黒髪のウィーズリー成長記 - 春風
クリスマス

ランは校庭へと向かう足取りを速めた。
廊下に吹き込む隙間風は氷のように冷たく、身を切るような風が廊下の窓をガタガタといわせている。すると、その行く手の廊下を大きなもみの木が塞いでいた。木の下から二本の巨大な足が突き出していて、フウフウという大きな音が聞こえたので、ハグリッドがその木を担いでいることがランには直ぐに分かった。

「こんにちは、ハグリッド」
ランが挨拶をすると、ハグリッドの黄金虫のようにキラリと輝く目がにっこりと細められた。
「おう!ラン、お前さんか!元気にしとるか?」
「ええ、まあ。この寒さにはうんざりしているけどね」
「ハハハ!まあ、こればっかは慣れにゃあどうにもならんな」

ランとハグリッドが穏やかに会話を交わしていると、丁度そこに魔法薬学の授業を終えたハリーとロンとハーマイオニーの三人が仲良く並んでやって来た。

「やあ、ハグリッド!手伝おうか?」
「いんや、大丈夫。ありがとよ、ロン」
枝の間から頭を突き出して尋ねたロンに、ハグリッドは笑顔でお礼を言った。そこで暫く会話をすると、ランはハリーがこのクリスマス休暇をホグワーツで過ごすことを知った。ランはハリーのプレゼントの送り先を気に留めておいた。
そんな和やかな空間を打ち壊すかのような、聞き覚えのある高飛車な気取った声が聞こえた。


「すみませんが、そこを退いて貰えませんかね」

そこにいた五人が、その声の方向を振り返る。
──マルフォイだ。その両脇には腰巾着のクラッブとゴイルを従えている。どちらの二人も、マルフォイの二倍はありそうな肩幅をしている。恰幅の良さはだけは一人前のようだ。

「ウィーズリー、お小遣い稼ぎですかね?君もホグワーツを出たら森の番人になりたいんだろう…ハグリッドの小屋だって、君たちの家に比べたら宮殿みたいなんだろうねぇ」
マルフォイの嘲笑と暴言に、ロンの顔はその赤毛と同じくらいに真っ赤に染まった。


その嘲罵ちょうばに怒り心頭に発したランは、マルフォイ達を睨み付けるロン達を庇うかのようにして立ちはだかった。
すると、マルフォイはその目を溢れ落ちんばかりに思い切り見開いた。恐らく、ランの姿はロンの陰に隠れていて、マルフォイの方からは見えていなかったのであろう。

始業式のあの一件以来、マルフォイはランの姿を見るとことごとく避けるようになっていた。そんなランと思いがけぬ所で顔を合わせてしまったのだ、動揺するのは当然であろう。

「…あなたに、私たちの家についてつべこべ言われるような筋合いはないと思うけれど」

溜め息を吐いてマルフォイを見遣るランの目は白けている。ハリーとロン、ハーマイオニーも、その両脇からマルフォイ一行に睨みを効かせる。
下らないと溜め息を吐いたランは、先を急ごうとマルフォイ達の横を足早に通り過ぎようとした。

しかし、その直後、ランの歩みはマルフォイの声によって阻まれることになった。


「──ウィーズリーの異端児の癖に、生意気な」
「!!」

ランの足が思わずピタリと止まる。
しかし、それに激昂したのはそれを言われた当本人のランではなく、双子の弟のロンであった。ロンはランやハリーが止める間もなく勢い良くマルフォイに飛び掛かり、その胸倉を掴み上げた。

「ウィーズリー!」
そこに、スネイプが階段を上がって玄関ホールへとやって来た。その眉間には深く皺が刻まれている。ロンは気不味い顔をして、マルフォイの胸倉を掴んでいた手を渋々離した。
スネイプはその場にいた全員をぐるりと見渡して、ランにも目を止めたが、直ぐにマルフォイの方へと向き直った。

「スネイプ先生、喧嘩を売られたんですよ」
「マルフォイがロンの家族を侮辱したんでね」
悦に入ったマルフォイがスネイプに得意げに告げ口をするが、ハグリッドが髭もじゃの大きな顔を木の間から突き出してロンを庇った。

「そうだとしても、喧嘩はホグワーツの校則違反だろう、ハグリッド。ウィーズリー、グリフィンドールは五点減点。これだけで済んで有難いと思いたまえ。さあ諸君、行きなさい」
スネイプが澱みなく言い放った。

マルフォイ、クラッブとゴイルの三人はニヤニヤと笑いながら、木の脇を体を揺らして乱暴に通り抜けようとした。
マルフォイが勝ち誇った顔をしてロンを嘲笑い、何とも尊大な態度で襟元を正すその様子を見て──ランは、自分の中の何かがプツリと切れたような気がした。
目の据わったランが、通り過ぎようとした三人の前に肩を入れて回り込む。


「ねえ」
ランは同級生の女子に比べると、かなり身長が高い。成長期の来ていない男子よりも背が高いことはざらにあった。事実ランはマルフォイよりも拳一つ分は身長が高かった為、マルフォイは必然的に目の前に立ちはだかるランを見上げる形になった。

次の瞬間マルフォイは、我知らず息を飲んだ。


「──ウィーズリーの異端児って仰ったかしら?」
「…ッ?!」
──酷く底冷えのする、同じ人間とは思えぬような凍て付いた視線。

その眼光に怯んだのは何もマルフォイだけではなく、その背後に控える体格の良いクラッブとゴイル、更にはランの横に立つハリー達四人まで、その視線の鋭さにゴクリと唾を飲んで額に冷や汗を流した。クラッブとゴイルの二人は、その無駄に大きな図体に似合わず、ランの威圧感に思わず後退りまでしている。
そんな様子に眉根を寄せたスネイプが、ランに低く告げた。

