黒髪のウィーズリー成長記 - 春風
休息

一悶着のあったハロウィーンも何とか無事に過ぎ去り、漸く休日になった。十一月に入り、ホグワーツ城には乾いた冷やかな風が吹き込むようになってきた。城を囲むようにそびえ立つ山々は灰色に凍て付き、湖はまるで鋼のように張り詰めていた。校庭には毎朝霜が降りていたが、ランはそんな身を刺すような寒さの中でも、朝の散歩を欠かすことはなかった。
例のハロウィーンの一件以来、実の弟のロン達と一度も会話を交わしていないランは、少しでも気を紛らわせる為にと、早朝から一人で図書室で宿題のレポートに取り掛かっていた。人も疎らだった為かかなり集中できたランは、昼前にはそれら全てを終わらせることができた。昼からは少し体を休めることにしたランは、取り敢えず遅過ぎる朝食兼少し早めの昼食を食べようと教材や筆記具を抱えたまま大広間へ一人向かった。

大広間では、パドマとマイケル・コーナーが同じテーブルで朝食兼昼食を食べていた。この大広間の光景も随分と見慣れたものだと、ランは一人ごちた。ランが朝の挨拶を掛けると、顔を上げた二人から何とも爽やかな笑顔が向けられる。しかし二人はそのランの手元を見るなり、揃って眉を顰めてげんなりとした顔をした。

「あら、ラン…。こんな朝から図書室なんて精が出るわね…」
「スネイプのレポートは進んだのかい?俺なんか、まだ羊皮紙四十インチは残ってるぜ…」
「四十インチも?…参考になる本なら、ちょうど今持っているから貸してあげるわよ。この本の六十三ページから引用ができるわ」
「マジかよ!ラン、君って最高だぜ!」
本を受け取ったマイケルが飛び上がって歓喜する様子に、ランとパドマは苦笑した。
今や寝ることが趣味だとまで豪語するようになったアマンダは、やはり未だ布団の中のようだ。マイケルの横にはアンソニー・ゴールドスタインとテリー・ブートが座っている。

「でもラン、君はもうこの本は使わないのかい?」
「ああ、そのことね。大丈夫よ、もうさっき終わらせたから」
「──何だって?!」

突然の大きな声とガタン!も大きな物音に、ランや周囲の他の生徒は声のした方向に目をやった。
ランの斜め前の席のアンソニー・ゴールドスタインが、テーブルに両手をついて立ち上がっていた。ランは目をパチクリとさせて、彼を不思議そうに見やった。


「ラン!!君、あの山のようなスネイプの課題を、もう終わらせたって言うのかい?!」

──アンソニー・ゴールドスタインが目を真ん丸に見開いて、まるで叫ぶようにそう言った。普段は白い頬が、興奮して真っ赤に染まっている。ブロンドの髪は休日の朝でもきちんとセットされていて、ランは同い年のロンとは偉く違うのだなと無意識のうちに考えてしまった。

「え、ええ。そうだけど」
「何てことだ…!信じられない…!」

まるで未確認生物を発見したかの如く驚いているアンソニーに、ランのみならずそこにいた他の三人もどうしたものかと目配せをした。
ふと我に返ったのか、妙な沈黙に気が付いたアンソニーは、気を取り直したようにランへと右手を差し出した。

「あ…ちゃんと話すのは初めてだよね。僕はアンソニー・ゴールドスタイン、どうぞよろしく。突然叫んだりして、驚かせてごめんよ」
「いいえ、気にしないで。私はラン・ウィーズリー、私の方こそよろしくね」

何とも大袈裟に驚いた様子のアンソニーに瞠目したランであったが、人柄の良さそうな笑顔に、微笑み返した。
その隣に座っている、恰幅の良いがっちりとした体型の黒人の生徒と目が合う。テリー・ブートだ。すると、その威圧的な見た目とは正反対に、テリーは柔和に微笑んでランに右手を差し出した。

「やあ。僕はテリー・ブート、よろしくね。君の噂や、君のお兄さんたちの噂は聞いてるよ」
「……それが変な噂じゃないといいんだけれど」
「それは保証するよ。あー…その、君の方はね」
言外に例の兄達の悪戯の評判を伝えられたランは思わず苦笑した。

するとマイケルが、思い出したように言った。

「そう言えば君、初日の魔法薬学も成功させていたもんね」
「それどころか、何ならあのスネイプに加点までさせていたわ!」
「…パドマ、君が威張ることじゃないだろう?」
「ランが全く威張らないから私が代わりに自慢してあげてるの!」

戯けたようにフンッと鼻を鳴らして語気を強めるパドマに、ランのみならずそこにいた皆は思わず噴き出した。
皆が一通り笑い転げると、ランは何でもないことのように言った。


「そんな、大したことじゃないわ…。私はただ、魔法薬学が大好きなだけよ」
何でもないことのようにそう言ったランに、ラン以外の四人は皆揃って、この爽やかな朝には似合わぬげっそりとした顔をした。

「あの授業が大好きだって?!君の感性が信じられないよ」
「俺も。あの授業だけはいつまで経っても上手くなれる気がしねぇよ…今後スネイプが優しくならない限りは、な」
「ならきっと一生無理なんじゃない?」

そんな笑いの絶えない食事に、ランの気分は少し上昇したのであった。

*****

課題を全て終わらせてしまったランは、オレンジを咀嚼しながらこれから何をしようかと考えていた。図書室で気になっている『自己防衛呪文学』という本を読もうか、フレッドとジョージに気分転換も兼ねてクィディッチに付き合ってもらうか。
普通の子どもであれば、ゆっくりと寝て過ごしたり、友達と噂話に花を咲かせたりするものであろうが、あくまでも几帳面な性格のランは、専ら休日をどのように有効活用するのかという問題で頭を悩ませていた。

すると、その肩がポンポンと軽く叩かれ、ランは左後ろを振り返った。
そこには──朝から爽やかに微笑んだセドリックがランを見下ろしていた。クィディッチの練習前なのだろうか、カナリアイエローが特徴のユニフォームを着ている。

「あら…セドリック?」
「やあ!ラン、ちょっとこの後時間いいかい?」
「!ええ、もちろん」
その予想だにしない申し出に、ランは戸惑いながらもコクリと頷いた。
この二人は、今自分達が大広間中から注目されていることに気が付いていないのだろうかと、パドマとマイケルは呆れたように目を見合わせて、立ち去る二人を見送ったのであった。

アンソニーとテリーは、見たことないイケメンの彼にポカンとしていた。

「…ま、まさか、ランの彼氏かい?」
「違うわよ、友達みたい。そもそも…あの勉強第一のランが、恋愛なんかに興味を抱くわけがないでしょう?」

そんなパドマの呆気らかんとした物言いに、確かにと頷く三人。
しかし、あくまで友人関係だとしても、このホグワーツという閉鎖空間において、あることないことが噂話として学校全体に広がるであろうなと、人の機敏に聡いテリーはこの騒めき立つ大広間を見渡して、一人友人の幸先を思いやるのであった。

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