黒髪のウィーズリー成長記 - 春風
ホグワーツ特急

「いったい何をやっていたの?」

三人が逃げ去ったコンパートメントの扉から、栗色の髪の女の子が顔を出した。眉を顰めて不審そうにこちらを見ている。
それもそのはず、コンパートメントの床いっぱいにお菓子が散らばり、ロンはスキャバーズの尻尾を掴んでぶら下げていた。何かあったことは、側から見ても丸分かりである。

「コイツ、ノックアウトされちゃったみたい」
「…いいえ、寝ているわ」
ロンがつまみ上げたスキャバーズを見て、ランは呆れたように言った。

「二人とも、マルフォイに会ったことあるの?」
不思議そうにロンが尋ねたので、ハリーとランはそれぞれのダイアゴン横丁での彼との出会いを話した。

「僕ら、あの家族のことを聞いたことがるよ。『例のあの人』が消えた時、真っ先にこっち側に戻ってきた家族の一つなんだ。魔法をかけられたって言ってたんだって。パパは信じないって言ってた。マルフォイの父親なら、闇の陣営に味方するのに特別な口実はいらなかったろうって」


ハリーにそう話すロンを横目に、ランは栗毛の女の子に目をやった。女の子と目が合うと、その子はハキハキとした口調で話し出した。

「あなた、さっきはいなかった子よね。私、ハーマイオニー・グレンジャー。よろしくね」
「私はラン・ウィーズリー、ロンの双子の姉だよ。よろしく」
「何かご用?」

握手を交わす二人にロンが口を挟むと、ハーマイオニーは三人へと捲し立てるように言った。

「三人とも急いだ方がいいわ。ローブを着て。私、前の方に行って運転手に聞いてきたんだけど、もうまもなく着くって。三人とも、喧嘩してたんじゃないでしょうね?まだ着いていないうちから問題になるわよ!」
「スキャバーズが喧嘩してたんだ。僕たちじゃないよ」
ロンは顰めっ面でハーマイオニーを睨みながら言った。

「よろしければ、着替えるから出て行ってくれないかな?」
「いいわよ──みんなが通路で駆けっこしたりして、あんまり子どもっぽい振る舞いをするものだから、様子を見に来てみただけよ」

ハーマイオニーはツンと小馬鹿にしたような声を出した。

「ついでだけど、あなたの鼻泥が付いてるわよ。気が付いてた?」


ロンはハーマイオニーが出て行くのを睨み付けていた。ランが窓から覗くと、外は暗くなっていた。深い紫色の空の下に山や森が見えた。汽車は確かに徐々に速度を落としているようだ。

そこで三人は、ランが女の子であったことを思い出した。手早く着替えてコンパートメントをハリーとロンに譲ったランは、少しその場から離れた。
車内にアナウンスが響き渡る。

「まもなくホグワーツに到着します。荷物は別に学校に届けますので、車内に置いて行って下さい」


*****

ランはいつも通りに平然としているが、ハリーもロンはこれからへの緊張と興奮からか、顔が青白く染まっている。連れ立った三人は、通路に溢れる人の群れに加わった。
汽車はますます速度を落とし、完全に停車した。列車の扉が開かれると、押し合いへし合いしながら小さな暗いプラットホームへと降り立つ。夜の冷たい空気にランも二人も身震いした。


「イッチ年生!イッチ年生はこっち!ハリー、元気か?」

生徒達の頭よりずっと高い位置でランプをもった森番であるハグリッドが、新入生を誘導すべく大声を張り上げていた。ホグワーツの新入生が全員ハグリットの周りに集まると、彼は一年生を在学生とは別のルートで、ホグワーツへと導いた。


「さあ、ついて来いよ──あとイッチ年生はいないか?足元に気を付けろ。いいか、イッチ年生ついて来い!」

新入生の皆は、泥濘みに滑ったり小石に躓いたりしながら、狭くて険しい小道をハグリッドに続いて慎重に降りて行く。見渡す限り右も左も真っ暗で、木が鬱蒼と生い茂っている。ランは時折、危うい足取りで転びそうになったハリーやロン、更に近くの女子生徒らを助けてやっていた。


