鬼滅の刃 - 春風
悪夢

「あっ、泉ちゃん!ちょっと寄ってきな!」

母が家を出て行って一ヶ月後。その間も、父と祖母は躍起になって母と弟を捜索していたが、母は随分と遠い所へ逃げたらしく、二人を見つけることができなかった。

身体の底まで滲み透るような寒さの中、私は身を縮こまらせて商店の並ぶ町を歩いていた。私が夕飯の材料の買い出しをする為に小銭を握り締めて町へ出ると、魚屋のおじさんに呼ばれて立ち止まる。


「これ…お母さんから泉ちゃん宛てに、うちに届いたんだ」
「ッ!!」

母に良くしてくれていた魚屋のおじさんを経由して、私の元へと手紙が届けられた。母が夜逃げしたというのは、既にこの小さな町全体に知れ渡っていた。そんな噂と好奇の視線に晒されて、父と祖母は更に荒れに荒れた。そして、その理不尽な怒りの矛先は、自然と私の方へと向けられた。

「……」

路地裏に隠れて手紙を開くと、差出人は母からである。手紙は、私を置いて行ったことに対しての謝罪の文章から始まった。どうやら機嫌の悪い父が、泣いている伊之助をうるさい!と言って乱暴に揺さ振ったことがきっかけとなり、いつもの家庭内暴力と嫁いびりに耐え兼ねて、衝動的に家を出てしまったらしい。その母は、山の奥にある新興宗教「万世極楽教」の門を叩き、今はそこに身を寄せているということ。そして、ここはとても良い所だから、私にもこっそりと夜中家を抜け出して来るように。さらには、万が一この手紙をあの二人に見られてはいけないから、これは読み終えたら燃やすようにと、未だ記憶に新しい丸みを帯びた字体で書かれていた。

「……」
──馬鹿らしい。

自分の手が小刻みに震えるのが分かった。少なくとも、この感情は歓喜ではない。母からの手紙、私が心の何処かで待ち望んでいたはずの手紙だ。しかし、憤怒だろうか、絶望だろうか──そのどれでもないような気がする。言い現しようのない憤懣と憎悪が、胸の底にどろどろとした蜷を渦巻く。

宗教などが信じられるほど、私はできた子どもではなかった。そんなものに縋り付いて生きていけるほど、私の人生は今までもこれからも、きっとそんなに楽ではない。そんなものに縋り付いたとて、何も変わりやしない。


「あああああぁあ!!!お前なんてッ!!アイツがお前なんて産むから、俺たちは、俺はこうなったんだァアア!!謝れ!!俺に謝れぇえええ!!!」

当然、父は荒れに荒れた。私は、家を出て行った母に代わって、父から暴力を振るわれるようになった。そして、祖母からは掃除炊事洗濯など家事の全てを完璧に熟すように、更には、余った時間は荷運びに働きに出るようにと声高に命じられた。小さな女子が運べる荷の量などたかが知れていたが、それでも私は徐々に力を付けていった。

私は、そんな生活を三年間強いられた。

人より体が丈夫であったことが幸いしたのかもしれない。私には、暴力と仕事と家事に耐えることのできる体があった。
貧しい生活であった。私が一から用意した料理は、父と祖母が米粒一つ残らず全て食べ尽くした。私は家の裏山に生えている草や木の実、仕掛けておいた罠に掛かった野生動物を捌いて焼いたり、食べることができるものであれば何でも食べて、ただただ生を繋げていた。知識もない為、毒のある草があったのか、その度にお腹を壊したり嘔吐したりはしたが、死にはしなかった。

私は、ある程度大人に近付けば、一人でこの家を出て行こうと考えていた。しかし、私が自身で稼いだ金は全て取り上げられていた為、私に自由にできる金は一文足りとも与えられはしなかった。その上、母の二の舞は避けるまいと、父と祖母は私を執拗に監視をするようになっていた。私の精神と身体は徐々に疲弊していった。

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春風