黒髪のウィーズリー成長記 - 春風
休息

程無くハロウィーンも終わろうかという夜も更けた頃に、ランが漸く寮である西塔へと戻ると、ちょうど談話室ではハロウィーンパーティーの続きが行われていた。皆は楽しそうに騒いでおり、トロールのことなど何処吹く風だ。
ランはそこにそっと紛れ込んで自室へと向かおうとした。既に食事はデザートに移っており、殆どの生徒がパンプキンパイを口いっぱいに頬張って、楽しそうに笑い声を響かせて会話に花を咲かせている。お腹は空いていたが、甘いものを食べる気分にはどうにもなれなかった。


「お、いたいた!ラン・ウィーズリー!」
「!!」

ランが自室に戻ろうと足を運ぼうとすると、監督生のロバート・ヒリアードがこちらへ向かって手招きをしていた。
身体的にも精神的にも疲労し切っていて、更に言うなれば明日も授業がある為いち早くベッドに横になりたかったが、監督生が呼んでいるのにもかかわらず、流石のランとて無視をすることはできやしない。

ランが壁に凭れかかってかぼちゃジュースを飲んでいるロバートの元へと行くと、ロバートはランをジッと見つめた。背が高くて体付きもがっしりとした彼に見下ろされると、いくら度胸の座っているランからしても少なからず威圧感を感じる。


「お前、寮に戻る列の中にいなかっただろ。…一体どこに行っていたんだ?」

ランへ鋭い視線が向けられる。この手の目をする人物に嘘は通用しないと考えたランは、素直に伝えることにした。いくら今黙っていたって、彼は監督生だ──どうせいつかは先生経由により分かるに違いない。

「…弟たちがトロールに襲われていたので、仕方なく応戦していました」
「!!」
全くもって予想外の回答であったのであろうか、ロバートはその切れ長の目を思い切り見開いた。
ゴクリと音がなるくらいに息を飲んだロバートは、暫く黙り込んだ後、漸く口を開いた。

「……お前は、大丈夫だったんだな?」
「はい。どこも怪我はありません」
「そうか、ならいい」
「…申し訳ありませんでした」

安心したようにほっと肩を撫で下ろすロバートに、ランは流石に居た堪れなくなり、頭を下げた。

ランは、ロバートは成績優秀者のみがなれる監督生の割には理解のある人間だと思っていた。それは実の兄であるパーシーと比較しても、その差は明らかだ。まさかそれがこのような形で自分に差し響かれることになるとは思ってもみなかったが。
すると、不意にロバートがランの目元を覗き込む。ランは思わず後退りしたが、ロバートは構わずにランへと詰め寄った。

「おい、お前…泣いたのか?」
「……ええ、少し」
そう言われたランは手の甲で目を擦ろうとしたが、その手首をロバートによって掴まれて阻止された。

「バカ、擦るな。余計に赤くなるぞ」

まるで親しい人を窘めるように言うロバートに、ランは少し気恥ずかしくなり顔を逸らした。

「お前、それなら余計に腹減ったろ。パイでも食えよ」
「でも私、甘いものは苦手なんです」
「は、嘘だろ?お前って本当に女か?」
「…可愛げがなくて悪かったですね」
この一日の内にしつこいくらいに言われたそれに不満げなランを見たロバートは、滑らかでウェーブのかかったポニーテールの金髪を揺らして、クックッと喉の奥を鳴らすように笑った。

「──それだけ元気がありゃ、もう大丈夫だな」

慈悲深く細められた瞳とゆるゆると下げられた眦に、ランは少し居心地が悪くなる。随分と気を遣われていたようだ。ただの監督生だと思っていたが、彼はランの想像以上に懐の深い人物であるようだ。

「…心配をおかけして、本当にごめんなさい」
「まぁ、思慮深いお前が自分から危ないことに首を突っ込む訳がねぇとは、俺も分かっていたしな」

ゆっくり休めよ、と言うとロバートはランの肩をポンッと叩いた。
わいわいと騒ぐ上級生の輪に入っていくロバートの背中に、ランはクスリと笑った──こうも理解を示してくれる人は、とても貴重だ。

ランは今度こそ、螺旋階段を登って自室へと戻るのであった。


*****

「ただいま」

ランが部屋の扉を恐る恐る開けたランは、小声でそう言って部屋の中へと入る。ランは二人はもう寝ていると思っていたが、二人はカーペットの上に座り込んでいた。

「ラン…!」
「ラン!一体どこに行っていたの?!」
二人に詰め寄られたランは、力なく苦笑した。
するとランの白目が少し赤く充血ていることに、察しの良い二人は気が付いてしまった。ランはより一層にその整った眉を心配そうに下げる。


「ちょっと、ロンたちと喧嘩しちゃって…。心配をかけてごめんなさい」
二人が思い切り抱き着いて来た。その勢いの良さのお陰で、ランは二人分の体重を支えられずに背中からベッドに飛び込んでしまった。

「ちょ、ちょっと、重たいわ…」
「人間が生きていたら喧嘩くらいするわよ!それくらい当然だわ!」
「喧嘩したってまた元通りになれるんだから、そんなに落ち込むことないわ!私、パーバティとはしょっちゅう喧嘩しているのよ!」

彼女達なりに一生懸命励ましてくれるその必死な姿を見て、ランの深く地底に沈んだ心は、ふわりと宙を舞う羽のように浮かび上がった。

「ねえ、もしかしてあなた、また危険なことしたんじゃないでしょうね?」
「……」
そんなアマンダの問い掛けに対して気まずげに目を逸らしグッと口を噤んだランに、直ぐに二人はキリリと眉を吊り上げた。

「私たち、さっき二人で決めたのよ!今後、二度とランの大丈夫は信用しないからね!」
「えー、それは困るわ」
「私たちだって困るわ!ランが危ないことするたびにずっと心臓がハラハラしっぱなしなのよ!」

二人のその言葉に、ランは内心確かにと同意した。ラン自身は大したことはないと思ってはいたが、側から見ればランはかなりのお転婆娘に違いない。

「ほら!甘いもの食べて元気出して!」
「甘いものは勘弁して…」
「ちょっとくらい食べてみなさいよ!」
二人にそう促されて、ランは渋々部屋に持ち込まれたかぼちゃパイを少しだけ口に含んだ。もぐもぐと咀嚼する口元は次第にその勢いを落とし、程なくして停滞した。

「やっぱり甘過ぎるわ…」

甘いお菓子とは正反対に何とも苦々しい表情をしたランに、二人は声を上げて大笑いをした。それを見たランも元気を取り戻し、二人に文句を垂らしつつもクスクスと笑ったのであった。

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