黒髪のウィーズリー成長記 - 春風
休息

ランは、ゆったりとした足取りで歩くセドリックの後に続いて、教材を抱えたまま大広間を抜け出した。並んで歩く二人には大広間中の視線が集められたが、ランはそれに気が付くことはなかった。

するとセドリックは、大広間から出た玄関ホールで立ち止まり、ランに向かって両手をサッと差し出した。

「ねえラン、それ僕が持つから貸して?」
──これが、英国紳士なるものか。
そう感銘したランは内心舌を巻いた。顔にも口にも出さないけれども、ウィーズリー兄弟は皆が皆個性的でカッコいいと自画自賛しているような隠れブラコンのランではあるが、セドリックのような典型的なそれを絵に描いたような男性は身近には中々いないタイプだ。
ウィーズリー一家の長男のビルはとてもスマートだが、彼の見た目も相まって少し気障に見られてしまうことが多いし、事実確かにビルは粋なところがあるとランは思っていた。

「そんな…いいわよ。私、これでも結構力持ちなの」
「でも君は女の子だ。それに、僕が持ちたいんだ」
「……」
「さあ、貸して?」

そんなセドリックの直球の言葉に、流石のランもほんのりと頬を赤らめた。
そんなセドリックに折れたランは、比較的薄い教科書を一冊だけセドリックに差し出そうとしたが、彼はそれを受け取って小脇に抱えた上、残りの教材を抱え込んでいるランの左の指を一本一本絡めて外し、結局あっと言う間に全ての教材を奪ってしまった。


「…その、ありがとう」

鮮やかで華麗で、少し強引な彼の言動に、ランは少し気恥ずかしくなりながらも、少し甘えることにした。こんなことなら、最初から鞄を持ってこれば良かったと、ランは内心後悔をしていたが、決して軽くはないであろう教材を、セドリックは軽々と右腕一つで抱えてしまった。
そんなところに、多少の年齢の差と──男と女の力の差を見せつけられた気がして、ランはセドリックから見えないようにしてほんの少し口を尖らせた。

*****

二人は穏やかな光が照らす、湖が見える校庭へと出た。ランとセドリックは、少し傾斜になっている青々とした芝生に揃って座り込もうとした。

「あ、ちょっと待って」
するとセドリックは、全ての荷物を軽々と左手で抱え直すなり、右のポケットから大判のハンカチを取り出して、芝生の上にフワリと敷いた。ランはそんな一連の動作に、目をパチクリとさせた。そんなランに、セドリックは穏やかに笑って言った。

「ローブが汚れてしまうから、ここに座って」
「そんな…これだと、セドリックのハンカチが汚れちゃうわ。それに、あなたの服も」
「大丈夫だよ、このハンカチはそのために敷いたんだから。それに、これは練習着だから、どの道これから汚れることになるんだ」

ランはかなり迷ったが、ここまで来ればせっかくの厚意に甘え倒してしまおうと、そっとそこに座った。そんなランを見てセドリックは満足げに微笑み、ランのすぐ隣に座り込んだ。

セドリックは、折り畳まれた一枚の羊皮紙をランへと差し出して言った。

「大広間で急に話しかけてごめんね。君のワシミミズクの名前、いくつか候補を考えたんだ」
「まあ!こんなにたくさん…!ありがとう、セドリック」

セドリックの手元の羊皮紙を覗き込む。セドリックは、羊皮紙が見やすいようにランの方へと傾けてくれているため、ランはじっくりとそれを読むことができた。その名前の候補の一覧は、男の子らしい無骨な、けれど丁寧な読みやすい字体で書かれていた。


Chuloチュロ かっこいい
Curroクロ 賢い
Charlotteシャーロット 自由
Ginoジーノ 生まれが良い,気高い
Giulianoジュリアーノ 若々しい
Lucianoルチアーノ
Valentinoヴァレンティーノ 健康な、強い
Ilariイラーリ 元気のある
Titoティート 守護者
Fernandoフェルナンド 勇敢な冒険家




