黒髪のウィーズリー成長記 - 春風
ハロウィーン

息が切れ切れのランは膝に手を置き、ハァ…と一度大きく呼吸をした。額には玉のような汗が浮かんでいる。

「……失神呪文よ。使ったのは、もちろん初めてだけれど」
言葉が出ない三人に、ランはポツリと言った。すぐにランは三人へと向き直り、額の汗もそのままに、確認するように言った。

「怪我は、ないのね」
「う、うん…」
「ラン、どうしてここが分かったの?」
「…パドマのお姉さんのパーバティって、グリフィンドールでしょ。あなたたちの姿が見えなかったから聞いてみたら、ハーマイオニーが女子トイレに篭っていることを、二人に話したって言っていたから」


すると、急にバタンという音がして、バタバタと数人の足音が聞こえて、四人は顔を上げてそちらを見た。どんなに大騒動であったかは、ハリーたち三人は気付きもしなかったであろうが、物が破壊される音やトロールの唸り声を階下の誰かが聞き付けたに違いないとランは思った。
まもなくマグゴナガル先生が飛び込んで来た。その直ぐ後にスネイプ先生、最後はクィレル先生だ。

クィレル先生はトロールを一目見た途端に、ヒーヒーと弱々しい声を上げて胸を抑えてトイレに座り込んでしまった。スネイプ先生は、トイレの奥へスタスタと進みトロールを覗き込んだ。

「…失神しておりますな」

そう言うと、彼はハリーとロン、ハーマイオニーを見つめ、そして最後にランを見つめた。まるで、誰がトドメを指したのか分かっているようなその様子に、ランは杖を握り締めたままじっとその目を見つめ返した。
マグゴナガル先生はハリーとロン、ハーマイオニーとランを順番に見据えた。ハリーのみならず、皆が彼女のこんなに怒った顔の先生を初めて見た。唇が蒼白だ。グリフィンドールの為に五十点貰えるかなというハリーの望みは、あっという間に消え去った。


「一体全体、あなた方はどういうつもりなのですか」
マグゴナガルの声はあくまでも冷静であったが、怒りに満ちていた。

「殺されなかったのは運が良かったです。寮にいるべきあなた方が、どうしてここにいるんですか?」
スネイプはランから視線を逸らし、ハリーに素早く、鋭い視線を投げ掛けた。ハリーは俯いた。
その時、暗がりから小さな声がした。

「マグゴナガル先生、聞いて下さい。三人とも、私を探しに来たんです」
「何と、ミス・グレンジャー!」

陶器やガラスの破片だらけの床に手をついて、ハーマイオニーは漸く立ち上がった。

「私がトロールを探しに来たんです。私…私、一人でやっつけられると思いました。…本で読んで、トロールについては色々なことを知っていたので」
ランは彼女をジッと見つめた。ハリーはパッと彼女を見やり、ロンは杖を取り落とした──あの真面目で規則に煩いハーマイオニー・グレンジャーが、先生に真っ赤な嘘をついている?

「もしハリーとロンが私を見つけてくれなかったら、私、今頃死んでいました。ハリーは杖をトロールの鼻に差し込んでくれて、ロンはトロールの棍棒でノックアウトしてくれました。二人とも、誰かを呼びに行く時間がなかったんです。二人が来てくれた時は、私、もう殺される寸前で……。そして、意識を取り戻したトロールを、ランが失神呪文で吹き飛ばしてくれたんです」

ハリーとロンも、その通りですという顔を装った。ランだけは、ジッと身動ぎすらしなかった。

「何と、まあ…」
マグゴナガルはランを信じられないようなものを見るように見やった。しかし、すぐにハーマイオニーへと視線を戻した。

「ミス・グレンジャー、何と愚かしいことを。たった一人で野生のトロールを捕まえようだなんて、そんなことをどうして考えたのですか?」
ハーマイオニーは項垂れた。ハリーもロンも言葉が出なかった。規則を破るだなんて、ハーマイオニーは絶対にそんなことをしない人間だ。しかし今、その彼女が、規則を破ったフリをしている──僕たちを庇う為に。

