黒髪のウィーズリー成長記 - 春風
ダイアゴン横丁とノクターン横丁

「…家族間の潤滑油でいるのも、中々大変なんだけどなぁ」

小さな声で一人そうボヤきつつ、ランはぞろぞろと並ぶ赤毛の後ろを、スタスタとついて行った。
すると、パーシーは古本屋へ、双子のウィーズリーは友達と会う約束をしているとかで早々に姿を人混みに紛れさせてしまった。モリーの「夕方の五時に漏れ鍋ですからね!きちんと帰って来なさいよ!」と言った叫び声は、果たして彼らに聞こえていたのであろうか、甚だ疑問である。ランは、フレッドとジョージの二人が、時間を守って行動するという言葉がこの世で一番似合わない人間に違いないと確信していた。


先頭を切るモリーが向かうのは、どうやら衣料専門店であるマダム・マルキンの洋装店であったようだ。
ランとロン、そしてジニーを連れて中に入ろうとしたモリーであったが、ランはその扉の手前で母親を引き止めた。


「…ねぇ、母さん。私ずっと言おうと思っていたんだけど、ローブと制服はどっちもお下がりでいいよ。確か、パーシーが着れなくなった比較的綺麗な一式があったでしょう?」

そう言うランの言葉にいち早く反応してみせたのは、末っ子娘のジニーであった。

「まぁ、ダメよ!ランは女の子なんだから、女の子用に採寸されたものを着なくちゃダメ!」
「ジニー、私は別に気にならないもの。普段の服だってそうじゃない、着れれば何でもいいよ。スカートは苦手だし、スラックスが私には丁度いいもの」

抗議の声を上げたジニーに、ランは首を横に振った。既にロンは店内に入っており、マダム・マルキンに捕まってしまっている。モリーは店内を一度チラリと見ると、その細い眉を少し下げてみせた。


「…なら、ローブはビルのお古があるから、ロンには制服を買ってあげましょうかしらね。それに、ロンはチャーリーのお下がりの杖があるから…ならランちゃん、貴女には新しい杖を買うことにしましょう。それでいいかしら?」
「うん、私はそれがいい」
「…ありがとうね、ランちゃん」

そう言って少し困り顔で微笑んだモリーに、ランは気にしないでと首を横に振ってみせた。


──ランはこれでも、長女である身として、ウィーズリー一家の家計事情をそれなりに理解しているつもりであった。それにラン自身、身嗜みには必要最低限しか気を使わない性質である為、ジニーのようにお洒落に気を使うような大した拘りはないのだ。

そんなこんなで不満そうなジニーと共に、ランはロンの採寸を暫くの間洋装店前にて時間を過ごしたのであった。


*****

そんなこんなで制服とローブをお下がりで済ませることにしたランは、モリーから幾分かのガリオン金貨を受け取り、一人で杖を購入しに行くことにした。モリーは、自分の買い物をしていない為もあって疲れてしまったのだと駄々を捏ねたジニーを、アイスクリーム・パーラーでご機嫌取りを兼ねてひと休みさせているのであった。因みに、ランの双子の弟であるロンもそれに付いて行っている。
母をこれ以上疲れさせるのは、ランとしては不本意であったのだ。


「…ここね」

ランはオリバンダーの店に辿り着いた。扉を押すと、ギィ…と軋んだ音を立てて扉が開かれると、奥の方でチリンチリンとベルが鳴った。店の扉には“紀元前382年創業”と書かれているだけあって、店内は古めかしく薄暗い。
カウンターの奥の高い棚には、所狭しと細長い箱が天井近くまで積み重ねられている。ランは、それを興味深そうに上から下まで眺めた。兄達の買い物で何度か店まで来たことはあったものの、実際店舗の中に入るのは初めてだったのである。


「おや、ようこそいらっしゃいませ」
「ッ!!」
突然掛けられた柔らかな声に、ランは柄にもなく肩をビクつかせた。

「おお…!お待ちしておりました。あなたは、ウィーズリー家の長女、ラン・ウィーズリーさんですな!」

店の奥から出てきた老人は、まだこちらが名乗ってもいないのに、ランのことを知っている。ランは瞠目して、銀色に光る目をした老人をパチパチと瞬きをして見つめた。

「あなたのお兄さん達が杖を買って行ったのが、まるでほんの昨日のことのようじゃ。双子のお兄さんが来店したあの日は……まるで嵐が巻き起こったかのような騒がしさであった」

