黒髪のウィーズリー成長記 - 春風
新しい友人

火曜日の午後三時半、ランとパドマ、アマンダは他のレイブンクロー寮生と一緒になって、初めての飛行訓練を受ける為、正面階段から校庭へと急いだ。良く晴れた少し風がある日で、足元の草がさわさわと波立っていた。傾斜のある芝生を下り、校庭を横切って平坦な芝生まで歩いて行くと、校庭の反対側には“禁じられた森”が見え、遠くの方に暗い森の木々が揺れていた。
ハッフルパフ生は既に殆どが到着していて、数十本もの箒が地面に整然と並べられている。ランは、双子の兄のフレッドとジョージが学校の箒のことを零していたことを思い出した。高い所に行くと震え出す箒や、どうしても少し左に言ってしまう癖があるもの。
マダム・フーチが来た。白髪を短く切り、鷹のような黄色い瞳をしている。


「何をボヤボヤしているんですか。皆、箒の側に立って。さあ、早く」

きびきびとした先生に、レイブンクロー生とハッフルパフ生はそれぞれ慌てて箒の横に立った。
ランは自分の箒をちらりと見落とした。古ぼけていて、小枝が何本かとんでもない方向に飛び出している。しかしランは、久し振りに箒に乗れることが楽しみで、そんなことは全く気にならなかった。

「右手を箒の上に突き出して、そして“上がれ!”と言う」

すると、皆が「上がれ!」と叫んだ。
ランの箒は直ぐ様飛び上がってその手に収まったが、飛び上がった箒は少なかった。パドマの箒は地面をコロリと転がっただけで、アマンダの箒ときたらピクリともしない。アマンダの震え声なんて、箒なんかに乗りたくない、地面に足を着けていたいと思っているのが見え見えだ。
左隣にいるマイケル・コーナーの箒は上がっていたが、その隣のアンソニー・ゴールドスタインの箒はガタガタと小刻みに震えていた。左隣のマイケルと目が合ったランは、二人揃って噴き出してみせた。

「君、中々やるな」
「まだ箒が上がっただけでしょう」
余裕な様子の二人に、両隣のパドマとアンソニーは恨めしそうな目を向けた。

次にマダム・フーチは、箒の端から滑り落ちないように箒にまたがる方法をやって見せ、生徒達の列の間を回って、箒の握り方を直した。

「さあ、私が笛を吹いたら、地面を強く蹴って下さい。箒はぐらつかないように押さえ、二メートルくらい浮上して、それから少し前屈みになってすぐ降りて来て下さい。笛を吹いたらですよ──一、二の…三!!」

ランは地面から少しだけ浮上したが、皆そう上手くはいっていないようであった。パドマは箒に跨ってはいたが足は地面に着いたままだったし、アマンダなんて「上がれ!上がって!上がってってば!」と未だに叫んでいる。
そんな中、左隣のマイケルと目が合った。同じくらいの目線の高さに、ランとマイケルはお互いにニヤリと笑い、余裕の表情で地面へとひらりと舞い降りた。

そんな中、一人だけぐんぐんと高度を上げていく生徒がいた──ハッフルパフ生の、エロイーズ・ミジョンだ。

「こら、戻って来なさい!!」

先生のそんな大声を他所に、エロイーズはシャンパンのコルク栓が抜けたように、どんどんと勢いを付けてジグザグとあらぬ方向へと飛んで行く。エロイーズの首は赤子のようにガクガクと揺すぶられ、その姿が見る見る小さくなっていく。マダム・フーチの杖が振るわれるよりも先に──反射的に、ランは箒に飛び乗った。

「ミス・ウィーズリー!!」
マダム・フーチが甲高く叫ぶ声が聞こえる。周囲の生徒達も騒めいている。そんなことは気にも留めずに、ランは地面を思い切り強く蹴り、箒の柄にぴったりと身を伏せてエロイーズを猛スピードで追い掛けた。

──確か、あちらの方角には暴れ柳がある。

スピードに乗ったランは直ぐにエロイーズに追い付いた。エロイーズは、助けを呼ぶ声すらも出ないのであろう──箒の柄に何とか縋り付いて、真っ青な顔をしている。今にも落ちそうなエロイーズを見て、自分の箒に乗り移らせることは不可能だと諦めたランは、並走を止めて無理矢理エロイーズの方へ突っ込むようにして飛び込んだ。
ランのいる右側にバランスを崩したエロイーズの体を抱き止めて、何とか懐から杖を取り出す。

