黒髪のウィーズリー成長記 - 春風
クィディッチ

ハリーはまだスニッチを見付けられないのだろうかと、ランは空中を見渡した。ハリーの姿は直ぐに確認出来たが、その動きがどこか変に見え、眉を顰めたランはジッと目を凝らした。
ハリーは空中をジグザグと激しく上下し、時折前後にグイッと動いたり、ピクピクと小刻みに揺れ動きながら、試合会場から徐々に引き離されるように上へ上へと上がっている。まるで、ニンバス2000が乗り手であるハリーを振り落とそうとしているような危険極まりない揺れ方だ──一瞬にして肝が冷える感覚がランを襲う。


「一体ハリーは何をしとるんだ」
双眼鏡で上を見上げていたハグリッドもまた、ハリーの異常に気付いてブツブツと言った。

「あれがハリーじゃなけりゃ、箒のコントロールを失ったんじゃないかと思うが……しかしハリーにかぎってそんなこたぁ……」
ラン達は呆然としてハリーを見つめた。そうしている間にも、ハリーを乗せたニンバス2000は揺れ動きながらどんどんと高度を上げて行く。

「でも、ニンバス2000って最新式なんだろ?乗り手を振り落とそうとなんてするものなの?」

ディーンがそう尋ねると、ランは「まさか。ハンドリングに関しても、現存するどの箒よりも優秀よ」と否定した。
突然観客席らがどよめく。観客のあちこちが一斉にハリーの方を指差したのを見て、ランも再び上空を見上げ目を凝らして、愕然とした。
何と──箒がグルグル勢い良く回り始めたのだ。ハリーは辛うじてしがみついている。次の瞬間、全員があっと息を呑んだ。箒は荒々しく揺れ、今にもハリーを振り飛ばしそうになっている。今やハリーは片手だけで箒の柄を掴んでぶら下がっている危険な状態だ。

「フリントがぶつかった時に、どうかしちゃったのかな?」
顔を真っ青にしたシェーマスが尋ね、ハグリッドは震え声で答えた。

「そんなこたぁない。強力な闇の魔術以外、箒に悪さはできん。チビどもなんぞ、ニンバス2000にそんな手出しはできん」
「……こんな衆人環視の中、たかが生徒がそんなことできるはずがない」

ランはぼそりと呟いた。単にコントロールを失ったのか、それとも生徒以外の誰かが──?ランは今にも血が滲みそうな程にぎゅっと固く唇を真横に引き結び、歯で唇を噛み締めた。

その隣で、ランの言葉にハーマイオニーがはっと肩をビクつかせた。ハグリッドの双眼鏡を引っ手繰り、ハリーの方ではなく、身を乗り出して観客席を気が狂ったかのように見回す。その視線は迷いなく向かい側の教員来客用の観客席に向けられていた。
様子のおかしいハーマイオニーに、真っ青な顔でロンが呻いた。

「何してるんだよ」
「思った通りだわ、スネイプよ!見てごらんなさい。何かしてる──箒に呪いをかけてる!」

まさか!とランは思わず叫んだ。ランがハーマイオニーから双眼鏡を受け取り教師用の観客席に目を向けると、その真ん中に立つスネイプが見えた。確かに、ハリーを瞬きもせずに見つめ、絶え間なくブツブツと何かを呟いている。


ランの脳裏に、入学後直ぐに図書館で借りて読んだ『通常の呪いとその逆呪い概論』の一文が閃いた。“目を逸らさず、瞬きもせず、呪文を唱えることで呪いは成立する”──しかしランには、あのスネイプがハリーに呪いをかけるとはどうしても考えられなかった。何故なら、確かにこの文章にはこう続きがあったのだ。──“又、この呪いの反対呪文でも同様に、目を逸らしてはならない”

他に呪いを掛けている人物が居るのではないかと、ランは仮定した。もしもスネイプがハリーに呪いをかけているとするのであれば、既にハリーは地上へと振り落とされていたであろう。辛うじてではあるが、ハリーが未だに箒に掴まったままでいられるのは、スネイプが反対呪文を唱えているからに違いない──もしくは、その反対か。
ランは大急ぎでスネイプの近くからもう一人の人物を探そうした。しかし、それは出来なかった。ロンが横から双眼鏡を引っ手繰ったのだ。

「ロン!」
「本当だ……スネイプが何かしてる!僕たち、どうすりゃいいんだ?」
「待って、きっと他にも──」
しかし、そのランの言葉はハーマイオニーによって遮られた。

「私に任せて。ランは、万が一の時のためにハリーから目を離さないで!あなたなら、落ちる人間を下で受け止めることができるでしょ!」

そう言うやいなやハーマイオニーは立ち上がり、ランが次の言葉を言う前に、そのまま勢い良く走り去ってしまった。ロンは双眼鏡をハリーに向けたままで、ランは最悪の事態を想定して、懐から杖を取り出した。