「ミス・グレンジャー、グリフィンドールから五点減点です。あなたには失望しました。怪我がないならグリフィンドール塔に帰った方が良いでしょう。生徒たちが、さっき中断したパーティーの続きを寮でやっています」

項垂れたままのハーマイオニーが帰ろうとした。


「──一体、何を考えているの」

振り絞るような声が、聞こえた。
声の方を見ると、ランが三人を睨み付けていた。その様子に、マグゴナガルやスネイプ、クィレルでさえも瞠目した。

「……何を考えているの」
噛み締めるように、ランはもう一度言った。ハリーとロン、ハーマイオニーは、心臓が氷水に漬けられたかのように、一気に頭が冷静になった。

「一歩間違えたら、あなたたち皆が死んでいたかもしれないのよ!!勇気と無謀とを、もう二度と履き違えるな!!」

ランは声の限りそう叫ぶと、三人をその瑠璃色で強く睨み付けた。その宝石のような瞳に薄い水の膜が張られていることに、三人は気が付いてハッと息を飲んだ。それからランは、これまた唖然とするマグゴナガルの横を走り抜け、一人で廊下を駆け出した。


「…私が追いましょう」
スネイプが影のように廊下を滑り出した。三人はそれを、ただ呆然としながら見つめることしかできなかった。ハーマイオニーは呆然としていたが、トボトボと寮へと帰って行った。
マグゴナガルがそっと溜め息を吐き、二人に向き直った。

「…ミス・ウィーズリーはあなた方が心配で、ここに来たのですね」
「……は、はい」
ロンが、声を絞り出すように言った。──双子の姉であるランに怒鳴られたことなんて、これまで一度もなかった。あんなに大声を上げるランなんて、見たことがなかった。衝撃的過ぎて、ロンは口元を両手で覆う。そこでロンは自分の手が震えていることに、そこで初めて気が付いた。

「私などが怒鳴るよりも、あなた方には良い薬になったことでしょう。先程も言いましたが、あなたたちは運が良かった。しかし、大人の野生トロールと対決できる一年生はそうざらにはいません。一人五点ずつあげましょう。このことは、ダンブルドア先生にもご報告しておきます。…帰って宜しい」

急いで部屋を出て、二つ上の階に上がるまで二人は何も話さなかった。話せなかった。

ロンは、実の双子の姉であるいつも優しいランに怒鳴られたことが、あまりにも衝撃的過ぎて、トロールに出会った時よりも顔面蒼白であった。ハリーも、ランのあんなに怒った様子にしょんぼりとしていた。
そうだ──あの時、先生達に伝えることだって出来た。ハリーは後悔で頭がいっぱいになった。友達であるランに、あんなに心配を掛けたのだ…彼女が、泣いてしまう程に。

「……ランの奴、怒るとあんなに怖いんだな」
「…確かに、ランはいつでも優しいよね」
「うん。だから…だから、僕、どうしたらいいのか…分からないよ」

震える声でそう言ったロンの背中を、ハリーはゆっくりとさすった。
二人は漸く太った夫人レディの肖像画の前に着いた。

「…豚の鼻」
ハリーが合言葉を言い、二人は中に入った。
談話室は人がいっぱいでガヤガヤしていた。皆は、談話室に運ばれて来た食べ物を食べていたが、ハーマイオニーだけは一人ポツンと扉のそばに立って、二人を待っていた。互いに気不味い一瞬が流れる。そして、三人ともお互いに顔も見もせずに「ありがとう」と言った。

「……また、三人で謝りに行きましょう」
そう続けたハーマイオニーに、二人ともコクリと頷いた。

すると、腹ペコだったことを急激に思い出した三人は、いそいそと食べ物を取りに行った。甘いパンプキンタルトが腹の中に沁み渡るのを感じたハリーは、ランとの苦い出来事が、この甘さで掻き消すことができたらいいのにと現実逃避のように思った。

しかし、それ以来、ハーマイオニー・グレンジャーは二人の友人になった。共通の経験をすることで互いを好きになる、世の中にはそんな特別な経験があるものだ。四メートルもあるトロールに対峙した経験と、三人揃ってランに怒られた経験も、まさしくそれであった。

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春風