこんな綺麗で素敵な姉上ができるとか、お前ばっかりズルいだろーがァアあああ!!!羨ましい!!妬ましい!!俺なんか捨て子に加えて女に騙されて借金だ!!挙げ句の果てには兄弟子に散々ボロカスに言われて生きてきたんだぞ!!お前だけにこんな綺麗なお姉さんができるとか絶対に許さねぇええええ!!!」
「ウルセェエエエエ!!!何言ってんのか分かんねーよ!!」

「私が今日まで生かされたのは、この日の為だったのかもしれない」

*****

「──私の弟に、手を出すな」


「俺は女には手を出さない」
「へぇ?女に負けることが怖いの?」

「──ッ!!」
「…女だからと、非力の無能だと決め付けないことね」



「も鬼にならないか」


「鬼にならずとも、私は元より罪人なの。間に合っているわ」


「ざ、い…に…ん」
「……?」



薙刀で肩を突き刺す。


「チッ」

「…私が蝶屋敷へと運びます。それが一番速いでしょう」


「煉獄さん…!!」


「嘴平少女……あり、がとう」


******


「…血鬼術?」

「獪岳はご子息様一同を、カナヲは結界をお願い」
「了解」
「分かった」



「先程あなたの右腕を切り落とした一瞬に、結界の右側に僅かな綻びが見えた」
「──ッ!!」
「…へぇ、図星のようね」


「カナヲ、コイツと結界は連動している。獪岳、きっとそっちに肉片やらが飛び散るから、しっかり叩き割って守ってね」
「分かってる」


「あら、もう終わり?」


「ねえ、私はまだあなたに聞かなきゃいけないことがあるの」


「あなたは、どうやってここを見つけたの?」


「ッ、グァァァアアアア!!!」
「聞こえなかったかしら。もう一度聞くわよ」

「これは問い掛けの形を成しているけれど、勘違いしないでね。これは──命令なの」


「あなたは何故、鬼舞辻なんて人にそんなに心酔しているの」

「あんな、高みから命令するだけのつまらない男に。あなたは鬼舞辻のためにこんなに体を張って頑張っているのに、あんまりじゃなくて?」

「手足は労られることなく早々に切り捨てられるのよ。…可哀想ね」


「ねえ、私の目を見て?」
「ヒィッ…!」

「ねえ、教えて」

「あなたは何故、ここに入ることができたの」


「……そう」


「詳しく話してくれて、ありがとう。地獄で会いましょうね」

「ええ、私もすぐに行くわ」
「ああぁ…!!女神様…!!」

「せめてッ!!せめて、あなた様のお名前を…!!」
「──ただの罪人よ」


「お前みたいな性悪が女神様だってよ」
「…外面が良いって得ね。その一点だけは父に感謝するわ」

「……あの呼吸は、何」
「弟は獣の呼吸と呼んでいたわ」



「謝っても、罪は消えないことは分かっています」



「…死に場所を、見つけたのか」
「…はい」

「コイツ──嘴平泉が死ぬ時に、俺も一緒に死ぬことにしました」

「…別に私は了承などしていないわ。一人で死なせて」
「罪人は罪人を道連れにして死ぬんだろ。だったら俺も連れて行け」



「…地獄って、一体どんなところかしらね」
「さぁな。どうせ鬼舞辻も来るだろうから、苦しんでるザマ見て嘲笑ってやろうぜ」
「性悪」
「お前もな」


仄暗いけれど、そこには強固な信頼関係が築かれている。

- 1 / 13 -
春風