「皆、ホグワーツがまもなく見えるぞ。この角を曲がったらだ」
ハグリッドがこちらを振り返りながら言った。

「うおーっ!!」
「!」

一斉に声が湧き上がった。ランも、その美しさに思わず息を呑んだ。
狭い道が急に開け、大きな黒い湖の畔に出る。向こう岸に高く山が聳え、そと天辺に──壮大な城が見えた。大小様々な塔が立ち並び、キラキラと輝く窓が星空に浮かび上がっていた。幻想的な光景に、ランのみならず皆がそれをうっとりと見つけた。


「四人ずつボートに乗って!」

そうハグリッドは岸辺に繋がれた小船を指差して、自分は一人でボートに乗り大声で指示を出す。
ハリーとロンが乗ると、そこにネビルとハーマイオニーが続いて乗った。

「あ、ラン!」
「大丈夫。違うボートに乗るわ」

心配そうに声を上げたハリーに、ランはひらりと手を振って一人でボートへと乗った。そこに続いて、黄土色の短髪とそばかすが特徴的な小柄な男の子が乗り込もうとした。
しかし、それをマルフォイが強引に押し退け乗り込んだ。続いて太った二人組が乗り込んで来たせいで、大きく船が揺れる。


「おい!落ちたらどうするつもりだ!気を付けて乗れ!」
二人に声を荒げたマルフォイに、ランは面倒臭そうに視線をやった。

「みんな乗ったか?よーし、では、進めえ!」
ハグリッドが大声を張り上げると、ボートが一斉に湖を滑り出した。


「……」

非常に美しい景色だ。ランがもう少し感受性の豊かな女の子であれば、きっと感動のあまり溜め息でも吐いていただろう。

「……」
「……」
しかしランは、ボートの一番先頭に腰掛ける自分が三人から見られていることに気付いていた。何故、このボートに乗ったのであろうか。しかしランは、彼らを完全に無視をすることに決めていた。

「その…」

しかし、そんな沈黙をマルフォイが破った。ランは前を向いたまま、チラリと横目で視線だけを彼に送る。

「…さっきは、悪かった。女性の体をあんな風に見たことは、悪かったと思っている」
「!!」

そう謝罪してみせたマルフォイに、ランはバッと勢い良く振り返り、彼の顔をまじまじと眺めた。

「あなた……酷く頭でも打ったの?」
「し、失礼だな!!」

マルフォイの顔がカッと赤く染まる。お坊っちゃまの割に、表情の変化が激しい子だとランは思った。

「頭、下げぇー!」
ラン達の乗った先頭の何艘かが崖下に辿り着くと、ハグリッドが掛け声を掛けた。一斉に頭を下げると、ボート船団は蔦のカーテンを潜り、その陰に隠れてぽっかりと空いている崖の入り口へと進んだ。クラッブとゴイルは二人とも反応が遅れて、頭頂部を岩にぶつけていた。
城の真下と思われる暗いトンネルを潜ると、地下の船着場が見えてきた。


「…君は、どうしてそうなんだ」

揺れる湖面を見つめながら、ポツリと呟くようにマルフォイは言った。

「君自身のことだろう。君はだって…明らかに、あんな赤毛でもないし、そばかすだらけでもない。知りたいとは思わないのか?」
「ええ。だって私は、紛れもなくウィーズリー一家の長女もの」

頑として譲ろうとはしないランに、マルフォイは小馬鹿にするように鼻で笑った。


「……不愍だな。あんな一家の長女にならざるを得ないだなんて、お気の毒様」

眉をピクリとさせたランは、またもや懐から素早く杖を取り出し、目にも止まらぬ速さで次はマルフォイの喉元へと杖先を突き付けた。


「──今後二度と、私の目の前でそれを口にしないことね」

相手が凍り付くような視線でマルフォイ睨み付ける。直後、ボートが麓の船着場へと到着した。
ボートを降りたランは、岩と小石の陸地へひらりと降り立ち、その場から颯爽と身を翻した。ぞっとするほどに冷た過ぎる視線に腰を抜かしたマルフォイは、暫くボートに座り込んだまま動けずにいて、ハグリッドに個人的に名前を呼ばれるまでそのままでいざるを得なかった。


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春風