黒髪のウィーズリー成長記 - 春風
ダイアゴン横丁とノクターン横丁

マルフォイ家の嫡男であろう少年と分かれたランは、ダイアゴン横丁の漏れ鍋を目指して歩いていたが、いつの間にか路地は更に細く入り組み、辺りも薄暗くなってしまった。道行く人々がまばらになり、遂には片手で数えることができるまでに減ってしまった。
細い路地に所狭しと並ぶ露店は、売り物自体の希少価値や法外な値段からして、明らかに違法営業であることが分かる。

ランは、明らかにダイアゴン横丁から外れてしまっていた。


「……」

その上──後を、つけられている。
ランがその存在に気が付いたのは、薄汚れたローブを見に纏った三人がランの後をつけ始めてすぐのことであった。人の気配というものに昔から野生動物のように敏感であったランは、歩く速度を少しずつ速めて、頭の中で今からの対応を組み立てた。

「……」
ここにいては危険だ。本能が、そう告げて来る。だが、背後の三人の輩は、ランを無事に帰す気は微塵もないようである。ランは覚悟を決めた。

その黒髪をサラリと靡かせて勢い良く振り返ったランに、三人は特別驚いた様子もなく下劣な笑みを濃くしてみせた。


「お嬢ちゃん、綺麗な黒髪をしているねぇ…」
「わお!後ろ姿じゃあ分からなかったが、顔も別嬪さんじゃねーか!」
「おう…上玉だ」

こちらをジロジロと値踏みするような、全身に纏わり付く気持ちの悪い視線を一身に受けたランは、それに全く怯むことなく、相手の男達をじっと観察するように見つめた。
彼らから目を逸らさぬまま、背中の後ろにて、先程買ったばかりの杖を木箱からそっと取り出し、服の袖の中に仕込む。攻撃呪文を頭で軽く復唱して、そのタイミングを計るように三人の敵を観察した。


しかし──ランの杖が使われることは、なかった。

「君!!こんなところで何をしているんだい?!」
「──ッ!」

背後から不意に声を掛けられる。その声にランは勢いよく振り返り、反射的に相手を睨み付けた。
そこには──ぎだらけの草臥れたローブを着た、鳶色の髪と髭が特徴的な背の高い魔法使いがいた。

「ッ!」
そうだ。目の前の男達は、どうなった。
ランが慌ててバッと振り返ると、その怪しい身なりをした三人組は、既に姿を消していた。

「…ああ、安心するといい。彼らなら私の姿を見るなり、慌てて身を翻して行ったよ」

見ると、鳶色の彼は杖を構えていた。その雰囲気からして、彼が手練れの魔法使いであることは、実戦経験のないランにでも良く分かった。

「そんなことより──君、ダメじゃないか!まだ学生の君が杖を取り出すなんてしちゃ!それに、ここは夜の闇ノクターン横丁だ。君のような妙齢の魔女が来るようなところではない」
「…すみません」

こちらを叱る相手に自分自身への攻撃の意思がないと察したランは、杖を懐へと戻した。
それに──ここがあの、両親から行ってはいけないと再三再四聞かされていた夜の闇ノクターン横丁なのか。道理で、怪しげな人間がたくさんいるはずだ。

「……あの、何故私が学生だと?」
「これでも、人を見る目はあると自負しているからね。でも、そうだな…もしかして、まだ入学前だったかい?」
「はい。今年、これから入学します」
「そうなんだね!それは素晴らしいことだ。…入学、おめでとう」

そう祝うと彼は少し微笑んでみせた。
先程までの様子とは打って変わった、そんな人の良さそうな言葉と笑顔に、ランは肩に入っていた力をふっと緩めた。


「そう言えば、自己紹介がまだだったね。僕はリーマス・ルーピン。君のお名前を聞かせて貰ってもいいかな?」
「私はラン・ウィーズリーといいます。あの…助けて頂いて、ありがとうございます」

差し出された骨張った大きな手に、自分の手を重ね合わせる。握られたまま離れない手を不自然に思って見上げると、目の前の彼は、非常に驚いたように目を見張っていた。


「……これは驚いたな。君、アーサーとモリーのところの子かい?」
「!!あの、父と母をご存知なのですか?」
「もちろんさ!学生時代、同じ寮生だったんだ。彼らとはとても仲良くさせて貰っていたよ」
「…そうだったんですね」
穏やかに微笑んで昔を懐かしむように言ったルーピンに、ランも自然と笑みが漏れる。


「そしてラン、こんなところにいたことから察すると…君、まさか迷ったのかい?」
「……」
その問いに不本意そうに閉口してみせたランに、ルーピンは可笑しそうに笑い、仰々しく言ってみせた。

「迷子のレディ、私がダイアゴン横丁まで送って行きましょう。ここには、余り長くいない方が良い」
「…どうやら、そのようですね。お願い致します」

それに倣って深々と恭しく頭を下げてみせたランに、ルーピンは声を上げて笑った。ランも、それに吊られて微笑んだ。


──何故ルーピンがこの夜の闇ノクターン横丁にいたのかは、彼の親切さに負けて尋ねないでおこうと、ランは逸る気持ちを抑えてグッと口を噤んだ。

*****


しかし、道中話している内に、ランはルーピンが非常に話題に富んだ興味深い人物であることが分かり、またルーピンもランが年齢よりもずっと優秀で、目の付け所が人とは違うことに興味を抱き、二人はその親子程離れた年の差など物ともせずに存分に会話に華を咲かせていた。
ランは特に、彼の防衛呪文に対する知識の多さに酷く感銘し、ルーピンを次々と質問責めにして、その勢いと熱意に押された彼を苦笑させていた。

ふと、漸く会話が途切れる。ルーピンが静かに口を開いた。


「ねぇラン、君はとても大人びた話し方をするね。君とは少ししか話をしていないけれど、物事を少し達観し過ぎているような印象を受けるよ」
「……」

まさしく、図星であった。
ランはルーピンのそんな鋭い観察眼に、僅かに目を見張った。この少しの時間を共有しただけにもかかわらず人のそれを見抜くだなんて、何と長けていることだろう。

「そう、見えますか」
「ああ。…大家族の長女は、大変かい?」
ランの、家族に対する人知れぬ、知られてはならぬ気遣いを、ルーピンは話をする内に見抜いてみせたのだ。


「はい。ですが──とてもいい家族です。私には勿体ないくらいに」

ダイアゴン横丁の人混みを後ろにして柔らかに微笑んでみせたランに、ルーピンもその眦を下げた。

ランとルーピンは、ふくろう便を定期的に送り合う約束をして、そこで互いに別れを告げた。

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春風