「…ミスウィーズリー、君の寮からも減点をされたくなければ、その口を閉じることをお勧め致しますな」
「ご忠告をありがとうございます、スネイプ先生。ですが、私は更に点数を稼いでみせますからご心配には及びません」

冷静な口調でそう反論する間も、ランはマルフォイからその視線を逸らそうとはしない。
ランは白眼視しながらも淡々と続けた。

「あなたがご自慢のお父様から、一体何を告げ口されたのかは分からないけれど……随分なことを仰ってくれるのね?今度またご挨拶に伺おうかしら」
ゆったりとした動作で腕を組んだランが、小首を傾げてマルフォイを見下ろす。マルフォイの顔は徐々に青褪めていった。
数秒間の沈黙の後、ふと視線を落としたランはぽつりと呟くように言った。

「…冗談よ。本気にしないでくれる」

その瑠璃色ラピスラズリに先程までの険はない。
──ランは最後にマルフォイを一瞥すると、その黒髪を靡かせて颯爽と校庭の方へと去って行った。

そこにいた皆はランの後ろ姿を唖然として見送った。そんな中、眉間に深く皺を刻んだスネイプが、静かに口を開いてマルフォイへと尋ねた。

「…ミスターマルフォイ。ミスウィーズリーに、そのようなことを告げたのかね」
「は…は、はい」

すると、より一層に眉間の渓谷を深くしたスネイプが低く唸るように言った。

「──スリザリンからも五点減点だ。さあ、行きなさい」
「!!」
そのスネイプの発言に驚いたのは、マルフォイ達三人だけではない。ハリーとロンも余りに驚愕して、目を真ん丸にしてその顔を互いに見合わせた。
顔を真っ赤にしたマルフォイは、乱暴にハグリッドの担ぐ木の脇を通り抜けて、針のようなもみの葉をそこら中に撒き散らした。

「お、おっどろきー。まさかスネイプがスリザリンから減点するなんて…」
「ねえ、もしかしたら僕、まだ寝ているのかもしれない。頬を抓ってみてくれる?」
「もう!二人とも何言ってるの!これは紛れもなく現実よ!」
ぽかんと立ち尽くすロンとハリーの背中を、ハーマイオニーが力強くバンバンと叩くと、漸く二人は我に返ってハーマイオニーに文句を言った。
そんな三人に、ハグリッドは笑みを深くして言った。
「ほれ、一緒においで。大広間が凄いからな」

三人は、ハグリッドともみの木に続いて、盛大なクリスマスの飾り付けがされている最中の大広間へと向かったのであった。


*****

校庭に辿り着いたランが、とある用事を済ませて談話室へと戻ると、課題を無事終わらせたパドマとアマンダが暖炉の前のソファーに並んで座り込んでいた。

「ラン、一体どこに行っていたの?」
「ちょっと野暮用よ。大したことじゃないわ」

談話室の暖炉は火が轟々と燃え盛っていて、そこにいる生徒達は皆どこか浮き足立っている。それ程までに、生徒達はクリスマス休暇の訪れを首を長くして待ち侘びていた。

「ランはこのホグワーツに残るのよね?」
パドマがそう尋ねると、ランは本に目を落としながら縦に頷いた。

「ええ、そうよ」
先週、フリットウィック先生が作ったクリスマス休暇に寮に残る生徒のリストに、ランはいち早く名前を書いていた。ランを含むウィーズリー家の兄弟達は、両親がチャーリーに会いにルーマニアに行く為、学校に残ることに決まっていた。

「でも、レイブンクローでホグワーツに残る人って、本当に少ないみたいよ。何なら、もしかするとランの他に一人もいないかもしれないわ…寂しくない?」
心配そうに眉を下げるアマンダに、ランは顔を上げてアマンダを安心させるように穏やかに笑った。確かに言われてみれば、あのリストにラン以外の人間が名前を書いている様子を見た覚えはない。

「心配してくれてありがとう。でも、私はあんなにも兄弟がいるんだもの…寂しくしている暇なんてないわ」
「まあ、確かにそうね」
「だから、私のことは気にせずに、あなたたちはご家族との時間を存分に楽しんできてね」
「うん…ありがとう」

ランが力強くそう言うと、パドマとアマンダは漸く笑顔を見せた。そこでランは声を顰めた。

「むしろ、あなたたちが心配すべきは──帰って来た時に、このホグワーツが吹き飛ばされてなくなっていないかってことよ」

そんなランの冗談に、パドマとアマンダはクスクスと肩を震わせて笑った。
ウィーズリー家の双子の兄達の激烈な悪戯は、今やホグワーツ全体の名物として、他寮であるレイブンクローの一年生にまで知れ渡っている。フレッドとジョージはついこの間も、雪玉に魔法を掛けてクィレルにつき纏わせて、そのターバンの後ろでポンポンと跳ね返るような悪戯をしでかして、罰則を受けていた。


「ラン、私のプレゼントを楽しみにしていてね!」
「私のもね!きっと気に入ってくれるって信じてるわ!」
「…ありがとう、楽しみにしているわね」

パドマとアマンダの笑顔に、ランは眉を下げて笑った──この二人は一体、何を送って来てくれるつもりなのであろうか。

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春風