黒髪のウィーズリー成長記 - 春風
ハロウィーン

パーシーの監視の目を掻い潜ったハリーとロンは、身を屈めて廊下を歩いていた。

「何か臭わない?」
ハリーがクンクンと鼻を使うと、汚れた靴下と掃除をしたことがない公衆トイレの臭いを混ぜたような悪臭が鼻を突いた。
次に、音が聞こえた。低いブァーブァーという唸り声、巨大な足を引き摺るように歩く音。ロンが指差した廊下の向こう側左手の方から、何か大きな生物がハリー達へと近付いて来る。二人が物陰に隠れて身を縮めていると、月明かりに照らされた場所にその大きな生物がヌッ…と姿を現した。

「…!!」
恐ろしい光景であった。背は四メートルもあり、墓石のように鈍い灰色のざらざらとした肌、岩石のようにゴツゴツのずんぐりとした巨体。禿げた頭は小さく、ココナッツがちょこんと乗っているようだとハリーは思った。
短い脚は木の幹ほど太く、コブだらけの平たい足が付いていて、物凄い悪臭を放っている。腕が異常に長いので、手にした巨大な棍棒は床を引きずっていた。

ハリーとロンはより一層に息を潜めて、トロールの様子を伺った。
トロールは扉の前で立ち止まり、中をジッと見た。長い耳をピクつかせ、ロン曰くの中身のない頭で考えていたが、やがて前屈みになりノロノロと中へ入って行った。


「鍵穴に鍵がついたままだ。アイツを閉じ込められる」
「名案だ」
声を殺して言ったハリーに、声をビクビクとさせたロン。
トロールが出て来ませんようにと天に祈りながら、二人は開けっ放しの扉の方にジリジリと進んだ。喉はカラカラだ。最後の一歩は大きくジャンプして、ハリーは鍵を掴み、扉をピシャリと閉めて鍵を掛けた。

「やった!!」
勝利に意気揚々と、二人は元来た廊下を走ったが、曲がり角まで来た時、今にも心臓が止まりそうな声を聞いた──甲高い、恐怖で立ち竦んだような女子の悲鳴。今、鍵を掛けたばかりの部屋の中からだ。

「しまった」
「女子用トイレだ!」
「「ハーマイオニーだ!」」

二人は回れ右をして、先程の扉へと全力疾走した。気が動転して上手く回せない…開いた。ハリーが扉を開け放ち、二人は女子用トイレに突入した。

ハーマイオニーは奥の壁に張り付いて縮み上がって、今にも気を失わんばかりの表情である。トロールは洗面台や個室トイレの壁を棍棒で薙ぎ倒しながら、ハーマイオニーへと狙いを定めて近付いて行く。

「こっちに引き付けろ!!」

ハリーは無我夢中でロンにそう叫ぶと、壊れた蛇口を拾って力一杯壁へと投げ付けた。
カーンという乾いた音が響き渡る。トロールは、ハーマイオニーの一メートル手前で立ち止まった。ドシンドシンとこちらに向き直し、鈍そうな目をパチクリとさせながら、何の音だろうと二人を見た。卑しい、小さな目が漸くハリーを捕らえる。トロールは一瞬躊躇したようであったが、今度はハリーの方に棍棒を振り上げて近付いて来た。

「やーい、ウスノロ!」

すると、ロンが反対側から叫んで、金属パイプをトロールへと投げ付けた。トロールはパイプが肩に当たっても特に何も感じないようであったが、それでもロンの叫び声は聞こえたらしく、また立ち止まった。醜い鼻面を今度はロンの方に向けたので、ハリーはその後ろに回り込む余裕ができた。

「早く、走れ!!走るんだ!!」

ハリーはハーマイオニーに向かって叫びながら扉の方へ引っ張ろうとしたが、ハーマイオニーは動けなかった。恐怖で口を開けたまま、壁にピッタリと張り付いてしまったようだ。
叫び声とその木霊がトロールを逆上をさせてしまったようだ。再び唸り声を上げて、一番近くにいた最早逃げ場のないロンの方へ向かって来た。


その時ハリーは、勇敢とも間抜けともいえるような行動に出た。走って行って後ろからトロールに飛び付き、腕をトロールの首根っこに巻き付けた。そして、右手に握り締めたままの杖で──トロールの鼻の穴を突き上げた。
痛みに唸り声を上げながら、トロールは棍棒を滅茶滅茶に振り回したが、ハリーは渾身の力を振り絞ってピッタリとしがみ付いていた。トロールはしがみ付いているハリーを振り払おうともがき、今にも棍棒でハリーに強烈な一撃を食らわしそうであった。

「何かやって!!」
ハリーがそう叫ぶが、ハーマイオニーは恐ろしさのあまり床に座り込んでいる。ロンがやっとの事で自分の杖を取り出した──自分でも何をしようとしているのか分からずに、最初に頭に浮かんだ呪文を唱えた。

Wingardium Leviosa浮遊せよ!」

突然、棍棒がトロールの手から飛び出し、空中に高く高く浮かび上がる。手の中に棍棒がないことに気が付いたトロールが上を向くと、棍棒はゆっくり一回転をしながら、ボクッという嫌な音を立てて持ち主の頭の上に落ちた。トロールはフラフラしたかと思うと、ドサッと音を立ててその場にうつ伏せに伸びてしまった。
ズシーンと倒れた衝撃が、部屋中を大きく揺す振る。

トロールの下敷きから抜け出し、ハリーは立ち上がった。ブルブル震え、汗もダラダラで息も絶え絶えだ。ロンはまだ杖を振り上げたまま突っ立って、自分のやったことをボーッと見ている。
ハーマイオニーがやっと口を開いた。

「これ……死んだの?」
「いや、ノックアウトされただけだ思う」
ハリーは屈んで、トロールの鼻から自分の杖を引っ張り出した。灰色の糊の塊のような物がべっとりと付いていた。

「ウエー、トロールの鼻くそだ」
ハリーはそれをトロールのズボンで拭き取った。

──しかし。
再び低く唸り声を上げて、トロールが意識を取り戻したのであった。頭を抑えたまま上半身を持ち上げ、辺りを見渡す。その場で固まっている三人を視界に入れたトロールは、大きく唸って、再びよろりと立ち上がり棍棒を拾い上げた。

「まだだ!!」
ハリーがそう叫ぶが、ハーマイオニーとロンは揃って地面に足が引っ付いてしまったかのように動けない。ハリーは必死で、二人の腕を引っ張って、外へ逃げようとした。
ハリーは必死過ぎて、そこに誰かが来たなんてことには気付いていなかった。


「──ロン、ハリー、ハーマイオニー!!」

そこに、顔面蒼白で三人の名を叫ぶランが駆け込んで来た。
ランは三人を見やって様子を確認すると、状況を全てを理解したようにホッと息を吐いた。それも束の間、意識を取り戻して棍棒を振り被るトロールを思い切り睨み付けると、懐から杖を取り出してはっきりと叫んだ。

Stupefy麻痺せよ!!」

赤い光線を発する強烈なランの失神呪文が、トロールの胸にぶち当たる。トロールは体をくの字に曲げられたまま勢いよく宙を吹っ飛び、トイレの奥の壁にぶつかって、今度こそ完全に意識を失った。衝撃で石壁がガラガラと崩れ落ちる様子を、三人は唖然として見つめた。

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春風