黒髪のウィーズリー成長記 - 春風
クィディッチ

一方試合の後、ランはハグリッドの小屋を訪れていた。勝利の立役者であるハリーも試合の後も続いた騒ぎの渦中にはおらず、四人はハグリッドに濃い紅茶を入れて貰っていた。
話題は当然、ニンバス2000に掛けられていた呪いのことであった。

「スネイプだったんだよ。ハーマイオニーも僕も見たんだ。君の箒にブツブツ呪いを掛けていた。ずっと君から目を離さずにね」
「バカな!」
即座にハグリッドが否定する。彼は自分の直ぐ側で起こっていた観客席での遣り取りを、試合中一言も聞いていなかったのだ。

「なんでスネイプがそんなことをする必要があるんだ?」
「ランもそう思うわよね?」
ハーマイオニーが同意を求めた。無論ランも同じ意見だと言いたげである。しかし──ランは違った。

「…私は、まだ確信がないから何とも言えないわ。どちらとも言えない」

紅茶に口を付けたランが声を上げると、一斉に視線が集中した。ハリー達三人は「何故?」と信じられないような顔をしてランを見ている。紅茶から口を離してカップを机に置いたランは、その重い口を開いた。

「私も、スネイプ先生が何かを唱えている様子は確かに目撃した。けれど、あの手の呪いは、その反対呪文も同じように目を逸らさず唱える必要がある。保護呪文を掛けた私からしてみれば、あの時箒に魔法を掛けていた人物が、私の他に二人居たことしか分からない──闇の魔術に関係する呪いと、その反対呪文よ。そのどちらであっても、闇の魔術に関して相当の手練れでないとできないことだわ」

ランが説明すると、ハグリッドは「そうだろう」と頷いたが、ハリー達三人はいまいち納得いかない顔をした。

──これは私の個人的見解に基づく予想であるけれど、スネイプ先生は反対呪文をかけていたんだと思う。
ランはそう続けようとも考えたが、この様子の三人を前にして何を言っても無駄だろうと捉えて、あくまでも中立の立場を取ることが無難であると判断した。

「誰がどの魔法をかけたか分かるの?」
「いえ、そこまでは分からないわ。二人のうちの一人がスネイプ先生だという事実だけ」
ランが冷静に答えると、ロンは興奮して声を荒げた。

「だったらスネイプが反対呪文をかけたなんて分からないんじゃないか!」
「ええ、そうよ──だから、私はどちらとも言えないと言ったはずだわ。スネイプ先生を黒とする確実な証拠が、私にはまた見つけられない」

優秀であると知っているスネイプをランが教員として信用していることと同時に、ハリーたちはスネイプが犯人だと信じきっているようだった。グリフィンドール寮生、特にハリーに対するスネイプの態度を鑑みれば、疑うのも当然仕方がないことではあるが、それだけではスネイプを黒だと断定する理由としては弱過ぎるとランは内心で結論付けた。
ランもまた押し黙る。ハリー達三人は互いに顔を見合わせると、意を決したようにハリーが口を開いた。

「僕、スネイプについて知ってることがあるんだ。あいつ、ハロウィーンの日、三頭犬の裏をかこうとして噛まれたんだよ。何か知らないけど、あの犬が守っているものを、スネイプが盗ろうとしたんじゃないかと思うんだ」

思いがけぬ情報に、ランは目を瞬いた。スネイプの足の怪我が三頭犬によるものだという話を、ランはハリー達から聞いていなかった。驚愕の余り紅茶のカップを持ったまま固まってしまったランを見て、ロンとハーマイオニーは困ったように眉を下げた。

「昨日、職員室でハリーが聞いたんだってさ。スネイプが三頭犬に噛まれたってフィルチに言っていたって」
「あー…ほら、私たちあんなことがあったじゃない?だからランに伝えられていなかったの。それに私、その時はまさかスネイプ先生がそんなことをするなんて到底思えなかったから」
「…そうだったのね」

ハリー達三人は、これでどうだ!と言わんばかりの勝ち誇った表情だ。しかし、ランはそれでも尚、スネイプを黒だと断定することは出来ないと考えた。

ランの頭の中では、とある仮説が組み立てられていた。
ハロウィーンの日、守りの万全なホグワーツにトロールが現れるという人為的としか考えられない事件が起き、スネイプはもしやと考えたのではないだろうか──この騒ぎに乗じて、何者かが三頭犬が守るものを奪おうとしていると。だから、その“あるもの”の無事を確認する為に四階の禁じられた廊下へと出向いたのではないだろうか。そして、きっと三頭犬の対処法を知らなかったのであろう──運悪くも、三頭犬に脚を噛まれたのではないだろうか。

すると、ハグリッドがポトリとティーポットを落としていたことに、漸く四人は気が付いた。ランはしゃがみ込んで拾い上げて、ポットに清め呪文を施して机の上へと置いたが、ハグリッドはそれを気にも留めずに愕然とした様子で続けた。

「お前さんたち、なんでフラッフィーを知ってるんだ?」
「フラッフィー?」
「そう、あいつの名前だ。去年パブで会ったギリシャ人のやつから買ったんだ──俺がダンブルドアに貸した。守るため……」
「何を?」
ハリーが身を乗り出すと、ハグリッドは大きく頭を振ってぶっきら棒に言った。