少しばかり顔を歪めながらも、どこかでそれを懐かしんでいるような老人の発言に、ランはまたしてもパチパチと目を瞬かせて、クスリと小さく笑った。この不思議な空間の中、悪戯を生涯の生き甲斐にしている双子の兄達が騒ぎ立てている様子が、ランには容易に想像できたのだ。
だがこの老人は、自分の店で杖を買っていった客と商品を全て憶えているのだろうか。もしもそうだとするならば、魔法界というものは、やはりとても不思議なものだ。


「さて、拝見しましょうか。お嬢さん、どちらが杖腕ですかな?」
「右です」
「腕を伸ばして」

オリバンダーは、魔法の巻尺でランの肩から指先、手首から肘、ありとあらゆる身体の部位の寸法を測った。
棚から小箱を一つ引き抜き、その中のクッションから杖を取り出したオリバンダーは、ランへとその杖を差し出した。

「では、ウィーズリーさん。ヤマナラシの木、ドラゴンの心臓の琴線。25cm、良質でしなやか。さあ、振ってご覧なさい」
「は、はい」

しかし、杖を手に取ったランが腕を振り上げるか否かのうちに、老人とは思えぬ素早さであっという間に手から杖をもぎ取られた。その後の二本も立て続けに、同じく振る直前にオリバンダーに引ったくられてしまい、ランは内心舌を巻いていた。
しかし、オリバンダーはますます嬉しそうな顔をして杖選びに勤しんだ。

「中々に難しいお客さんじゃの。いやはや、難しい。非常に難しい」


──それからは非常に長かった。ランはいくつもの杖を試したが、杖を振る度に商品が入った小箱が雪崩を起こすわ、窓ガラスを割るわ、逆にうんともすんとも反応しないわと、自身に合う杖が中々見つからなかったのだ。
何が起こるか分からない杖を振り続けるという心臓に悪い作業に幾らか疲れたランに、オリバンダーが最後に差し出したのは、非常に古びた焦茶色の木箱に入った、華美な装飾も何一つない真っ直ぐに美しい杖だった。


「イチイの木にバジリスクの角。29p、強固。決闘、闇の魔術や古代の魔術等に最適」

その杖を手に取った途端──今まで試したそれらとは違うことが、ランには明確に分かった。指先が急激に暖かくなる。杖の先から、鮮やかな虹色と金の火花が弾け飛び、ランの体の周囲を舞う。金の光がまるで滝のように床に降り注ぎ、そうして火花は暫くの間、店内を明るく照らし上げた。


「オーッ!ブラボー!何と…その杖は、あなたを選んだようじゃ」

その美しい光景に盛大に手を叩き歓声を上げたオリバンダーは、ランの杖となったそれを箱に戻し、茶色の包み紙でくるくるとそれを手馴れた動きで包んだ。
未だ興奮の色冷めやらぬランに、老人は打って変わって静かな口調で告げた。


「実に!実に不思議じゃ!杖は持ち主を選び、オリバンダーの杖には一つとして同じ杖はない。
そしてわしは、杖芯にバジリスクの角は決して使わん。だが──生涯でその一つだけ、作らざるを得なかったのじゃ。それが、あなたのような素晴らしい魔女の手に渡ったということは、非常に喜ばしいことじゃ」
「!!」

──生涯で、その一つだけ。
聡明なランはその言葉で、この老人にとってそれがどれだけ意味のあることかを、察した。


「…私などで、良いのですか」

その杖に託された思いの丈は分からぬが、並みの事情ではないのであろう。
途端にランは、その杖が自分に不釣り合いな気がしてならなくなった。
しかし、オリバンダーはその宝石のように輝く目をゆっくりと細めて、微笑んだ。


「お嬢さん、忘れるでないぞ──杖が、持ち主の魔法使いを選ぶのじゃ」

私は、この杖に選ばれた。
そう実感した途端、手元の小箱の中の杖を何故か愛おしく感じて、ランは箱を胸に抱き込んだ。


「……今日からずっと、宜しくね」

──小箱が、暖かく熱を持った気がした。

話を打ち切ったオリバンダーに8ガリオンを支払ってランが店を出た頃には、陽は既に傾いていた。

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春風