一通り目を通したランは、感銘を受けたように溜め息を吐いて、興奮して頬を紅潮させた。

「こんなにたくさん…!迷っちゃうわ…」
「僕も悩み過ぎて、結局決められなかったんだ。だから、ランと一緒に決めたいと思って」

セドリックは少しはにかんで優しげに目尻を下げた。ランはもう一度羊皮紙に目を落とすと、何かを思い出したようにポツリと言った。

「…極東の“寿限無”を思い出すわ」
「ジュ…ジュゲム?」
「そう、寿限無。…諸説あるみたいだけれど、とある夫婦の間に生まれた子に、末永く元気で長生きできるような名前を考えようと、たくさんの人々に名前の候補を尋ねるの。すると、縁起のいい言葉を幾つも紹介されて、どれにするか迷った挙句に全部付けてしまった結果、その子にはとんでもなく長い名前が付けられたっていう笑い話があるみたいよ」

淀みなく話すランに、セドリックは感嘆したように目を真ん丸に見開いた。

「全く…君って人は、とんでもなく博識だね」
「たまたま本で読んだだけよ。それに、どの名前もそれ程素敵っていう意味」


凡そ二十分に渡って議論した後、漸く二人はワシミミズクの名前を決めることができた。

「決めた。フェルナンドの最初を取って、フェルって呼ぶわ」

勢い良く立ち上がったランが指笛を吹くと、十秒後には立派なユーラシアワシミミズクが飛んできた。ワシミミズクはバッサバッサと羽を羽ばたかせてランの肩に留まると、飼い主の頬に嘴を擦り寄せて挨拶をした。

「今日からあなたはフェルナンド、フェルよ」
ランがそう言うなり、ワシミミズクは羽を広げてクルクルとランとセドリックの頭上を飛び回った。ホッホッとご機嫌に鳴いている。

「見て!とても気に入ったみたい」
「本当かい!良かった…」
ホッと安心したように息を吐いたセドリックに、ランは微笑んだ。
一通りはしゃいだフェルはランの肩にそっと止まって、その立派な羽を仕舞い込んだ。その言葉にできない程の愛らしさに、ランは思わず目を細めて、嘴の下を撫でた。


「…良かった。少し元気が出たみたいだね」
「!!」
ランは驚いて、こちらを見て微笑むセドリックの整った顔を見つめ返した。

「…気になっていたんだ。君、ここ数日の間、酷く落ち込んでいただろう?」

──まさか、気付かれていたなんて。
ランは、自分は上手く隠せていると思っていた。事実、パドマやアマンダは、ランのそれに気付いていない。

「すごいわ…気付いていたのね。私、あまり顔に出ない方だと思っていたのだけれど」
「出ていないと思うよ。ただ…僕は君をよく見ていたから、気付けたんだ」

そう言って苦笑するセドリックから目を逸らすと、ランは両膝を抱え込んで、芝生を見つめてぼんやりと言った。

「…弟たちと、喧嘩をしちゃったの」
「弟たちっていうのは…グリフィンドールのあの三人組かい?」
「ええ、そうよ」

そこでランは、口を噤んだ。どこから話せばいいのか、どこまで話してもいいのか、分からなかったのだ。


「──きっと、大丈夫だよ」

ランの頭に、セドリックの大きな掌がそっと乗せられた。ランは肩をビクつかせたが、そのまま動こうとはしない。

「僕には兄弟はいないから分からないけれど、ランならきっと大丈夫さ」

ランはゆっくりと顔を上げて、セドリックを見つめた。相変わらずに微笑んでいるセドリックに、ランは何とも言い難い感情が渦巻き、両膝に顔を埋めた。

「…そう、かしら」
「うん、きっと大丈夫」
「……ッ、…」

もう既に流し切った筈の涙が、再び溢れ返ってくる。それ抑える術を知らないランは、そのまま顔を下に向ける。セドリックは何も言わず、ランの頭を静かに撫で続けてくれた。

不規則に頬を突っつく硬いそれにランが少しだけ顔を上げると、肩に乗ったままのフェルと目が合った。

「…ッ、ありがとう」

その丸い目を見つめて小さな声でランがそう言うと、フェルはホッホッと鳴いた。
セドリックとフェルは、ランの涙が止まるまで、何も言わずにそこで静かに待ってくれたのであった。

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春風