黒髪のウィーズリー成長記 - 春風
初めての授業

魔法薬学の授業は、地下牢で行われた。そこは、ランが知る中では城の中にあるどの教室よりも寒く、壁にずらりと並んだガラス瓶の中に、アルコール漬けの動物がプカプカと浮いていた。
生徒達は皆、気持ち悪がって頑なにそちらの方向を見ようとしなかったのに対し、ランはそれを興味深げにしげしげと観察した。そんなランに、周りのレイブンクロー生もハッフルパフ生も「信じられない」「どうかしているわ」という視線を遠巻きに向けていた。

バンッ!!
扉を乱暴に開く音がしてそちらを向くと、眉間に皺を寄せたスネイプ先生が足早に教室へと入って来て、教壇へと立った。元々静かであった教室がさらに静まり返る。呼吸する音すら、この教室では大きく聞こえてしまうくらいであった。


「このクラスでは、魔法薬調剤の微妙な科学と、厳密な芸術を学ぶ」

出席を取った後、スネイプはまるで呟くように話した。そんな話し方であるにもかかわらず、生徒は誰一人として、その声を一言も聞き漏らすことはなかった。

「このクラスでは、杖を振り回すような馬鹿げたことはやらん。それを、これでも魔法かと思う諸君が多いかもしれん。沸々と沸く大釜、ユラユラと立ち昇る湯気、人の血管の中を這い巡る液体の繊細な力、心を惑わせ感覚を狂わせる魔力…。諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは、名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にさえ蓋をする方法である──ただし、我輩がこれまで教えてきたウスノロたちよりも、諸君がまだマシであればの話だが」

ぐるりと教室中を見渡して、スネイプは吐き捨てるように言った。真面目なレイブンクロー生やハッフルパフ生の多くはその演説に聞き入り、より一層に気を引き締めた。

*****

スネイプは生徒を二人組にして、おできを治す簡単な薬を調合させた。しかし、三人組のラン達は一人余ってしまう。オロオロとするパドマとアマンダの二人に、ランは微笑んで言った。

「大丈夫、パドマとアマンダは二人で一緒に組んで」

しかし、ランが周りを見渡しても、余っている生徒が見当たらない。そう理解したランはすぐに、黒板の前に立つスネイプの方へと歩いて行った。

「すみません、スネイプ先生」
「…ミス・ウィーズリー、何だね」
唸るような低い声であったが、ランは全く気にせずに続けた。

「人数の関係で、私は一人になってしまったのですが…一人で作成してもよろしいでしょうか」
「……構わん」
「ありがとうございます」

小さく頭を下げたランが再び席へと戻ると、パドマとアマンダが小さな声で「ごめんね」と謝ったが、ランは気にしないでの意を込めてふるふると軽く首を振って笑った。

*****

ランは早速、自分の錫製の大鍋と真鍮製計りなどを取り出し、魔法薬製作に取り掛かることにした。
干しイラクサを計量し、すり鉢には蛇の牙を六本入れて、砕いて粉状にする。硬い蛇の牙を磨り潰すことは中々に力のいる作業ではあったが、日頃から飛行訓練に励んでいたランにしてみれば、何てことなかった。それらを適切な温度と時間で熱した後に、杖を振って醸造する。
すると、目の前の男の子二人がこそこそと言い争っているのに、ランは気が付いた。

「おい、蛇の牙は五本だろ!」
「え、七本じゃなかったか?」
「…残念、六本だよ」

言い合いをしていたハッフルパフの男子生徒にランが小さい声で助言してやると、二人はランの方を見てホッとしたような顔をして礼を言った。そこから二人は何か喋りかけて来ようとしたが、スネイプの視線を感じて慌てて口を噤んだ。


ランが早々に角ナメクジを茹でる作業まで進めていると、長い黒いマントを翻しながら教室を縫うように見回り、それぞれ対して注意をしていたスネイプが、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくるのをランは作業を進めながら気配で感じ取った。

「……」

ランの鍋をちらりと横目で覗き込んだスネイプは、そのまま何も言わずに通り過ぎた。ランは鍋をゆっくりと正しい動作でかき回しながら、内心でホッと溜め息を吐いた。

スネイプはその代わりなのか、なめくじを気持ち悪がって中々触れずにいたマイケル・コーナーとテリー・ブートを叱り飛ばし、更には彼らを一点減点した。ランは火から下ろした大鍋に山嵐の針を入れながら、二人を不憫そうに見やった。


「…いい感じ」

大鍋を覗き込み、出来上がった薬を見て満足げに呟いたランは、少しだけ笑みをこぼした。目立たぬようにチラリと目線だけで周りを見渡すが、完成した生徒はまだいないようだ。それどころか、上手くいっている生徒がそんなにいる訳ではなさそうだとランは思った。
パドマとアマンダの大鍋からはパチパチと火花が飛んでいたし、目の前のハッフルパフの男子生徒二人は、大鍋をかき混ぜる方向を間違えたようで、泥々とした悪臭の漂う黒い液体になってしまっていた。

「出来上がった者は、薬瓶に入れて提出をするように」

スネイプがそう言った。
それを聞いたランは最後の作業に移った。ガラス製の薬瓶に、ピンク色の煙を立てる滑らかな液体を、零さぬように慎重に注ぐ。蓋をして教壇の方へと持って行き、こちらをじろりと見るスネイプへと提出をした。

「お願いします」
「……いかにも」

ランから薬瓶を受け取ったスネイプは、その蓋を開けて中身を確認した。その印象とは違い繊細な手付きをする人だと、ランは思った。
スネイプはスポイトを使ってランの薬を吸い取ると、教壇に置かれていた薄気味悪い人形の腕の肌にできた大きなおできに一滴ポタリと垂らすと、シューシューという音とともにおできが消え去った。
──成功だ。初めての魔法薬製作が成功に終わり嬉しくなったランは、パッと表情を明るくした。


「……レイブンクローに五点」
「、!?」

ランがガバッと顔を上げて、スネイプの顔を凝視する。まるで「マーリンの髭」だと言わんばかりの驚愕した表情をするランに、スネイプは眉間により一層皺を寄せ、口を開きかけた。

「…ありがとうございます!」

──ランは、スネイプに対してまるで花が綻ぶように笑った。
それには、流石のスネイプも何も言えなくなったようであった。

教壇に深く一礼をして、スキップでもしそうな勢いで席へと戻ったランを、レイブンクローもハッフルパフの生徒も、信じられないと言うように口をあんぐりと開けて見つめた。
その日の授業時間内に薬を上手く製作できたのは、ランの他レイブンクロー生が四組、ハッフルパフ生が二組だけであった。


──スネイプが、他寮の新入生に加点をした。
このある意味衝撃的な出来事は、それから当分の間、レイブンクローのみならず、ホグワーツの一年生全体の中で話題となったのであった。

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春風