またしても観客がどよめく。ハリーの箒は激しく揺れ、ハリー自身これ以上は掴まっていられないようであった。双子の兄達がハリーに近付き、自分達の乗り移らせようとしたが、二人が近付く度にハリーの箒は更に高く飛び上がって逃げてしまう。
すると、双子はハリーの真下を旋回し始めた。頭の回転の良い彼らのことだ、落ちてきたら下で受け止めようとしているのであろう。クアッフルを奪ったマーカス・フリントがこの間に五回も点を入れたが、最早誰もそちらなど見てはいなかった。

「早くしてくれ、ハーマイオニー」
ロンは必死で呟いた。

誰もが総立ちで固唾を呑んで見守る中、ランも顔を真っ青にさせて唇をより一層に噛み締めていた。

──こんな時は、一体どうすれば良いのであろう。ただの生徒である自分が、行動を起こしてもいいのであろうか。

クィディッチは、1849年のルール改正に伴い、観客がプレイヤーに呪文をかけた場合、チームが魔法の使用を指示や容認したか否かを問わず、そのプレイヤーのチームが失格となることが決まっている。しかし、これはあくまでも学校内対抗のゲームである。そのルールは恐らく適用されはしないが、ランとしては自分のせいでゲームを乱すことはなるべく避けたいと思っていた。

ランは再び教員席を目を凝らして見つめた。数人の教師が杖を手にしてはいるか、皆が顔面蒼白で棒立ちになってしまっている。
ランは遂に決心をした。ハリーは、友達なのだ。もう、迷ってはいられない。

──呪いを掛けている対象が分からない以上、Silencio黙れの呪文は使えない。スネイプ先生が反対呪文を唱えていると仮定すれば、それは尚更だ。であれば、今の自分に残された選択はたった一つしかない。

ランはニンバス2000へと杖先を向けて力強く握り締め、はっきりと発音した──この呪文を使うことは、初めてであった。

Repello Inimicum敵を避けよ

ニンバス2000に魔法を放った瞬間、ランは他にも二つの魔力を感じた。ランの魔法と同効果のものと、対するそれを阻もうとする効果のものだ。やはり呪文を唱える人物が居たのだと、ランは再び確信した。ランが加勢したことにより、呪いの力が一気に弱まる。
そして突如、ランの感じていた魔力のどちらもが消え失せた。もう危険はないと判断したランは、その集中力を切った。

その途端にハリーは体勢を立て直し、ひらりと箒に再び跨がる。ランは額に浮かぶ汗を手の甲で拭った。ハリーの様子に安堵しつつも、スネイプが気に掛かりそちらへ視線を向ければ、鋭い悲鳴がランの方まで聞こえた。目を凝らして見てみると、スネイプやクィレルを始めとする教師陣が、将棋倒しにもみくちゃになっているのが見えた。もしかすると、突然二つの魔力が消えたことについてハーマイオニーが何かをしたのかもしれないが、ランの位置からは彼女が何をしたのかは見えなかった。


「ネビル!もう見ても怖くないよ!」
ロンが、ハグリッドのジャケットへ顔を埋めて泣きっ放しのネビルへと呼び掛けた。ランは肩で息をしつつ、酸素の回っていない頭で、それを聞いていた──良かった。どうやら、本当に成功したようだ。

箒に跨り直したハリーは、競技場を見回し、突然急降下を始めた。どうやらスニッチを見付けたようで、ハリーの数十メートル先に、金色の光線がキラリと煌めく様子をランは微かに目にした。ハリーは箒の柄に片足を掛けて、目一杯腕を伸ばした。ハリーとスニッチが重なる。余りに早い試合展開に観衆も付いていけない──観衆が次に見たのは、ハリーが両手で口を押さえる姿だった。
ハリーは四つん這いになって着地した。まるでえずくようになりながらコホンと咳き込み、何か金色の物がハリーの掌に落ちる。

「スニッチを取ったぞ!」

頭上高くスニッチを振り翳し、広い競技場にハリーの叫びが木霊した。一拍置いて、グリフィンドール生が今までで一番に素晴らしい大歓声を上げた。

「あいつは取ったんじゃない、飲み込んだんだ!」
二十分もの間に何度フリントが喚いても、結果は変わらなかった。何故なら、ハリーはルールを破ってはいないのだから。

「グリフィンドール、一七○対六○で勝ちました!」

大喜びのリーがマイクに向かって試合結果を叫ぶ。こうして、大混乱の最中ハリーの初試合は終わった。

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春風