Immobulus動くな!」

ランが叫ぶと、エロイーズの箒はピタリと動くのを止めて、フラフラとまるで木の葉のように地面へと落ちた。エロイーズを抱きかかえたまま、ランは何とか地上へとゆっくりと降り立つ。


「ラン・ウィーズリー…!!」

マダム・フーチが顔面蒼白で駆け寄った。その後ろから、生徒達も大急ぎで走って来る。パドマとアマンダが真っ青になっているのが見えたランは、ちょっと苦笑しておいた。すると、二人の顔がまるで今にも泣き出しそうに歪むのが見えた。心配を、掛けてしまった。
マダム・フーチがランとエロイーズそれぞれの顔を覗き込んで言った。

「お二人とも、怪我はありませんか?」
「ええ、私は大丈夫です。…この子も、ただパニックになっているだけだろうと思います」

泣きじゃくっているエロイーズ・ミジョンの背に手を添えたまま、ランは言った。


「それはそうと──ミス・ウィーズリー!!全く、あなたという人は…!!」
「ごめんなさい。兄が飛ぶのを、いつも見ていたので」
「ああ、何と…!でも、確かにあなたのお兄さん達は皆凄い乗り手であることは確かです…。あなたも素晴らしい乗り手のようですね──私が走っても追い付けない程の」
流石に少し申し訳なくなったランは、肩を竦めた。

「ミス・ミジョン、大丈夫ですよ。あなたはどこも怪我しておりません」

マダム・フーチはそう言ったが、エロイーズは未だ泣きじゃくったままである。ランはそのまま背中を撫でてあげた。

「…あ、あ、ありがとう」
「いいのよ。ちょっとゆっくりしたら、きっとすぐに落ち着くわ」
しゃっくり上げながらお礼を言ったエロイーズに、ランは微笑んだ。

「…ミス・ウィーズリーに十点与えましょう。来年のレイブンクローのクィディッチ・チームがとても楽しみです」

マダム・フーチはそう言うと、エロイーズの脇に手を差し込んだ。エロイーズが何とかよろけながら立ち上がると、ランは彼女からそっと体を退かした。


「あ、あの!」
顔を真っ赤にしたエロイーズが、マダム・フーチに肩を抱かれたまま、ランを見つめていた。

「…また、話しかけても、いい?」

そんな予想外の申し出に、ランはぱちくりと大きく瞬きをした。エロイーズは更に真っ赤になって、ランを必死な面持ちで見つめた。

「…何言ってるの。いいに決まっているでしょう?」

何の臆面もなくそう言ってのけたランに、エロイーズはパァッと顔を明るくした。二つの箒の柄を握り締めたランも、少し微笑んだ。
マダム・フーチは医務室へ行くその間に誰も動くなと指示をして、エロイーズを自分に寄り掛かからせるようにして、医務室へと連れて行った。

*****

その場から二人がいなくなると、パドマとアマンダがランへと駆け寄った。他のレイブンクロー生もハッフルパフ生も、ざわざわと口々に何かを言い合っている。

「ラン…!あなた…!」
「…ごめんなさい。心配かけたわね」
「ええ!!そりゃあもう!!ふと横を見上げたら、ランの姿がなくなっているんですもの!!」

そう言う二人の瞳はふるふると揺れていた。
随分と心配をさせてしまったと、ランは眉を下げる。そんなランとは正反対に、二人は眉を吊り上げて、今にも掴みかからんばかりの勢いでランを叱り付けた。二人分の顔を目前に寄せられたランは、思わず後ずさる。

「何なの、もう!私たち本当に心配したのよ!」
「ランの箒が暴走したのかと思ったんだから…!」
「大丈夫、実は家でいつも乗っていたのよ」
「「そういうことを言ってるんじゃないの!!」」

声を揃えた二人にその後暫く、マダム・フーチが戻って来るまでくどくどと説教を食らわされたランは、こちらをジッと見るマイケル・コーナーと目が合った。苦笑する彼に向かって、ランは思い切り肩を竦めてみせた。
そんなランに気が付いた二人は、より一層にその怒気を強めたのであった。


- 続 -

- 5 / 5 -
春風