「もう、これ以上はもう聞かんでくれ。重大秘密なんだ、これは」
「だけど、スネイプが盗もうとしたんだよ」
「スネイプはホグワーツの教師だ。そんなことするわけがなかろう!」
「なら、どうしてハリーを殺そうとしたの?」

ハーマイオニーが叫ぶ。午後の出来事が、スネイプに対するハーマイオニーの考え方を一変させたようだ。ランは押し黙り、中立の立場を保った。
スネイプと話した時のあの目を、ランは信じるに値すると考えていた。決して心底から悪い人間であるはずがない。ハリーを嫌っていることはランとて知ってはいるが、それでも殺そうとまでは考えるはずがないとランは思った。それこそ提示できる根拠などどこにもないが、スネイプはダンブルドアが信用している程の人物なのだ。それだけで信用に値すると、ランは考えていた。

「ハグリッド。私、呪いを掛けているかどうか、一目で分かるわ。たくさん本を読んだんだから!じーっと目を逸らさずに見続けるの。スネイプは瞬き一つしなかったわ。この目で見たんだから!」
「お前さんたちは間違っとる!俺が断言する!ランも言っておっただろう!」
「…それに関しては、反対呪文も同様だということだけ言っておくわ。私は、確信がない以上はどちらとも言えない」
静かにそう言ったランは、そのまま続けた。

「どちらにせよ──盲信は、時に結論を鈍らせる」
虚空を見つめて自らに言い聞かせるようにそう呟いたランに、ハーマイオニーは背中が粟立つのを感じた。
ハリーは御構い無しに、更に叫んだ。

「でも、スネイプは僕のこと本当に憎んでいるんだよ!」
「バカな!何で憎まなきゃならん?…とにかく、お前さんたちは間違っとる!俺は、ハリーの箒が何であんな動きをしたんかは分からん。だが、スネイプは生徒を殺そうとしたりはせん。
いいか、三人ともよく聞け。お前さんたちは関係のないことに首を突っ込んどる、危険だ。あの犬のことも、あの犬が守ってる物のことも忘れるんだ。あれはダンブルドア先生とニコラス・フラメルの……」
「あっ!」
ハリーは聞き逃さなかった。ランは内心大きく舌打ちをした。

「ニコラス・フラメル?その人が関係してるんだね?」

ハグリッドは口を滑らせた自分自身に対して猛烈に腹を立て、ハリー達をさっさと小屋から追い出した。
小屋の扉を閉める前に、ハグリッドはランに言った。

「それにしてもラン、お前さんがまさかあんな難しい呪文を使えるなんて、やっぱしチャーリーが言うとったことは当たっておったわい」
「ッ!!お兄ちゃん、私について何か言っていたの?」
ランはハグリッドの黄金虫のように輝く目を見上げた。ハグリッドはにっこりと笑った。

「知識に関して誰よりも貪欲で、論理的思考力に長けている自慢の妹だ、きっと誰よりも立派な魔女になるに違いねえだろうってな」
「…たまたま成功しただけよ。そんなに大したことじゃないわ」
ランは頬をほんのりと紅潮させて眉を下げて微笑み、お礼を言ってハグリッドの小屋を後にした。

*****
ホグワーツ城に戻る道すがら、ハリー達三人はやはりスネイプが怪しい、ダンブルドアは騙されているんだ、ニコラス・フラメルとは一体誰だろうと話し合っていたが、ランはそれには参加しなかった。ランは黙り込んだまま、過去の記憶を辿る。ランはどこかで、ニコラス・フラメルの名前を見た覚えがあった。
ニコラス・フラメル、フラメルと胸中で呟いていたランは、不意に立ち止まった。立ち止まって暫く歩もうとしないランをハリー達が不思議そうに振り返るが、何でもないと首を横に振った。そして再びハリー達が前を向き視線が外されると、ランはグッと眉間に皺を寄せた。

ランは本の一文を思い出していた。錬金術についての説明文、そこには確かにこう書いていたのだ。

『錬金術とは、“賢者の石”といわれる恐るべき力を持つ伝説の物質を創造することに関わる古代の学問であった。この“賢者の石”は、いかなる金属も黄金に変える力があり、また飲めば不老不死になる“命の水”の源でもある。
“賢者の石”については何世紀にも渡って多くの報告がなされて来たが、現存する唯一の石は著名な錬金術師であり、オペラ愛好家であるニコラス・フラメル氏が所有している。フラメル氏は昨年六六五歳の誕生日を迎え、デボン州でペレネレ夫人(六五八歳)と静かに暮らしている。』


ランは唇を噛み締め、きつく拳を握り締めた。

ニコラス・フラメル氏は錬金術師だ。その錬金術師とダンブルドアが守ろうとするものなど、こうなると一つしかない──“賢者の石”だ。
きっと、『例のあの人』から石を守る為なのであろう。確かに、六六五歳のご老人よりも、世界最高の魔法使いであるダンブルドアがいるホグワーツで守る方が安全に違いない──と言っても、ダンブルドアもかなりの年齢であろうことが伺えるが。
兎に角ランは、ニコラス・フラメルが何者かという事実を、ハリー達にはなるべく黙っていようと心に決めた。とてつもなく危険なものに首を突っ込んでいると、ランには嫌な確信があった。そして、一つの疑問が頭もたげた。

──何故この三人は、危険であると分かりきっていることに、首を突っ込もうとするのであろうか。
それを面と向かって指摘できる勇気は、今のランは持ち合わせていなかった。

- 4 / 5 -
春風